第19話 ルイの訓練

 ルイに断られてからも、エリスは毎日軍へと通いルイの説得を試みた。

 ルイの家にまでずっとついて来ることもある。

 女神パナケイアの言葉だということも再三にわたり話すが、ルイにはそんなこと関係ないようでバッサリだ。


 エリスは今までそんな経験をしたことはない。

 神殿に来るすべての人たちは、女神パナケイアの奇跡に感謝をして畏敬の念を持っている。

 だがルイにはそんな素振りは全然ない。

 普通なら女神パナケイアの言葉であれば、それに沿うものである。

 だがルイは女神パナケイアの言葉と、自分の考えを天秤にかけて判断している。

 そんなこと、エリスには考えられないことだった。



「ルイさん、エリスさんのことですがパナケイア様のこともありますし、受け入れてあげてもいいのでは?」



 取り付く島もない状態で俯いてしまうエリスを何度も見て、クレアがルイと二人のときに声をかけた。



「その結果エリスが死ぬことになったとしてもか? もしかしたらそれはエリスじゃなく他の騎士かもしれない。

 パナケイアが言ったから、それを受け入れるべきだと思うか?」



 ルイが最初に言っていたことでもある。

 ルイが言っていることはもっともで、仲間やエリスのことを思っての言葉。

 それがわかるからこそ、クレアもどうするべきなのか悩んでいるようだった。




 エリスが来るようになって二週間になろうとした頃、ルイが軍へと行くといつもと違う訓練施設の光景があった。

 エリスがいつものローブ姿ではなく、軍の訓練着で身体強化の訓練をしている姿。

 隣にはクレアも付き添っている。



「なにやってるんだ?」


「ルイ様。私、クレアさんの許可で小隊に同行させていただくことになりました」


「そうなのか?」


「ええ。エリスは魔導士級の魔法を行使できますし、神聖魔法を使える人が増えるのは私としては歓迎できます。

 ですがルイさんの言っていたことももっともで、騎士として当たり前のことでもあります。

 ですからエリスには、身体強化を一定レベルまでできるようになってもらいます。

 そうすれば解決できますよね?」



 クレアとエリスが、息を呑むような目でルイを見ている。

 ルイもこれ以上追い返すのも気持ち的に苦しいこともあり、隊長であるクレアの判断もあるということで折れた。

 毎日毎日エリスに断り、その度に俯かれてしまうという繰り返しが堪えていたのだ。



「……クレアが決めたのなら、俺がとやかく言うことはない」


「クレアさん、やりました!」


「エリス、よかったね」



 いつの間にかクレアはエリスと呼んでいる。

 訓練を見ていたことから考えても、二人はこの数日の間に打ち解けていたのだろう。

 とはいえ、ルイはエリスの訓練をクレアに任せっきりにするつもりはなかった。

 任務はエリスの成長を待ってはくれないのだ。



「クレア、エリスの訓練は俺も見る」


「ルイさんが?」


「隊長のクレアより、俺の方が時間はあるからな」


「…………ルイさん、それ、私もお願いしたいのですが?」



 少し間があって、さっきまでエリスとうれしそうに話していたクレアの表情が変わった。



「なんでそうなる……」


「魔力コントロールは自分で言うのもなんですが、そこそこ自信があります。

 ですがルイさんのものを見てしまえば、どれほどの差があるのかはわかります。

 私は小隊の隊長なんです。強くあらねばなりません。

 それに……ルイさんの身体強化は、すごく綺麗ですから」



 横で話を聞いていたエリスだったが、不安そうにクレアに訊いた。



「あの……クレアさんに、指導していただけないのでしょうか?」


「ごめんなさい。ルイさんが見るなんて言うとは思わなかったから。

 私よりも、ルイさんの方が格段に魔力コントロールは上手なので、ルイさんに見てもらう方が上達は早いと思います」


「そう……ですか」



 エリスは、ルイとの訓練が不安そうに見える。

 実際は訓練にというよりも、ルイにという感じだろうが。

 今日までの間に、ルイは女神パナケイアの意志をずっと無視し続けてきていた。

 司祭であり、神託の聖女であるエリスには、ルイの人間性に不安を持ってもおかしくはなかった。




