第一幕 些細な憂鬱は弾倉に捻じ込む
一人でいい。
周りの大多数は小道具、音響、衣装を念入りに準備して、複数人で舞台に立つ。
手ぶらでいい。
稀に、スケッチブックを携えて舞台に上がる事もあったが、それの使い方は極めて単純だった。
通常、スケッチブックはトドメに使われる。
自分の言葉でボールを挙げて、それを紙上に描いた画文で撃ち、笑いを起こす。
俺は、真逆だった。
紙上に、短い、可笑しなフレーズを書いておき、捲ると、引き金となる。
スケッチブックに、ボールを挙げてもらう。
それを俺が撃つ。
脚色し、誇張し、描写し、【納得】と【共感】を生みだす。
その他は、もはや、それすらも要らない。
何も持たずに舞台に立ち、自分の愚かさ、見かけた人の挙動、世の不条理。
それらをマイクを喰らうようにして喋り倒す。
力任せにサンドバッグを連打するように。
ユーモアで包めば、多少の毒は許される。
舞台裏で自分の一幕を待つ。
先輩達が、明るい舞台上で掛け合っている。
ちらほらと、まばらな笑いが起きている。
既視感。
今まさに、彼らが紡いだ複数のフレーズに、脳味噌が何か言いたげに疼く。
俺は、これまで見てきた数千、数万のネタを、記憶の中で素早く探った。
確か、過去に他の先輩が、小さい大会で賞を獲った時、同じような文言を使っていた気がする。
なんだ。あいつら。
伝えたい事がないのか。
笑いを得る事が目的で、他人の弾薬を拝借して。
俺は、伝えたい。
心の壁に風穴を開けて、繋がりたい。
自分の感じた可笑しさを、他の人にも感じてもらう事によって。
【揺り籠から墓場まで 馬鹿野郎が付いて回る】
偉大なミュージシャンによる邦ロックが会場に流れる。
俺の出番を告げる曲だ。
考え事をしている内に、視界が暗転していた。先輩達の幕が降りたらしい。
舞台から、首を捻りながら裏手に回って来た二名の無法者を一瞥して、今度は自分が舞台に駆け上がる。
【道なき道をブッ飛ばす】
聞け。この土竜の独白を。
自分の愚かさ、コンプレックスを、機知で削り上げ、鋭利に仕上げた実弾を、口先で放つ。
多くの場合、舞台上から客席は、光の加減で見え辛い。それでも一人一人の表情を、突き刺すように見据える。
貴方はどうだ。
貴女はどうだ。
伝わるはずだ。大丈夫だ。ほら、笑ってくれた。
この瞬間は、いつまで経っても感涙しそうになる。
寂しかったから。
泥土の中で生きるのは、誰とも分かち合わずに過ごすのは、本当に辛かったから。
客席の、まだ幼い女の子が、唐突にぐずり出した。
客席に、少しだけ気遣いの空気が漂う。
感じる。
【他の観客が苛立っていないか】そわそわしてる貴方。
【急にどうしたのかしら】女の子を心配してる貴女。
そして、何よりも、この空気の大きな割合を占める成分。
【こんな空気が漂って、可笑しさの波長が、ブレやしないか、大丈夫か、こいつ】という、ある種、本末転倒な優しさが俺に向く。
大丈夫だ。
ひっくり返してやるから見とけ。
自分を即興で貶して見せる。
「すいません!やっぱり女の子は本能的にイケメンを求めるみたいです。ボクに対してのアレルギーが見られる」
会場が少しだけ、ホッとしたのが分かる。
和やかな笑いが起こる。
まだだ。まだ全員、笑ってない。
さらにぐずりそうな女の子を、母親が客席から連れ出そうとしている。
「あ、お母さん。大丈夫です!気を遣って出て行かないで!僕の前から去らないで!ダメなところは直すから!」
母親が吹き出す。おずおずと、女児を抱えて席に腰を降ろす。
「そう、座って!いいですね!お嬢ちゃん、もうすぐカッコいい芸人さんが来るからね」
嘘じゃない。俺の次に舞台に上がるのは、整った容姿をネタに組み込んだコント集団だ。
暗転。絶好のタイミングで照明が落ちる。
俺が舞台を降りる時間だ。
「おい!イケメン共!俺が散らかした舞台を片付けてくれ!もうアカン!帰って寝る!」
そう大声で叫ぶと、会場が崩れるくらい揺れた。
舞台を降りると、先程の無法者が近づいてくる。
「なんや、お前のネタ。童貞臭がキツすぎて鼻が曲がるわ」
嫌味を言う為に、わざわざ、暗い裏手に残っていたらしい。
「良いんですよ。革命は常にマイノリティが起こすものです」
下品に吹き出した無法者が、鬼の首を獲ったかのように、威勢よく罠に掛かる。
「お前、それどっかで聞いたことあるな」
本当に救えない。何の為に舞台に上がるのかも定まってない、或いは、見失ってる輩に
「そうですか?貴方のネタほどじゃないですよ」
一太刀浴びせて、帰路に着く。
道すがら、この事を舞台で、どのように喋れば笑いが起こるだろうかと、機知で削って研ぎ澄まし、自らの弾倉に捻じ込んだ。
少し寒くなった街中で、煌びやかな電飾が、時期尚早に瞬いている。
笑いにすればいい。人生はネタ作りだ。
偉大なミュージシャンが奏でる、自分のテーマ曲を口ずさむ。
道なき道をブッ飛ばす。
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