第八幕 土竜は改めて自身と向き合う覚悟を決める
“今は、私を信じてくれなくても良いから“
アサミさん。
貴女のおかげで、一つ分かりました。
“マインドを変えるの“
今までの俺は“女性“の何を見ていたんだ。
自分の手を見る。
大嫌いだった“小さな手“は、俺に一芸を身につけさせた。
俺は、自分が好きになれなかった。
自分が嫌いだから“自虐“で笑いを取ることも、何も抵抗が無かった。
笑ってくれ。どうぞ、この醜い土竜を笑ってくれ。
そう自尊心を全て捨てて“負の感情を完璧に克服した“と思っていた。
それで、今まで、そこそこ上手くいっていたから。疑いもしなかった。
その先に、どうしても超えられない“壁“があった。
その都度“なんで自分はこんなにも、出来ないんだ“と嘆いた。
土に戻るか?鏡に問う。
“初対面の天才“
“努力と発想で、才の壁を超えて見せた男“
君は、どうかしてる。
“気を悪くしないでくれたまえ“
マジックの達人は、俺の目をまっすぐと見て言った。
“君は【努力の天才】なんてもんじゃない“
一つの技法の習得に4000回の練習。
ビルドの練習を指の【タコ】がホクロになるまで続けた執念。
“私は、君のような人間を見た事がない“
“言うなら【努力の狂人】だよ“
狂気の末に身につけた一芸は【秒速】と呼ばれるマジックだった。
その一芸は、バーに来るお客様に、たまたま“何かやってよ“と請われた際に、大いに役立つことになり、噂を聞きつけて来客が倍増した。
そんな折だった。
閉店間際、誰もいない店内。
グラスを磨いていると、来客ベルが鳴った。
“いらっしゃいませ“
笑顔で、ドアを見ると
“ちょっと、一杯だけ、いいかな、タロっち“
今にも、膝から崩れそうなほど憔悴したユミがいた。
正直、まだ、心が暴れる。
“女なんて““女なんて““女なんて“
【誰がアンタなんかに惚れるの?】
【気持ち悪い】
【指輪が可哀想ね】
“女なんて、みんな俺から何かを奪っていくだけ“
【死ね】【寄るな】
【今は、私を信じてくれないてもいい】
【この店の女の子、みんなタロちゃんの事、好きだと思う】
アサミさん。俺は。
アナタを一度だけ信じてみようと思います。
“いらっしゃいませ、ユミさん“
いつもであれば、目もくれず“閉店間際にお客様気取りですか“とでも言うところだ。
おずおず、といった様相で、カウンターの端に腰掛けるユミからは、いつものハツラツとした気力が微塵も感じられない。
思えば、この女性を、俺は真剣に見据えた事が一度も無かった。
【タロっち】
舐めてやがる。と思っていた。
【すごいね、タロっち。もうそんなにレシピ覚えたの?】
片手間でバーテンダーをやってる。と蔑んでいた。
【この人、新しい彼氏なんだ】
バーに男を連れてくるたび“客寄せパンダ“か。と心中で罵った。
本業はOL。趣味は音楽。楽器を嗜む。
見据える。
カウンターの端で、注文もしない。
ただ、こちらから差し出したグラスに入った水を見つめている。
その表情から、確かに深い“哀しみ“が見て取れる。
“タロっち“
呼ばれた。目線は、水面から動いてない。
“なんでしょうか“
いつになく、優しい口調になっていることに、自分でも驚く。
まばたきを二度、三度、そして目線が俺の顔に移った。
俺は今、どんな顔をしてるんだろうか。
ユミは、表情の“哀しみ“に“驚き“が混ざった。
【なんか、今日のタロっち、優しい】
かな。
“ずいぶんとまぁ、お疲れのご様子ですね“
少しだけ、いつも通りの皮肉めいた口調を出してみる。
ピクリ。ユミの表情から“驚き“が薄れていく。
【気のせいか、やっぱりタロっち、私のこと嫌いなんだ】
なんとまぁ、そのまんま、取り繕わない人だったんだろうか。
よくよく見れば、表情を偽れるほど汚れてない、綺麗な心じゃないか。
純粋だから、この人の方が【悪い男に遊ばれてた】んじゃないのか?
