第5話 聖都襲撃

 翌日も、そのまた翌日もクレアはルイの下へ来た。

 クレアが来るたびに言うのは、戦うために力を貸してほしいということ。



「いつまで付きまとうんだ? いい加減勘弁してくれ」


「あなたは、お金のためにしか動かないんですか?」



 学院が終わり、クレアがルイのあとを黙ってついてきていた。

 仕方なく途中のカフェに寄ってやり過ごそうと考えたのだが、クレアは堂々と同じテーブルに座るという状況だった。



「そういう貴族は多いだろ? 別に俺がそういう考えでもおかしくはない。

 そもそも周りがどうだろうと、俺には関係ない」


「そんな! あなたはご家族のこととか、周りの人はどうでもいいと言うのですか?!」


「どうでもいいな。この世界に俺の家族なんていないようなものだ」


「それではご家族に対して失礼です!」


「そう思うなら、俺みたいなのに付きまとうな」



 ルイがそう言って、紅茶が入ったカップに口を付ける。

 面倒くさいのに目をつけられたもんだと、ルイは思っていた。

 目の前でクレアは、俯いて黙ってしまっている。

 まるでルイが責めているかのような感覚にさせされ、居心地がいいとは言えなかった。


 ルイたちが座っているカフェのテラスには、行き交う人たちの話し声などが聞こえる。

 時間が夕方ということもあり、これからが商売の時間というお店もあるのだろう。

 そんな日常的な場面で、不釣り合いな騒音と叫び声が届いた。



「「――!」」



 まるで建物が破壊されたような音が響き、目の前を歩いていた人たちが逃げ惑う。



「ルイさん、行きましょう!」



 クレアはルイに声をかけると、先に逃げる人たちと逆に走り出していた。

 声をかけられてしまっていたからか、なんとなく動かないのも落ち着かなかったルイはクレアのあとを追うことにする。

 少し行ったところでクレアが止まっていたのですぐに追いついたのだが、様子がおかしいのはすぐに理解できた。


 いくつかの建物が半壊し、周囲は水でびしょ濡れという状態。

 そして目の前には、少女のようななにかが立っていた。



「邪神リリス……」


「…………」



 クレアの呟きは、ルイも考えたことであった。

 少女のような外見で、腰の辺りからは尻尾、背中からは翼が生えている。

 身体に黒いモヤのようなものをまとい、鱗のようなものも見られた。

 すべてが黒。長い髪も、肌も、鱗も。

 違うのは赤い瞳だけだった。


 リリスが現れてしまった街や村は、壊滅という未来しかない。

 ただただ、過ぎ去るのを待つしかないのだ。


 リリスとルイたちの中間辺りに、女の子が倒れている。

 そして少し離れたところで、必死に起き上がろうとしている女性がいた。

 その女性の視線は倒れた女の子だけに注がれていて、母親なのだろうことがわかる。


「子供に近づけるな!」


 班長と思われる騎士が叫び、一斉に斬りかかる。

 左右から二人ずつ斬りかかるが、騎士たちの剣は届かなかった。

 突然リリスの周囲から、圧縮されている水の壁が阻んだ。

 噴水のように現れた水の壁から、他の様子を伺っていた騎士たちに圧縮された水が突き刺ささる。

 何気なく使われている魔法に見えるが、目の前から感じる魔力の量が異常。

 集団で行使する軍勢魔法のような感覚をルイは覚えた。


 騎士たちが倒れると、赤い瞳がルイを捉える。

 隣りにいるクレアは、どうするべきか悩んでいるようだった。

 街中で魔法を使うのは、他にも被害が出てしまう可能性もあって難しい。

 とはいえ、近接戦闘でどうにかなるようにも思えないのも事実。

 魔力が違い過ぎて、リリスの身体強化を突破できるとはルイには思えなかった。


「不浄なる存在に癒しの浄化を。ピュアケーション」


 魔力のみで構成された魔物に効果がある神聖魔法。

 女神パナケイアの奇跡によって、ランクでいえば一ランクは弱体化できるピュアケーションだ。

 だが、リリスの存在にはほとんど影響がないように見えた。


「あなたみたいな人が、本当に神聖魔法を使えたんですね」


「まぁな」


 ゆっくりと、一歩一歩足を踏み出してリリスが近づいてくる。

 二人とリリスの間には女の子が倒れていて、クレアは魔法を行使した。


「フリーズ」


 以前討伐訓練で見たときよりも魔力が練られている、氷属性の中級魔法。

 攻撃しても止められそうな感じはなく、逆にさっきの騎士のように圧縮されて回転している水魔法にやられてしまう未来しか見えない。

 無意識に刺激しないようにと、動きを封じる魔法をクレアは選んだのかもしれない。

 リリスの足元から急速に凍りつかせていくかと思われたフリーズであったが、膝の辺りまで凍ったところで魔法が呆気なく弾けた。

 リリスからはなにも読み取れず、感覚的にはゴミを踏んだ程度のことなのかもしれない。

 そしてリリスの腕が、女の子に向けられる。


「――」


 同時にルイは、女の子に向かって駆けていた。


「スヴェル」


 圧縮された水魔法が女の子に向かったと同時に、ルイの神聖魔法で現れた淡く緑色に輝く半透明な盾が防ぐ。

 魔法が止んだタイミングで女の子の下にたどりついたルイは、女の子の背中部分を無造作に掴み、クレアに向かってリリスを見据えたまま投げた。

 ルイが身体強化していることもあり、まるでボールでも投げたように一直線にクレアに向かって女の子は飛んでいく。


 ルイはなにかしなければと、死を予感した。なにもしなければゴミを払うようにやられる。

 そうなる前に、先手を打って攻撃させないという選択をした。

 剣をリリスに向かってルイが振ると、リリスは左腕で殴打をガードするかのように受け止めた。

 腕には傷一つつかず、弾かれた剣をルイはそのまま一回転することで首を狙う。

 同時にリリスの後ろから三人の騎士が斬りかかるが、後ろの騎士たちは尻尾によって薙ぎ払われた。

 ルイの剣をリリスは右手で受け止め、左手の竜のような爪が切り裂きにくる。

 これをルイはスヴェルで受け止め、なんとか一度距離を取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る