第3話 黒髪の学生

 翌日の朝、クレアは学院で一年生のクラスに来ていた。

 目的は訓練のときに会った黒髪の学生。



「クレア様――」


「え? どうしてクレア様が――」



 クレアが一年生のクラスに来るのは、今回が初めてだ。

 知名度も手伝って、一年生のクラスはクレアのことで騒がしくなっていた。

 みな遠巻きにクレアに注目しながらも、話しかけるようなことはない。

 それは貴族だろうが、平民だろうが変わらなかった。



「すみません、ちょっと訊きたいことがあるのだけれど」


「え? クレア様! 私でよろしいのですか」



 近くを通りかかった女性にクレアが声をかけると、両手で口元を隠すように興奮する女性。

 それを気にしないようにして、クレアは目的の男性のことを訊ねた。



「黒髪の学生が一年生にいると思うのですが、まだ学院には来ていませんか?」


「黒髪の学生ですか? ……」



 一瞬なにを言っているのか、わからないかのような反応をして聞き返してくる。



「はい。一年生に黒髪の学生がいると、聞いたことがあるのですが」


「はい、確かに見たことはあります。ですが魔法騎士科ではなく、聖騎士科だったと思います」


「あぁ、そうなんですか。どうもありがとう」



 お礼を告げて一年生の魔法騎士科を離れ、聖騎士科のある階へと向かう。

 だがクレアには、黒髪の学生が聖騎士科だということが腑に落ちなかった。


 魔法聖騎士学院は聖騎士科、魔導士科、魔法騎士科と別れている。

 聖騎士科は基本的に魔法が使えず、神の奇跡である神聖魔法を使える学生が入学する。

 魔物の中には魔法を使ってくるのもいて、神聖魔法や盾でそれを防ぐ。


 魔導士科は魔法の行使に優れていて、身体強化が不得手な者が多い。

 身体強化が不得手だと接近戦は危険なので、後衛となる魔導士科に進む者が多いのだ。


 魔法騎士科は身体強化が優れた者が多く、魔法が使えることが前提となる科だ。

 相手の魔法を自分の魔法で相殺できなければ、接近戦へと持ち込むことも難しいことがあるからだ。


 通常パーティー編成は後衛、それを守りながら戦うガード、そしてアタッカーとなる。

 聖騎士がいる場合、基本的にはガードの役割になることが多い。

 これは身体強化に優れた魔法騎士がアタッカーになることが多いのと、癒やしの神聖魔法が使えることも多いのが関係している。

 回復できる者がやられてしまったら、回復する者がいなくなってしまうからだ。

 これらのこともあり、聖騎士はどちらかというとサポート的な盾を持つのが基本となっている。


 だが討伐訓練で会った黒髪の学生は盾を持っていなかった。

 なにより戦闘スタイルが、明らかに魔法騎士のそれだったのだ。

 そしておそらく、黒髪の学生が行使していた身体強化は、クレアの身体強化を上回っていた。

 これらのことから、クレアは魔法騎士科だと思い込んでしまっていたのだ。


 クレアは聖騎士科を訪れて黒髪の学生を捜したが、ここでも見つけられなかった。

 ここに在籍しているという話は聞けたので、聖騎士科にいるのは間違いないらしい。

 だがこの日、黒髪の学生が学院に来ることはなかった。そして次の日も来ない。

 何度も見に来るクレアに、聖騎士科の女性が教えてくれた。



「あの人、あんまり学院に来ないんですよ」


「そうなのですか?」


「噂では、ギルドに登録しているという話を聞いたことがあります。

 討伐系の依頼に関しては、学院の単位として認められているじゃないですか。

 だからギルドで、どこかのパーティーに入れてもらっているらしいとか」



 この学生の話は、クレアには信憑性があるように思えた。

 実際クレアが会ったのは、討伐訓練であったからだ。

 それにあのときは単独だったようだが、能力的にはどこかのパーティーに誘われていたとしてもおかしくはない。

 そう考えると、クレアは急に焦りを感じた。


 クレアは三ヶ月後の来年一月、軍で小隊を持つことになっている。

 魔物で民が苦しまなくていいように戦うため、今までクレアは訓練を積んできていた。

 そしてできることなら、邪神リリスを倒したいとも……。


 黒髪の学生の能力は、クレアから見て異常な域にある。

 それだけ訓練を続けてきている、魔物と戦ってきていることでもあると思っている。

 きっと自分と同じような思いで戦ってきているのだと、クレアは思っていた。

 だから自分の小隊で、一緒に戦ってほしいとも考えていた。


 三日目も黒髪の学生とは会えなかったが四日目、クレアは黒髪の学生を見つけた。

 どうやって会えばいいのかと考えて聖騎士科へ行くと、窓際の一番前の席に座っていたのだ。

 今度は夜の森ではないので、彼の髪色がはっきりとわかる。

 あまり長さを気にしていないのか、襟足の部分も少し長く、サイドの髪を耳にかけている。

 横からだとサラサラな髪で目は見えなかった。

 あまり黒髪のことでいい噂は聞いたことがないが、それが事実だとでもいうように彼の周りには誰もいない。

 クレアはそのままクラスの中を進み、彼の前に立った。


 頬杖をついて外を見ていた彼が、クレアに気づいて視線を向ける。

 髪だけではなく、まつ毛や瞳も黒い。

 それはリリスを象徴する色。

 だというのに、クレアはそれを綺麗だと感じていた。

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