裏の一幕② 女豹ネイリストはため息で人を動かす


思っていたより長くなって申し訳ありません。

引き続き“アサミ“がお送りいたします。

私が、土竜道化に【マインドを変える】という秘伝を、懺悔と共に授けるに至った経緯は、お伝え出来たと思います。


それからしばらく経ってから。

“お客様にマジックを習う“なんて、どこのバーテンダーがやることだ。

ってことを平気でやるのが、アイツなの。


そして、その1週間後に、土竜道化が初めて私に向かって、満面の笑みで“ありがとう“なんて言うもんだから。

三歩ほど、後ろに下がったわ。

きっと、何かが“憑いてる“

知り合いに神道の家系にあたる人がいるから、スマホをポケットから出したのよ。


“除霊のやり方を聞こうとした“なんて。

もう、なんてこと、私とした事が。


“見てほしいものが“と言いかけて、何かに思い至って

“あの、マジックはお好きですか?“って言い直したの。


【マジシャンの心得】ね。

えーと、たしか“自分から、見てくれ、と言って披露しない事“だっけ。


くすくす。

なによ。この子。お子ちゃまじゃない。

もう、ホント、私としたことが何をムキになって、敵意を抱いていたのやら。


“マジック?好きよ?何か見せてくれるの?“


パーっと笑顔になって、急に

“宜しいですか。お客様“

だってさ。もう、何よ。可愛いじゃない。

でも、そこから、土竜の表情が変わったの。

さっきまで“見て見てー!僕、こんな事ができるようになったんだよー!“って、そんなお子ちゃまの印象がスゥーっと消えて行って。

“これからお客様には、選んでいただきます“


お子ちゃまが、マジシャンごっこしてるのと、全然違うじゃない。

何よ。この雰囲気の変化はまるで。

私の【マインドの変化】の奥底にある“核心“を身につけたみたいじゃない。


カードを選んだ。たしかに。私が選んだカードを見つめる。

“ハートの2“


“そのカードを、ゆーっくりと時間をかけて当てるか。スパッと当てるか。お選びくださいませ“


何、言ってんの?

私、カードマジックなんて腐るほど見てきたのよ?

接待でマジックバーとかも、よく利用するわ。

興味が湧いたから、専門書を読んだこともある。

今の動作でどうやって?いや、ここからどうするのよ。

まだ、無理でしょ。あと何か1つ2つ手順を踏まないと。


“もう一度、申し上げます“

眼光。全てを包み込むような。

暖かな眼光。

吸い寄せられる。

“そのハートの2を、ゆーっくりと当てるか、スパッと当てるか“


少し、ボーッとしてたから

2秒ほど遅れて、カードを落とした。

何?今の。

ハートの2 が床に表向きに落ちる。

“なんで!どうやったの!?“


両肩を掴んで揺さぶる。

【種明かしは、、ご法度です】


無理でしょ?無理なはずでしょ?

足りないはずじゃない!手順が!技法が!


