裏の一幕 女豹ネイリストの華麗なる経歴



読者の皆様、初めまして。

私は“鹿島朝実“

“かしまあさみ“と読みます。

この作品“土竜道化の燦然たる独白“をご愛顧頂いてる皆様、が、どれほどいるか知らないけど。

超超超キーパーソンの“アサミさん“でございます。

どうぞ、お見知り置きを。


さて、今回、今となっては私自身も恥ずかしい限りだけど

アイツの前で、カフェのソファに仁王立ちするに至った経緯を、あまりに当時の“土竜道化“が勘違いして綴ってるもんだから。


ちょっとこの場をお借りすることに致します。


まず、前提から話す方が分かりやすいと思うから

つまらないと思うけど、私の経歴を聞いて下さいませ。


私は、自慢に聞こえたら申し訳ない限りだけど、地元では有名な大学で経営を学んだの。


私は、ただのネイリスト、なんてものじゃないわ。

本当に本当に、考えに考えて、自分のお店を構えて、苦労に苦労を重ねて、なんとかだけど、ビジネスを軌道に乗せたの。

ちょうど、作中で言うと“土竜道化“がバーテンダーになったあたりで、ようやく。

当時、27歳。ちょっとだけ、婚期を逃しかけていたのは、私が美しすぎるから、というつもりはありません。

私は本当に、仕事に夢中で、美容の事に関して、端から端まで勉強して、恋愛に惚けてる暇なんてなかった。

思えば“いつか、白馬の王子様が“なんて、現実逃避を何度もしたわ。


…我ながら見事に本筋から逸れたわ。

土竜道化と初めて顔を合わせた時、私は既に27歳で自分の店を経営するネイリストだったの。

第一印象は、もう本当に“土竜“って感じ。

失礼ながら“どこの畑から掘ってきた芋だ“って思っていたことは、彼に詫びたわ。既に。アイツ、実に愉快そうに笑ってたけど。


この作中に出てくるバーには、私はオープニングスタッフとして関わっていたの。

何度も何度も、オーナーに“こんなことでは経営が“と言ったけど。

聞く耳持たないし、私のことを慕ってくれるユミちゃんは、どんどん暗い顔になっていくし。

新しく入ってくる従業員は、女ならオーナーにいびられて辞める、男なら最初はユミに見とれて、次に私に見とれて、散々注意したのに“告白“なんて馬鹿なことしてくるから、次々にクビになっていったの。

そんな時に、来たのが“芋みたいな土竜“。

最初は、こいつも同じ道を辿って、すぐに辞めるか、クビになる。と思ってた。

初めてだったのよ。

ユミちゃんが笑顔で自己紹介して“どうも“と“自分の名前“しか返さなかった男は。


“僕、〇〇っていいます!ユミさん、どうぞよろしくお願いします!“って、いかにも姫に仕える従者のような挨拶を返す男ばっかりだったから。


ユミちゃんも悪気は全くないんだけど“何、あいつ“って言ってたの。

無理ないわよね。

あの子にとっては“笑顔で近づいて挨拶したら“ “それ以上の笑顔で返してくれる“のが普通だったから。


“どうせ辞める“他の従業員が、憐れむような目で見てたの。

“かわいそうに“って。

でも、他の新人が2週間もてば良い方だった職場環境で、アイツは楽しそうに我先に出勤して、元気に挨拶して、一本一本、酒瓶を眺めるの。

それでも、まだその時は

“何か違うな“くらいしか思わなかった。

ユミちゃんが【タロっちから嫌われてるのかな】と相談された時、さすがに気づいた。

【私にだけ、冷たいの】少し、泣きそうだったユミちゃんに

“たぶん大丈夫、そうじゃない“って言えるくらいの気づきだったけど。

一度、私、自ら仕掛けてみたの。

“タロちゃん、年上の女性は、お嫌い?“って

“今夜、飲みに行かない?“って

そしたらアイツ“年上の方は敬わないといけませんね““今夜は空いてますが、自分は酒癖が良くないので、ご迷惑かけるかと“って

断りやがったの。


アイツが“女性不信“かもしれない。って気づいてなかったら、屈辱で眠れないところだった。

自慢じゃないけど、って言うのもおこがましいけど“ワラワラ寄ってくる男をビシビシ蹴散らしていった女“よ?

髪は“上品に、ムラなく茶色に染めた、さらさらのロングヘアー“

体調管理から整えてるから化粧なんてしなくてもハリツヤのある肌。

釣り目気味だけど、それを愛嬌のあるタレ目メイクでトゲトゲしさを消して

瞳を潤ませて“誘った“のよ。

私は常に“誘われる“立場だったのよ。

公園で佇んでいただけで“月から女神が降りてきたのかと思いました“って口説かれたことだって。


…失礼。ついつい。

あの日の出来事は、それくらい、未だに頭から離れないの。

“病的“な“女性不信“だと確信したわ。

繕ってたつもりだったんでしょうけど、私からしたら、バレバレも良いところ。

でも、何故か、どんどん“お客様“に気に入られていくの。

常連のお客様が“あの男の子が辞めるなら、もう来ない“って言ってたわ。

訳を聞いたら“あの子は【天才】だ“って真剣な顔で言うの。

“絶対に、このお店を劇的に変える“って。

もう、仕方ないじゃない。

とりあえず、辞めないようになんとか“イモ土竜“を確保しとかないと。

だって、その常連様は【年商10億円の利益をあげる企業の社長さん】だったのよ。

別にそのお客様が来なくなる事を心配してたわけでもないけど

“そんなに言うほどの存在なのか“見ておかないと、絶対に損するって思ったの。


“辞めないように確保“しようと思ってた時点で、私には【先見の明】がなかった。


お客様に失礼な冗談を言っても【君には敵わないな】って笑って許される。

“そんな冗談、オーナーの前で言ったら殺されるわよ“って言ったら

“お客様が笑ってくださるなら“って何?

