第2話 異常な傭兵

 クレアが夜間討伐訓練から戻ったのは、翌日の夕方過ぎだった。

 保護されて数時間は森の外で待機となり、その後馬車の御者を学生同士で交代しながらというスケジュールとなった。

 御者を交代でするのには意味があり、魔力での身体強化を手綱伝いで馬に施すのだ。

 これは自分自身に身体強化をするよりも魔力のコントロールが難しく、訓練の一環となっていた。



「あ、お姉さま! お帰りなさい」


「ただいま、フレイア」



 クレアが戻ったことに気づいた妹のフレイアが、うれしそうに駆け寄る。

 フレイアはクレアより四つ年下の一六歳で、クレアと似ていてかわいいというよりは綺麗という表現が合う。

 瞳はクレアと同じあい色で、フレイアは猫みたいな目だ。

 前髪は目にかからない長さでパツンと切り揃えられ、ふわっとした雰囲気の金色の髪はセミロングの長さになっている。

 

 魔法聖騎士学院は、最短で入学できたとしても一七歳だ。

 毎年七〇〇人ほどしか入学できない戦闘のエリート学院で、卒業者は高く評価される。

 軍ではいずれ隊を率いることを期待される学生。

 そんな学院でクレアは優秀であり、フレイアはそんなクレアを誰が見てもわかるくらい慕っていた。

 そしてフレイアはすでに、来年度に魔法聖騎士学院に入学することも決まっている。



「今回の訓練はどうでした?」


「こんな家に入ってすぐのところではなく、向こうで座って話しましょ」



 クレアの提案にフレイアは頷き、腕を絡めて居間へと移動する。

 余計なものはないが、高そうな家具が置かれている居間は地位の高い貴族であることがわかる。

 居間にはゆったりとしたソファに座った父デューンと、母のエリーが座っていた。


 デューンは目の色は青色で、金色の髪を短く刈っている。

 身長は一七五センチくらいで、しっかり鍛えられていていかにも軍人という風貌。

 メディアス家の領地のことだけではなく、国の軍に関しても任されている将軍だ。

 エリーは落ち着いた雰囲気を感じさせ、容姿は若々しい。

 肌は白く肉感も程よくあり、しっとりとした肌をしている。

 目の色はエメラルドグリーンで、金色の髪をセミロングの長さで整えていた。



「ただいま戻りました」


「おかえり、クレア」



 クレアの姿を目に留めると、ホッとしたような表情でデューンが出迎える。

 それはエリーも同じで、やさしい表情でクレアの帰宅をよろこんだ。

 デューンとエリーはお茶をしながらクレアの帰りを待っていたようで、低いテーブルには紅茶のセットが置かれている。

 クレアとフレイアがデューンたちと向かいのソファーに座ると、執事のウィリアムが二人分の紅茶をそっと用意した。



「見たところ、大きな怪我はないようでよかった。それで?

 今回の夜間討伐訓練は問題なかったか?」


「特に夜間の訓練ということでも、いつもとやることは変わらないので大丈夫でした。

 ただ、北の森では想定外のトロルと戦闘になり、私の班はリタイアすることになってしまいました」


「北の森でトロル?! 怪我人は?」



 予想の範囲内ではなかっただろうトロルという言葉を聞いて、三人の目が驚きを隠せない。

 だがそれも当然といえる反応だ。トロルはBランクに設定されている魔物で、それなりに経験を持つ騎士や傭兵が四人編成であたる魔物である。

 高ランクとまでは言えないが、経験が少ない学生が相手にするには荷が重い魔物だった。



「幸い死者、重傷者が出ることはなかったです。ただ私の班員は全員浮足立ってしまい、私以外は気絶させられてしまったので訓練をリタイヤすることに」


「そうか。だが重症者などもいないのなら良しとするべきか。

 班員が浮足立ってしまったところは、クレアも今後の課題というところだな」


「はい、お父様」


「それで、トロルとはどうなったのですか? お姉さま」



 フレイアがクレアに話をせがんできた。

 無事にトロルとの戦闘を切り抜けていることはわかる。

 だがクレア以外に戦える者がいない状況であったため、その後のことが気になっているようだった。



「上空で待機させていた騎士団員の到着まで、クレアが一人で相手をしたのか?」



 デューンもクレアの動きは気になっているようだ。

 だがフレイアの期待のような目と違い、クレアのことを観察するような目をしている。

 判断や、戦闘面などを見ようとしているのだとクレアは思った。



「救援信号の魔石を使う前に私だけになってしまったので、トロルを引き付けながら班員から少し距離を取ろうとしていたのですが、そのタイミングで助けが入りました」


「騎士団員?」



 普通なら騎士団員というところだが、魔石を使えていなかったのでエリーは疑問形で訊いてきたのだろう。



「それとも他の班の方たちですか?」



 フレイアも残りの可能性を続けて挙げる。クレアの腕に絡ませていたフレイアの腕に力が入っていたので、相当気になっているようだった。



「助っ人に入ってくれたのは、単独でいた傭兵だと思います」


「単独の傭兵?」



 予想とは違った結果を聞かされ、デューンが少し驚いている様子で聞き返してくる。

 エリーとフレイアも同じ気持ちらしく、デューンと同じような雰囲気でクレアを見ていた。



「はい。討伐部位を持ち帰っていたので、狩りをしていたのだと思います」


「クレアの戦闘技術がすでに騎士団員と同レベルの水準だと考えても、二人でトロルを相手にして倒したのか。

 その傭兵、上級騎士並みの技量がありそうだな」



 その後クレアはシャワーへと行ったあと家族での食事を終え、彼のことをベッドで考え込んでいた。

 クレアは今まで黒い髪を見たことがなく、学院の制服を着ていたことからも噂になっていた学生だと推測している。

 だとすれば一年生の段階ですでに、最低でも騎士団員と同レベルの戦闘が行えるということでもあった。

 むしろクレアの見立てではそれを超えている。

 トロルを相手にあの落ち着き振りは、場数を踏んでいることがわかる。

 これらのことを考えると、クレアにとって一年生であれは異常であった。

 だからデューンたちには、傭兵という言葉で説明したのだ。

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