すると

また、子供みたいに笑って

“そんなんです!無理なんです!“

と訳の分からない事を言った。

“でも、アサミさんのおかげで【壁】を越えられました!ありがとうございます!“


そして、またバタバタと走って仕事に戻る土竜。

くすくす。

そっか。そういうことね。

【マインドの変化】

アナタの手、小さいものね。



そこから先、驚かされる変化は職場の環境にも現れた。


あれほど、入っては辞め、入っては辞めしてた新人が。

辞めない。2人とも。


そのまま、定着した。

男の子と女の子、1人ずつ。


一人はいかにも“気に入らない奴はぶん殴りそうな“マサキという男の子。

一人は“オーナーにいびられたら、すぐに泣きそうな“リンという女の子。


辞めない。

何があっても。それどころか、どんどんメキメキ、仕事を覚えて、店長を支える両腕になっていた。


“リンちゃん、トニックとってくれる?“

“はい!在庫あと8本です!“

“マサキ、発注表にメモっといてくれるか?“

“うっす“


“マサキ、リンちゃん いつもありがとうな“

“、、、うっす“

“こちらこそ!“


なに、コレ。


私は、一人で経営をしてる。

何故なら、一から人を育てる難しさを知っているから。人に任せるより、自分でやった方が早いから。


私と違う。


リンちゃんが、何を思ったのか、店の倉庫でビールの缶を握ってるのを見た。

普段の私なら“何考えてんの!?お店の商品を勝手に飲んで!?“だ。

でも、今日は違う

“タロちゃんちょっときて“

“なんですか、アサミさん“

無理矢理カウンターから店長を引きずり出して、リンちゃんに気づかれないように2人でその場を見る。

別に、告げ口なんてするつもりじゃない。

この場をみて、この人はどうするのか、それが知りたかった。


“どう?“あえて抽象的な質問を店長に投げる。

“缶を握ってますね“


動かない。何も言わずに、見据えている。

その目には“咎めよう“と言った感情など、なかった。

ただ、見据える。冷静に。

すると

“バシュ!!!“という音を立てて、アルミ缶が破裂した。


“店の商品を飲んでいる“という決めつけは間違っていた。

彼女は“缶を握っている“だけだった。


しかし、今度こそ、私なら怒る。

“お店の商品を!“と


“おー!!!!“

リンが店長の声に振り向いた。

店長が。駆け寄っていく。

リンが“すいません“と言い終わるのを待たずに

“すげーな、リン!“

怒らない。

“中身の入った缶を潰せんのか?どういう握力だよ!“

笑ってる。そして、あろうことか

店長は、もう一本、差し出した。

“なんかタネがあるんじゃないか?もう一回やってみてくれ“


“いや、私、握力だけは昔から強いから、それだけで“


“いいから、もう一回、な?“

手を合わせて頼んでる。


リンは、今度は目の前で、中身の入った缶を全力で握りつぶした。

中身が勢いよく飛び出して

リンと店長をピシャリと濡らして

“これはすごい!どうやって鍛えたらそんな細い腕で!“

制服が濡れてるのに、全く気にしてない。

“すごい!すごい!“と笑ってる。


“スチール缶は無理だろ?“

“いや、出来ます“

“そうか!そうか!“

実に楽しそうだ。


それだけだった。

“あー、良いもの見せてもらった“とびしょ濡れのまま、にこやかにバーカウンターに戻ろうとした店長を


“待って下さい!“リンちゃんの方が引き止める。

“私、お店の商品を““すいません!“と自分から駆け寄って頭を下げる。


そこでようやく“確かに。言われてみれば“と言った。そして

“別にいいじゃん““それよりもリン、何か嫌なことあったら俺に言ってくれるか?頼りない店長かも知れないけど“


リンは、後に語ってくれた。


リンは、その日、クソみたいな客にボロクソに言われていた。

それを“自分でなんとかしなければ“と頑張り、ストレスに繋がり

倉庫で、缶を握ることで発散させていた。


これが真相だった。

私では、たどり着けなかった。


いや、多分、あの時点では、店長も、そうだ。

でも、少なくとも、決めつけて怒らなかった。

店の商品なんてどうでもいい。と言ってのけた。

いや、そんなものよりリンの方が店にとって必要だと言っていたのだ。


リンは、その日を境に、更に熱心に仕事に取り組む。

クソ客に“何かやってみろよ!“としつこく絡まれた時

“大したことは出来ませんが“とリンゴを一つ、握り潰して見せた。

クソ客は、ゾッとした後に、拍手する。

“すげー!““なんだよネェちゃんやるなぁ“


商品よりも、リンの方が必要だと言われた。

だから、リンは躊躇いなくリンゴを潰すということを、一芸として披露した。


結果、どうだ。


店中が笑顔になってる。

オーナーが、この場いたなら、もちろんブチギレの一芸だった。



マサキは?あのヤンチャそうな男の子は?


もう、我慢できなかった。

“マサキくん。ちょっといい?“

“なんすか、アサミさん“


なんで、そんなに熱心に仕事するの?と聞いてみた。

“熱心にしてないっす““楽しんでるだけっす“


語ってくれた。


初めて言われた。

バイト先で新人として入った時に

そこの店長に“ここでは、オーナーが一番偉い““口うるせぇから““なんか言われたら“


“全部、俺のせいにしていいからな“


衝撃的すぎて、思わず

“頑張ります!!“と言ったけど

“頑張らなくていい、楽しんで仕事して欲しい“


さらに


プロボクサー目指してる、と言うと

みんな馬鹿にすること。

だからもう夢なんて語らない、ただ一人で黙々と練習しようと決めていた。

そしたら、店長に見られてた。


“すいません!業務時間中に“というと

“脇が甘い!“と、パンチの打ち方を指導された。

思わず、

“何がわかるんすか!?“と言ったら

“ボクシングの練習してたんじゃないのか?“

と返された。

“そうです!業務時間中にボクシングの練習してたっす!“

何故、怒らないのか

“だから脇が甘いっての!“

この人は何を言っているのか



“なんで、せっかくオーナーがいなくて自由に練習出来る時間を、突っ立ってる必要がある!“

“練習、大いに結構。でも、変な癖がついてしまうから、やるならちゃんとやれ!“


正直、ちょっとムカついた。

だから

“店長、俺に勝てるんすか?“

“今のお前なら、3秒で崩せる“


結果、マサキはパンチを一発も当てられないまま、床に転がることになった。


“ずるいっす店長、今のは投げ技っす!“

“アホか!プロボクサーなら、投げられる前にパンチを当てられたはずだろーが“


そして、毎日、オーナーのいない時間

10分間、組手してることを、明かした。


筋トレだと思ったら、重い荷物を率先して運べた。

ロードワークだと思って、お客様にパシられても“誰よりも早く行ってくる“のを目標とした。


そして完成していく。

明らかな“改革派“


“オーナー、店長は悪くないっす!“

“はい!申し訳ありません!全て私のミスです!“


“店長、ここの計算、これでいいっすか?“

“店長、シェイクのやり方、もう一度教えて下さい!“


劇的に、店の雰囲気が変わっていた。

彼がバーに来て、店長になるまでに2ヶ月、そこから、店の雰囲気が変わるのに2ヶ月。


元々いた“中立派“も揺れていた。

オーナーに逆らうのは、怖いけど、店のために改善案を出し合うくらいには。


そして売り上げを4割伸ばした後、

理不尽に彼がクビを切られ、店長でなくなったとき。

店に残る者は誰一人としていなかった。



店を去って、山のような書類の中から履歴書を探し出して

電話をかけた。

呼び出した。

昼下がりのカフェに。


私は、彼のやり方をもっと知りたい。

彼がどうなるのか、見たい。

その為に、私は決心した。


“いいから真剣に聞け!“


代償は払うわ。私から授業料を差し出す。


“お姉さんが、アンタに【ありがた〜い】お話を聞かせてあげるんだから“



全部、引きずり出して。

全部、気づかせて。

あげるんだから。


見せてちょうだいよ。

土竜に翼が生えるところ。

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