第4話 再会
学院には二つの層がある。貴族と平民。
社会自体この二つが明確であり、学院でもそうなるのは自然なことだ。
それとは別に、疎まれる傾向にあるのが魔族。
魔力が高い傾向にあるのだが、人族よりも格段に少ないせいか疎まれることが多い。
そんななか、一人だけ違う学生がいる。
黒髪であるルイだ。
リリスの象徴となってしまっている黒という色を持つルイ。
リリスの呪いを受けているなんて噂もある。
そんなルイは後ろ指を指されることも日常的になっていて、いつもルイは一人だ。
森で討伐訓練をしていた学生たちを助け、数日振りに学院に来てもそれは変わらない。
いつも通り講義が始まるまで外を見ていると、目の前に立つ人影が目に入った。
視界の端にパンツではなく太ももが見えたことで、目の前に立っているのが女性だということがわかる。
どう考えても彼女はルイに用事があるのだろうが、ルイは正直それが
自分が周りからどう見られているのかは、ルイも理解している。
それでも来るということは、他の誰かでいい類の用事ではないだろうからだ。
ルイが目の前の女性に目を向けると、立っていたのは先日助けたクレア・メディアスだった。
どおりで周りが騒がしかったわけだと納得する。
クレア・メディアスといえば、セイサクリッドで三大貴族と呼ばれている名家の公爵家だ。
それだけでも知名度が高いのに、このクレアという女性はそれだけではなかった。
ガイアにはステータスカードというものがあり、八歳の誕生日にパナケイア教団で授かる。
これは女神パナケイアの奇跡によって授かるとされていて、ステータスカードは神聖なものとして扱われていた。
ステータスカードには色があり、確認されている色は金、銀、青色がある。
ほとんどの者は青いステータスカードであり、これは貴族、平民、エルフと魔族も変わらない。
だが稀に、他の色のステータスカードの者が現れる。
過去にリリスと戦ったと言われている騎士たちが、金色のカードを持っていたらしい。
そしてルイの目の前に立っているクレアと、パナケイア教団で女神パナケイアから神託を授けられる聖女は、白いステータスカードを持っていると言われている。
そしてこの二人のステータスカードには、神の啓示が記されているとされていた。
聖女の方には神託の聖女と記されていて、クレアのカードには導き手、と。
そんなクレアが来ているので、クラスの視線が注目していることも納得であった。
「私のこと、憶えていらっしゃいますか?」
クレアが右手で、制服を押し上げている胸の辺りを触れてルイに訊ねる。
身長は一七〇センチないくらいで、ルイと同じくらい。
少しだけ不安そうな大きくて切れ長の目は、かわいらしさも感じさせる
討伐訓練のときとは違い、朝日がクレアを照らす。
金色の髪は根元が少し暗く、毛先にいくほど明るい。
セミロングよりも少し長い髪が、揺れ動く度にコントラストが美しさを際立たせていた。
「ああ、憶えている。メディアス家のご令嬢だろ」
ルイが先日のことを憶えていたことにホッとしたのか、少しだけクレアの表情が
「あのときは助けていただき、ありがとうございました。できればお礼も兼ねて、お食事でもしながら少しお話させていただきたいのですが」
「べつに礼なんか必要ない。あれの換金もしたしな」
「そうは言われても、助けていただいてお礼をしないわけにはいきません!」
きっとこれが平民であったのなら、ありがとうで済ますこともできたのかもしれない。
だがクレアは貴族であるため、そうもいかないのかもしれないとルイは思った。
さっきの雰囲気とは違い、少しだけクレアの語気が強くなっていたからだ。
ただでさえ周りの目があるのでサッサと終わらせたかったルイは、クレアに要望を出した。
「……わかった。だが目立たない場所にしてくれ」
「はい、わかりました。では学院が終わってから、お迎えに来ますね」
了承の返事をもらえたことで、クレアは満足そうに聖騎士科のクラスから出ていく。
そのあとも聖騎士科ではクレアの話題が話されているようで、ルイは居心地の悪さを感じる一日となった。
午後の講義が終わり、講師がクラスを出ていったのと入れ替わりでクレアが現れた。
朝言っていたように、ルイを迎えに来たらしい。
「ルイさん、お迎えに来ました」
手提げのバッグを両手で太ももの前で持ち、少し前屈みになってルイを見てくる。