 その日から訓練施設の端に幕を張り、そのなかでクレア、アラン、エリスとの魔力コントロールの訓練が始まった。

 アランは最初、この訓練に抵抗を示していた。

 だがクレアが説き伏せ、渋々という形で参加することになった。

 アランは大人の対応で態度には出さないが、ルイをあまりよく思ってはいない。

 それは黒髪だからということではなく、言動などによるところが大きい。

 特にお金で小隊にいるという部分が好きになれないみたいだった。



「イメージとしては、剣だけに魔力を固定するくらいのつもりでいい。

 剣には身体から魔力を付与するから、自然と身体強化はできる。

 それよりも、しっかり魔力を固定することに意識するんだ」



 ルイが始めた訓練は、身体強化をして魔力を付与された剣に、ルイがあとから魔力で干渉するというものだった。

 魔力をしっかり固定し、膜が張られているような状態なら干渉に抵抗できるというものだ。

 この訓練は剣に意識を集中して身体強化をすることで、ルイの干渉に対して意識的に抵抗をすることで、剣という部分に魔力を固定しようとする。

 身体強化は自分に施すもので容易いが、身体の一部ではない剣に魔力を付与する方が難しい。

 その結果、自然と身体強化の精度も上がっていくというものだった。

 ただただ漠然と模擬戦を行うよりも、魔力のコントロールという部分では格段に効率がいい方法だった。

 そしてもう一つの訓練の方が、クレアたちには堪えることになる。



「魔力が半分を切りそうになったらやめてもかまわないから、普段の生活でも身体強化をして過ごしてくれ」


「「「――!」」」


「ちょっと待て! そんなに長時間、持つわけがないだろう!」


「大丈夫だ。俺も最初はそうだった。だがそのうち魔力の無駄も少なくなる。

 任務がある日までやれとは言わない。ただ、できる限りやれ。それが俺の訓練だ。

 コツは極力魔力の消費を抑えて身体強化を続けること。

 魔力をただ放出して身体強化なんて誰でもできる。ただ魔力を出せばいいだけだからな。

 それよりも少ない魔力で行うのは、魔力のコントロールにも繋がる。

 この精度が上がってくれば、最大で身体強化をしたときも変わってるはずだ」



 一通りの訓練方法と説明を終えると、クレアとアランは呆けたような反応を見せていた。

 エリスはあまりわかっていないようで、言われたことを真剣に聞いていた。

 そしてアランが、真剣な目でルイに訊ねる。



「ルイが言ったことはわかるが、誰に師事したんだ?」



 ルイは一瞬考えた。あまり自分の話は面白い話でもないのと、言う必要があるのか。

 だが訓練内容の信憑性は大事だと思い、関わりがある部分だけ話すことにした。



「俺は誰にも師事していない。自己流だ。

 俺は八歳でスラムに捨てられたんだが、八歳の子供がいきなりスラムで生きるのは厳しいんだ。

 そうだな……感覚的には討伐任務とかで森に行ったりするだろ?

 当時の俺の感覚は、森に住むようなもんだな」



 いきなりスラムでの話になったので、三人ともなんとも言えない顔をしていた。

 だからあまり話したくはなかったんだと思いながらも、ルイは話を続ける。



「スラムでは暴力は当たり前にあるし、気分次第で殺されることもある。

 スラムの平民なんて、一人くらい死のうがなんてことはない。

 そのときばかりは、神聖魔法にはかなり助けられたな。

 でな、そのときに自然と身体強化を覚えていった。

 身体強化で身を守らなきゃいけなかったからだろうな。

 それでとにかくいろいろ試した。自分の命に関わることだったからな。

 まぁ、そんな感じだ……」




 その後三人は、ルイが指示した訓練を始めた。

 元々戦闘などで身体強化を最大で使用していた経験もあるからなのか、クレアとアランは日常生活を身体強化で過ごす訓練に苦労していた。

 逆にエリスの方だが、こちらは日常生活の訓練はクレアたちよりも順応が早かった。

 まったくの初めてだからなのか、それとも年齢が関係するのかはわからないが、ともかくルイの想像よりも上達が早かった。

 そんな訓練を続けていた三月中旬過ぎ、小隊に夜間の討伐任務がきた。

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