本気で言ってるように聞こえたのよ。

“他人を笑顔にする為なら死んでもいい“って意味の言葉が。

2週間もてば良い方な職場環境で、彼は2カ月目で店長に抜擢されたの。

オーナーも、そうせざるを得ないほど、もう、周りは“イモ土竜“中心に回っていた。

その時点で、“イモ土竜“は、他の従業員のミスをさりげなくフォローするくらいに成長してたの。

みんな、後輩であるはずの“イモ土竜“にカクテルのレシピを聞くの。

店長に抜擢されたアイツは、オーナーに向かって第一声、なんて言ったか。

“僕のお給料は、こんなに頂けません。その分、他の従業員の方々の時給を少しでも上げて下さい“って

これはオーナーが大喜びしてたわ。

私にベラベラその事を喋るくらい。

じゃあイモ土竜がもらう給料、いくらになるのか聞いてみて、私は、その場で気を失いそうになったわ。

手取り11万円よ。

元々が、14万円。何が“こんなに頂けませんよ“

一月に休みなんて2日間あればいい方で、夕方から朝方まで立ちっぱなしで、明らかなクソ客に絡まれてることだってあるのに。

私ならすぐにでも契約書を持って労基に走るわ。

“馬鹿じゃないの“

そして、私は、ネイリストとして出勤を終えたら、このバーの前を通るの。

散々仕事した後だから、もうクタクタで。

だって、深夜2時半よ。

接客から経理まで自分でしてるから。


バーのシャッターは閉まってて、その向こうからうっすら聞こえる音。

最初は野良猫でも入り込んだのかと思ったわ。


カシャカシャカシャカシャ。

カシャカシャカシャカシャ。

ビシャ、ビシャ、ビシャ。

シャカシャカ、シャカシャカ。


流石に私も人の子だから、野良猫なら出してあげないとって、持ってた鍵でシャッターを開けようして。



“なんで俺はこんなにも“

“なんで俺はこんなにも“


って、恨めしそうに聞こえるのよ。

27年間、そんな経験なかったもんだから、怨霊が出たと思って、あやうく叫ぶところだったわ。


“なんで俺はこんなにも出来ないんだ“


たっぷり10秒ほど経って、ようやく、私は目の前の現状が分かった。


営業時間が終了して、暗い店内で

必死にバーテンダーとしての技術を身につけようとする。アイツ。


放っておいた。そんな無茶な練習、続く訳ないもの。


私は、このバーに金曜日しか出勤しないから。

その音と声を5日間も続けて聞く事になった。

金曜日になって、バーに出勤すると

アイツは、もうすでにお客様を接客してた。


“上達したね!美味しいよ!“

“ありがとうございます!“


“仕事は楽しいかい?“

“えぇ、とっても!“

“そうか、それは何よりだ!“


何よ。コイツ。


私がこのバーでするのは接客のみ。

その間、あちこちで在庫のチェックやら、出納帳の記入やらで、お客様に気を遣わせないように、隠れて仕事してるの。

誰も見てないところで、頑張っても、誰も評価してくれないのに。


なら私は、最高の接客をしようとした。

でも、ほとんどのお客様が、来店されて言うの

「あれ?今日は、あの子じゃないのか」って。ちょっと残念そうに。


そしたらアイツ。

「こんなに美人に接客してもらうのに、それじゃあご不満ですか」って裏から戯けて出てくるの

なんて、無礼なこと言うの!って怒鳴るより先に

「いたのか!君に会いにきたんだよ!」ってお客様が笑うのを見て。


もう、認めるしかなかった。

“この店に、誰もアナタを馬鹿にする人なんていない“

悔しかった。けど、もう仕方ないじゃない。


それでも、アイツは

あくる日も、あくる日も


“なんで俺は“って、暗い店内で。


もうわかったから。

“イモ土竜“なんて、心の中でも呼ばないから。


だから、お客様としてバーカウンターに行って、女性不信を隠して、バレバレだけど

皮肉めいた口調で喋られても、微笑ましいだけだった。

逆に、ちょっとからかうつもりで聞いたの。

“女の子が嫌いなんじゃない?“って

そしたら、泣いた。

何事かと、思ったわ。何があったら、そんなことに、と必死で考えてる自分にびっくりした。


この女王様気取りだった私が、自分を許せなかったの。

分かってあげられないことが。

“何があったのか聞かない“

許して、今まで、アナタを侮っていたことを。

分かってあげられなくて、ごめんなさい。

その代わりに伝授するわ。

私が何年もかけてたどり着いた【壁の壊し方】

“頑張っても、頑張っても、それでもダメだった時は“

“マインドを変えるの“

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