“今日は、酔いたいけど、酔いたくないの“
ユミは視線を水面に戻した。
わがままな“お客様“だこと。
【酒を飲まされて、良いように遊ばれた経験】かな。
だから【男の前で酔いたくない】けど【嫌なことがあったから酔いたい】のかな。
“お客様、まず最初に申し上げておきます“
ユミは不安気に俺の顔を見た。
【わがまま言ったから怒ってる?】
吹き出しそうになる。もはや、ダダ漏れの心の声。
“私、貴方のことは好きや嫌いで見ておりませんので、存分に酔って頂いて構いませんよ“
目をパチクリさせてる。
意味を悟ったのだろう。
笑顔。哀しげな笑顔。
“最初はカルーアミルクなんていかがでしょうか“
もう既に、準備に取り掛かっていた。
憔悴した女性のお客様に向けた一杯目
“暖かいカルーアミルク“
泣き出したユミは、ぽつぽつと語りだした。
“男なんて““男なんて“と繰り返した。
奇しくも、彼女の悩みは、俺と酷似していた。
“容姿の整った女性“故に、男がワラワラ寄ってくる。
純粋だから、次々と、交際して、捨てられてきた。
“男なんて、大っ嫌い!!“
そうか。俺は、とんだ勘違いに縛られていた。
“ユミさん“
呼ばれてこちらを涙目で見てくる。
先ほど【自分を女性として見てない】と宣言した男を。
“俺だって、女なんて大っ嫌いだよバーカ“
本音だ。
痛快だった。
“女なんてな、俺の貴重な自尊心を根こそぎ奪い去る、ズルくて卑怯で男の足元と財布の中しか見てねーんだろ“
本音だった。ただし、少し揺らぎつつある、疑いつつある、本音だった。
ユミの目がザラリと怒りを含む。
“男なんてね、女を自分の【モノ】にしたがるだけで、私の顔と胸とお尻しか見てねーじゃねーか!何が「減るもんじゃねぇ」だ!返せよ私の自尊心!!“
次瞬。俺とユミの声がハモる。
“ちゃんと中身を見て判断しやがれクソ共が!!“
爆笑だった。
久しぶりに、俺自身、心から笑った。
ユミも俺の今までの言動の全てが“女性全体への不信感“だったと知って、大いに笑っていた。
“なに?年上のくせにドーテイなの、タロっち“
“うるせぇ、アバズレ“
“モテる素質あるのに、勿体ないって意味だよバーカ“
“魅力があるなら、男くらい転がして見せろって言ってんだよヒロイン気取り“
アサミさん、ありがとう。
貴女を信じて、また一つ壁を壊した。
“男も女も、悪い奴はいる“
“性別なんて関係なく、根幹はやはり【一人の人間】“
“【人間】だから、一人一人、全然違う“
当たり前じゃないか。
“おいドーテイ“
“なんだアバズレ“
“今日、奢れ“
“ふざけんな金払え“
じゃあさ。
“私とギャンブルしよう“
ほろ酔い気味で、そんな事を宣う。
“俺が勝ったらヤラセろ“
“望むところだ、ドーテイ“
大きく息を吸う。
“そんな調子で、自分を安売りするから遊ばれるんだよ!“怒鳴った。
“いいよ。ギャンブルしようぜ“
“俺が勝ったら【一つ何でも言う事を聞いてもらう】“
“負けないもん“
“男なんかに、負けないんだから“
心の真芯に、怒鳴り声が響いたユミは、もはや目から涙が溢れていた。
“心理戦“
トランプを使う。
“ババ抜き。くらいは知ってるだろ、アバズレ“
“子供扱いしないでくれる。ドーテイ“
【それのどこが心理戦なのよ】
“ババ抜き。二人でやるから、途中は省略する“
俺は、【A】【K】【Q】【J】【10】【9】【8】を2枚ずつバーカウンターに並べた
そしてジョーカーを一枚。
お互いに【A】〜【8】までを1枚ずつ持つ。
“ジョーカーは、ジャンケンで負けた方が持つ“
ジャンケンも、心理戦なんだよ。小娘。
“俺はジャンケン、勝率8割だ“
ユミの顔が強張る。
掛け声と同時に、お互いが右手を突き出す。
【グー】と【チョキ】
“まず、ジャンケンは俺の勝ち“
ジャンケンの勝率の高め方なんて、心理学で散々やったのよ。
純粋なお嬢ちゃん。
ユミがジョーカーを手札に加えて混ぜる。
視線が左右に揺れて、こちらを見る。
じっと、俺の目を見る。
“早く引けよ、ドーテイ“
“いいのか?君から見て左側にあるジョーカーを動かさなくて“
ユミが弾かれたように体を仰け反らせ
慌てて混ぜ直す。
あーあ。もう。
純粋すぎる。
混ぜ直した手札をこちらに突きつけてくる。
【引けよ】
視線は俺の目を見てる。
目を、見てる。
ユミの目には、俺の目が見えてる。
当然、俺の目にはユミの目が見えてる。
ユミの方が、その重圧に負けて、先に視線を逸らした。
まったく。
一枚引いてやる。当然、ジョーカーじゃない。
ペアが揃ったので場に捨てる。
ユミが、俺の手札から投げやりに一枚引いた。
彼女から見て、右側のカードと揃えて場に捨てた。
混ぜもしない。
“断言しよう“
“俺は一度もジョーカーを引かない“
かくして、心理戦は俺の完封勝ち。
枚数が減るたびに、焦って手札を混ぜたり、後ろに隠して混ぜたり、忙しかったのはユミだけだ。
ユミは手に“ジョーカー“を1枚だけ残して
しばし呆然としていた。
“おい“
“俺の勝ちだ“
ユミは、不機嫌そうにジョーカーをバーカウンターに投げた。
“負けた!負けました!“
まるで子供じゃないか。
あどけない。汚れもしらない。
“好きにすれば!?“
“なんでも言うこと聞いてやるわよ“
“うるせぇ、黙って聞け“
“【二度と自分を安売りしません】と誓え!アバズレ!“
“俺がお前の身体目当てで賭け事なんてするか!身の程を知れ!そこらの男と同列に並べんな!クソ女“
ユミは“なによ!“と怒った。
“せっかく“と言いかけて、口を閉ざした。
“ドーテイのくせにカッコつけんなよ“と唇を尖らせた。
こいつ。
ちょろすぎだろ。
頭が痛くなってきた。
“毎度毎度、男に遊ばれた“とへこまれては、業務に支障が出る。
近日中に、アサミさんに助言を請うことになった。
その内容が“悪い男を好きにならない為にはどうすればいいか“なんてものだったので
アサミさんから、しばらく誤解されることになった。
【タロちゃん、女の子が嫌いなんじゃなくて男の人が好きだったの!?】
その誤解を、一から否定するのに、丸三日も費やすこととなる。
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