第十幕 月が綺麗なのは暗い夜空に浮かぶから
“クビ“
女性オーナーが、他の従業員の前で俺を指さす。
“何か粗相がありましたか?“
とぼける、しかない。
正直、思い当たる節がありすぎて、どれがバレたのか分からない。
“あなた、ユミちゃんに手を出したでしょ!?“
どれもバレてなかった。
なんか、とんでもなく訳の分からない誤解をされてるらしい。
“職場恋愛はご法度!禁止!分かってるでしょ!?“
俺、こいつ、嫌い。
すると、従業員から次々に声が上がる。
“そんなことあるわけないでしょ!“
“店長がいないと、店、潰れますよ!?“
“店長がクビなら、私も辞めます!“
最初の“そんなことあるわけないでしょ!“は誰だ。
明らかに“この店長がめちゃくちゃ可愛いユミさんに手を伸ばせる訳ないでしょ!“というニュアンスに聞こえたが。
“黙れ!“
オーナーがヒステリックに叫ぶ。
“2人が閉店した後、店に残って、深夜の3時半に出てくるところを、見た人がいるの!!“
あー、、
、、詰んだな。
あの自称ギャンブラーを全力で潰した時だ。
事情を説明すれば“お客様を病院送りにしたですって!?“で“クビ“だ。
しかも、二人でその時間帯に閉店した後、出たのは、事実だ。
ユミだけ帰して、俺だけ店に泊まるべきだったか。
“ユミちゃん“
猫撫で声で、オーナーに呼ばれたユミ。
“こっちにいらっしゃい“
“可哀想にね、あなたは何も悪くないのよ“
【私のかわいいかわいい、客寄せパンダだもの】
今まで一度も、ユミはオーナーに逆らった事がない。
恋愛について、ずっとユミはオーナーに助言を求めていた。
最近になって、オーナーではなく、アサミさんに相談するようになっているわけだが。
【客寄せパンダが、最近不調ね】
くらいにしか思ってないだろうな。
オーナーに恋愛相談しても“GO“しか言わないだろう。
ユミが今まで、ことごとく男に遊ばれていたのは、少なからず、このオーナーの責任でもある。
純朴なお嬢ちゃん、ここはとりあえず、話を合わせて【店長に手を出されました】と言うべきだ。
その後に、俺が土下座でもして。と考えていると。
オーナーに頭を撫でられていたユミが、
思い切りオーナーに平手打ちを食らわせた。
パァン!!
全力だったのだろう。
強烈な音。
そのあと、全員、無言。
【なんで?】
そりゃそうだ。
【わけがわからない】
ユミ、それは、あまりにも。
耐えられない。ダメだ。
面白すぎる。
声を上げて笑ってしまった。
最高の“間“と強烈な“共感“が俺のツボに完全に刺さった。
作戦変更だ。
どうせクビなら、とことん言わせてもらおう。
“オーナー!“
いつも従順だった【雇われ店長】が、
明らかに敵意を剥き出しにして呼んだものだから。
オーナーの感情はぐちゃぐちゃになってる。
“なぁ、オーナーさんよぉ“
偉そうにソファに座ったまま、従業員を整列させていたオーナーに、詰め寄り
目の前に立ち、見下ろす。
“ご希望通り、辞職しましょう“
“元通りの【お店ごっこ】をお楽しみ下さいな“
“お客様には申し訳ないばかりですが、仕方ありません。僕が4割増やした売り上げも、元通り。で済んだらいいですねぇ“
“従順な店長を、指先で解雇して、悪評が広まることでしょう。銭ゲバなオーナーに嫌気がさして、新規のお客様はリピーターにはならないでしょう“
最後だ。
“利益を上げるのにオマエが一番邪魔だったんだよ!金しかみてない守銭奴が!“
全員がポカンとする中
俺だけ、笑いが止まらない。
まだ、ツボが疼く。
仕方ない。
“従業員の皆様、私は禁止事項を犯しました“
ユミが目を見開く。
【なんでそんな嘘つくの?】
“私は可愛らしくも純粋なユミさんを、たらし込んだのです“
“信用していただいていたのに、申し訳ありません“
深々、従業員一同に頭を下げる。一同と言ってもその数は十人に満たないが。
“待って!!“
アサミさんが手を上げる。
無駄だよ。アサミさん。
今、綺麗に、幕が降りて来てる。
ここで、何を言おうと、幕は降りる。
どんなに策を巡らせても、ここから逆転することなど。
“純愛なら、良いんじゃないですか?“
‥策じゃないのか。アサミさんらしくない。正面突破か。
“そもそも、何故、職場恋愛を禁止してるんです?“
“そもそも論法“だ。懐かしい。
前提を指摘する。議論において強力な論法だ。
就活時代によく使ったなぁ。
でも、それは
“禁止だから禁止なの!!“
議論にならない相手には通用しない。
“仮に、二人がお店から出て来たとしましょう“
アサミさん【仮定論法】もご存知でしたか。
“それを見た、という人と 私たちが信頼する店長 どちらがお店に必要な存在ですか?“
素晴らしい弁論だ。
“問い“の組み立て方が美しい。
俺、アサミさんと議論してみたいなぁ。
“こいつの代わりなんていくらでもいる!“
オーナーは俺を指さす。
その人差し指を
“道徳で習いませんでしたか?“
右手で掴む。
“人を指さすんじゃありません“
“折れるーー!指を折られるー!!“
見苦しい、掴んだだけで折れるか、こんなド太い指が。
“誰か警察よんで!早く!これは傷害よ!“
誰も動かない。
ただ、オーナーを冷たい目で見てる。
“私、辞めます“
“あ、俺も“ “僕も!お世話になりました!“
三人が去って行く。
残ったのは
俺と、ユミとアサミさん以外には二人だ。
そして、肝心の“以外の二人“だが。
“店長、クビになるんですよね?“
マサキという男子大学生と
“じゃあ、もう、いいか“
リンという女子大学生
“店長、いいっすか?“
“ダメ“
マサキはボクシングのプロを目指してる。
【やっちゃっていいっすか?】ってことだろ?
