第七幕 最後の一打は喝采に値する
“見て頂きたい“
マジックの達人に、カードの束を見せる。
“見せて頂きたい“
達人は請う。“お客様として、マジシャンの技を見る“という事だ。
俺はカードの束を、シャッフルする。
淡々と、淡々と。
じっと見据える“お客様“の前で。
“お客様、これから私が、こうしてカードを弾いていきます“
長方形のカード、その“お客様側“の先端のみを、右手で、親指以外の4本で、上から掴み、下から、パラパラと弾いていく。
“お好きなところで【ストップ】と仰ってください“
そして、もう一度、同じ動作で、弾く。
パラパラ、パラパラ、パラパラ。
“ストップ“
声がかかると同時に弾くのを辞め、そのまま、残っている上のカードを右手で持ち上げる。
“どうぞ、そのカードをご覧ください“
お客様は、俺の左手に残された、下側の山札の一番上を手に取る。
【ここからどうするのだ】と言った表情で“お客様“が俺の顔を見る。
“お客様には、これから選んで頂きます“
達人である“お客様“がキョトンとしている。
“そのカードを【ゆーっくりと時間をかけて当てる】か【スパッと当てるか】“
キョトン。から訝しげな表情へと変わる。
“もう一度、申しあげます。その【スペードの7】を【ゆーっくりと当てる】か【スパッと当てる】か“
“お客様“が目を見開く。
自分の引いたカードが、今、既に当てられた。
その事自体に驚く要素は、通常、この“お客様“にはない。
彼は“マジシャン“だ。
故に、彼の表情の驚愕、その意味することは
【どうやって】【この現象を】【引き起こしたのか】【分からない】
“どうして“
彼の頭の中には、こんな【カード当て】という現象を引き起こす、数多くの技法が詰まってるだろう。
同じ現象を引き起こすのにも、何通りも“技法“がある。
そして、そのどれもが“手の小さな者“には習得しづらく、困難である。
事実、俺は“とてもシンプルな技法“を2つ習得するのが、やっとだった。
このマジックには、その習得した技法の一つ、それを最大限まで活かして、尚且つ
ある種、通常ではあり得ないトッピングを施したのだ。
【マインドを変えた】
シンプルな技法を、2つも習得したのだ。と。
では、これを活かすには。と。
そして、最大の弱点である“短い指“を、このカードの束すら、満足に包めない“小さな手“を【武器にするにはどうすればいいだろう】と。
もうそこに“お客様“はいなかった。
マジックの達人は、あるまじきことを俺に言った。
“もう一回、見せてくれ“
マジシャンの心得
【同じマジックを2度続けて見せてはならない】
その事を熟知してるマジシャンは、とてもじゃないが“信じられない“ようだった。
“これは【あり得ない】ことだ“
“どんな技法で“ “今の動作には“
“何もタネがないように見えた“
ある種、当たり前のことだった。
マジックの達人、故に見抜けぬ、この奇術のタネ。
“種明かしはご法度“
俺は、そう呟いて、続けた。
“でも、一度だけ、アナタにだけ、種明かしをお許し下さい“
俺は、このマジックについて、そこに至るまでの過程を、語った。
1つ技法を習得するのに
4000回、練習を要したこと
それでも2つしか習得できなかったこと
その2つの技法の名を口にした時
達人は“更に分からなくなった“と言う顔をした。
その技法だけでは“カードマジックなんて出来る訳がない“のだから。
“だから“
俺は、マインドを変えた
【この技法を習得できた】
次に【それを最大限に活かすには】
【短い指】【小さな手】を【武器にするには】
一呼吸
どんな技法を【考案】すればいいのか。
そうだ。
【既存】のものを【習得】できないのなら
新しいものを【考案】すればいいじゃないか。
“新技法を、考案した?“
マジックにも、歴史という物がある。
その中で、数多くの“技法“が生み出されてきた。
その歴史の中で“大きな手“がマジックには、とても有利に働くことは
ある種“常識“だった。
俺は“やみくもな練習“を“もっと頑張る“ことを辞めて
“考える“ことにした。
その結果、たどり着いた、この“秒速のカード当て“
タネを明かされて“唖然“
達人は、しばし、口元に手を当てて
“このマジックは、私には、とても難しいだろうな“と言った。
俺が考案した技法は、
カードを包めないほど“小さな手“である方が習得しやすく、尚且つ、自然に現象を引き起こせる物だった。
俺は、才能の差を努力だけで埋めようとして
これまで幾度も、涙してきた。
【頑張り方を変えるの】
【マインドを変えるの】
才能の差は、壁は、努力だけでは打ち破れないかもしれない。
ただ、そこに“発想“が合わされば、その結果は誰にも分からないものだ。
土竜にだって、いつか、羽が生えて
どこまでも高みにいける可能性は、確かに存在する。
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