クレアの笑顔が、なんとなくしてやったりという感じ。
「どうして俺の名前を知っている?」
「ここ数日ルイさんを捜していたので、そのときに教えていただきました」
「随分来るのが早かったみたいだが?」
「もしかしたらルイさんが逃げてしまうかもしれないので、少し早めに待っていました」
「…………」
「では行きましょう?」
ルイがクレアに案内されたのは、五階建ての立派な宿のレストランにある個室だった。
内装を見ても一般的な宿ではなく、明らかに貴族などが使うような宿。
床も木などではなく、石や
「お嬢様、本日はどういたしましょうか?」
「先日彼に戦闘で助けられたので、そのお礼に使わせてもらいました」
この宿のマスターらしき執事のような格好をした男性が、驚いた様子でルイを見た。
「私、この宿のマスターを任されているジーンと申します。
クレア様を助けていただき、私からもお礼を申し上げさせていただきます。
まことにどうもありがとうございました」
一瞬髪に視線をやってから、ルイの前で深々と頭を下げてお礼をする。
「たまたまだから気にしないでくれ」
「そういうわけにはまいりません。今日はいい鹿のお肉が入っておりますので、最高のコースをご用意させていただきます」
マスターが下がると、向かいに座っているクレアが気を使ったのか宿のことを話した。
「ここはメディアス家の宿なので、お好きなようにくつろいでください」
その後コース料理が振る舞われ、確かにメインディッシュで出てきた鹿の肉はマスターが言うだけあってとても美味しいと言えるものだとルイは感じた。
「ルイさんは貴族なんですか?」
「……どうしてだ?」
「いえ、なんか落ち着いた感じがしますし、マナーも知っているようでしたので……」
「昔、少しな」
デザートでお茶を楽しみながら、クレアがいろいろとルイに質問を投げかける。
聖騎士科にルイはいるので、神聖魔法を使うのか。
稀に神聖魔法と魔法を使える者もいるので、魔法も使えるのか。
なぜあの夜、森にいたのかなど。
「ルイさんは、基本的に実戦の討伐で単位を取っているんですね。
どおりでなかなか会えなかったわけです」
少しだけ笑うと、クレアの目がさっきと変わったようにルイは感じた。
まるで今までの話は、どうでもいいというくらいに。
「私は今年で学院を卒業し、軍では小隊を持つことが決まっています。
私が推薦をしますので、私の小隊に来てもらえませんか?」
「……それは軍に籍を置くってことか?」
「はい。もちろん学院もあるでしょうから、軍の任務で単位になるように計らいます。
ルイさんの実力であれば、すでに軍の騎士とは同等のレベルにあると考えます。
それともルイさんは卒業後は軍ではなく、パナケイア教団の騎士団に入りたいとお考えでしたか?」
パナケイア教団には、聖騎士の組織が存在する。
軍でも聖騎士は重宝されるが、サポートという考えから魔法騎士たちからは下に見られることが多い。
これはなにも軍に限ったことではなく、学院でも同じなのだが。
こういう事情もあり、聖騎士科の学生は軍ではなくパナケイア教団に進む者も多かった。
「まだあまりその辺は考えてないが、どっちもあまり興味ないな」
「え、興味がない? あれだけの実力を持っているじゃないですか。
民のために
「なんで俺が誰かのために戦うんだ? そういうのは貴族であるアンタたちが勝手にやってくれ」
「え、でも……ではなぜ、あなたは魔物と戦っているんですか?」
クレアが、不安と悲しさを合わせたような目でルイを見る。
左手で胸のあたりの服を握りしめて、まるで何かに耐えているような感じだ。
「金になるからな。軍で何度も魔物と戦うより、専属の護衛だとかをやった方が金がいい。
もしかして、それがこの食事の目的か?」
「どうしてですか?! あれだけの実力を、どうしてお金のためなんかに使うんですか!」
このときのクレアは、非難というよりも誰かに裏切られてしまったかのようで、まるで助けを求めているみたいな顔をしていた。
ルイは静かに席を立ち、見上げてくるクレアに冷たく言い放った。
「貴族であるアンタと俺は違う。俺がなにに自分の力を使おうが、アンタには関係ない」
ルイはクレアをその場に残し、宿をあとにした。
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