プロ、目指せなくなるだろ、アホ。
“もういいですよね、店長“
“ダメ“
リンは細身の身体からは想像もつかないほど怪力だ。リンゴを素手で握りつぶしたりする。
【もう我慢しなくていいですよね】って事だろ。流石にオーナーの頭が握力だけで潰せたりはしないだろうが。
二人とも、オーナーに対して“下克上“を狙っていた“改革派“だ。
去っていった方は、むしろ“中立“を決め込んでた者たちだった。
無論、組織において“中立“であることは、大抵の場合、重要だから、どちらかと言えば、彼らの方が常識的である。
では“非常識“は“悪“か?
とんでもない。
常識を疑って、人とは違う選択肢を取る者は
“非常識“だと言われやすいが
その非常識が、何かを改革した時、世間は手の平を返して賞賛する。
世間は結果しか見ない。
だから過程はどうあれ、何かを成した者が、勝った方が偉い。
“なんでよ!!戻ってらっしゃい!!
指を離せ、恩知らずが!“
“あ、店長。手が滑りそうっす“
“滑らないように、背中で両腕を組んどけ“
“店長、私、無性に何かを握りつぶしたいです“
“そこに傷んだリンゴが3つほどあるから、潰していいぞ“
“聞けー!私の話を聞け!この、この“
少しだけ、太い指を握った手に、力を込める。
“ぎゃー!痛い痛い!!“
“あ、ずるいっす店長だけ“
“ん?何もしてないぞ“
“店長、リンゴ3つ潰したけど、まだ物足りないです“
“冷蔵庫にスイカがあったろ。握りつぶせたら、みんなで食べよう“
“聞きやがれ!!無能ども!!私の店だ!私がルールだ!!“
“あ、ダメだ。俺、折っちゃいそう“
“じゃあ、店長、俺の分は残しといてくださいね“
“大丈夫だ。9本も残る“
“店長、スイカ、何とか握りつぶせました“
“それは床に叩きつけたんじゃ無いのか?さすがにスイカは無理だろう“
綺麗に手形からひび割れたスイカを見せられて、ちょっとだけ、引いた。
“リン、今度、握力計を買ってやる“
“私、大学の握力計、クラッシュしましたよ?“
握力計って100キロくらいまで測定できるはずじゃなかったか?
もう、これ以上、何も聞かないでおこう。
ゴリラくらいなら素手で倒せそうで怖い。
ゴリラなら、2回ほど倒しましたよ?
なんて言われた日には、違う意味で女性が怖くなりそうだ。
“オマエら、私を誰だと思ってる!!“
“リン、スイカをみんなに配ってくれ“
“はーい“
リンが、ユミとアサミさん、マサキにスイカを渡していく。
リンが、一際大きな塊を両手で確保して
バキ!
いとも容易く、それを半分に割った。片手で。
“はい!店長の分です“
“ありがとう。みんな、せーの、だぞ“
“うん“
“くすくす“
“うっす“
“はーい!“
“せーの!“
一斉に、オーナー目掛けてぶん投げる。
“ひぃぃぃ“
“じゃ、そういうことで“俺は残った全員に向けて、敬礼する
“ご苦労、本日を持って 我ら革命軍は解散だ。各々、信じる道を歩んでくれたまえ!健闘を祈る!“
皆が皆、アサミさんまでが笑いを堪えながら敬礼を返してくる。
ユミは泣いてる。
“ユミ!“
“あい“
声になってない。
“健闘を祈る!最後だ!笑いたまえ“
【約束は守れよアバズレ】
“はい!!“
【二度と男になんて騙されるもんですか!】
“いい笑顔だ“
“それでは、改めて、解散!!“
全員が散り散りに店を出て行く。
俺も最後にオーナーを一瞥し
“ひぃぃぃ“
憤りを通り越して、ほとほと、呆れて店を出た。
次、何の仕事やろうかな。
面白くないと、続かないだろうな。
俺、変人らしいし。
店を振り返る。
この店で学んだ全ては、どれもこれも、目から鱗だった。
一年か。
俺は自分の成長を、自分で分かるほどに感じていた。
一番大きな実感は
“変人“だからなんだ?
“容姿“がどーした?
“俺は【初対面の天才】だ“
“俺は【努力の狂人】だ“
“俺は自分が大好きだ!“
こうして、俺のバーテンダーとしての幕は降りた。
次に幕が上がる時、卑屈な土竜はそこにはいない。
代わりに、翼を生やした新種の生命体がいる。
見かけは明らかに土竜のそれだが。
堂々たる振る舞いで【偽善者】だの【非常識】だのと言われても、怯むどころか、笑顔で握手を求める姿。
それは【化け物】かもしれないし【悪魔】かも知れないし【ペテン師】かもしれない。
ただ、新種の生命体は高々と宣言する。
【俺は帝王になりたい】と。
その幕が上がるのは、バーを去ってから数ヶ月ほど先になる。
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