三,赤いサンタクロース
そのサンタクロースは道の真ん中にぼんやり突っ立っていて、お母さんと手をつないで楽しそうにして歩いてくる女の子に目を向け、近づいてきた女の子が不思議そうな顔で見上げると、そちらを向き、不気味に笑うと、
「君はこの一年、良い子だったかな? それとも、悪い子だったかな?」
と訊いた。来年に入学を控え、早めの冬休みでお母さんとクリスマスのお買い物に来ていた幼稚園児の女の子は、悪いサンタの都市伝説は知らなかったけれど、その人物はお馴染みの赤いズボンとコートを着て、ボンボン付きの三角帽子を被って、顔まで赤くて、白いお髭もついていたけれど、あんまりサンタクロースっぽく見えなかった。白いお髭が似合っていなかった。いかにも安物のおもちゃで、まだおじいさんの年ではなかった。
サンタの恰好をした赤い顔をした男の人は、女の子にニタアッと不気味に笑い掛けて、そのうち、その赤い顔が、太ってきて、丸く、風船みたいにふくらんできた。
赤い風船になってニタニタ笑う顔がすごく怖くて、女の子は
「ぎゃー」
と泣いて、母親にすがりついたのだ。
「良い子だったかな? 悪い子だったかな?」
赤い風船顔の男は、ニタニタ、サンタのふりをして女の子に訊いて、女の子は、イヤイヤ、と、涙をボロボロこぼしてぎゃーぎゃー泣き続けていた。
「ストップ」
紅倉の言葉に芙蓉は立ち止まった。
紅倉は右手を出して開き、
「ユーレー、キャッチ!」
と、手を閉じて引いた。するとビューと赤いサンタが宙を飛んできて、ストンと、フライドチキンのおじさん人形みたいに固まって立った。
「美貴ちゃん」
「はい」
芙蓉は女の子のところに駆けていって、
「はい、良い子にメリークリスマス。どれがいい?」
とクレーンゲームの戦利品の袋を開けて見せ、女の子は突然やってきた芙蓉にきょとんとしながら、これ、と女の子アニメのぬいぐるみを指さした。
「はい、どうぞ」
芙蓉が渡すと、
「ありがとう」
と女の子は笑顔になり、困っていた母親は「すみません」と笑顔で頭を下げた。
「なんだか急に泣き出しちゃって。アイちゃん、どうしたの?」
母親に訊かれて困ったアイちゃんに、芙蓉は口の横に手を立てて
「あれはね、ナマハゲっていう秋田県の妖怪なのよ」
とささやき、
「悪い子はさらって行くけれど、良い子には手出しできないで逃げていくのよ」
と、ウインクした。
手を振るアイちゃんと頭を下げるお母さんに芙蓉も手を振って、紅倉のところに戻ってきた。
「やはり女の子以外には見えていないようです」
と、その場に固まって立っている不気味なサンタの出来損ないに顔をしかめた。
「なんです、こいつ? ずいぶん不細工なサンタのお化けですね?」
「確かにね」
紅倉も半眼で眺め、
「ほらほら、呼吸しなさい」
と手で扇ぐようにしてやると、
ふあーーーーー……、
と、不細工サンタは息を吐き出し、元の顔の大きさに戻った。
大きさは戻ったが、赤いのはそのままだった。
三十四、五、といったところだろうか、肌が赤いゴムみたいで不気味だが、その固そうな肌で不器用に浮かべている表情は、よくよく見てやると、そう凶悪な感じではない。ま、見れば見るほど気持ちのいい物ではないが。
紅倉も訊いた。
「あんた、何者よ?」
えーー……、というように男はぼんやりした顔になった。紅倉が呆れた顔をすると、またニタアッと不気味に笑い、
「女の子。君はこの一年、良い子だったかな? それとも悪い子だったかな?」
と、本人はいたってフレンドリーに、首をかしげながら訊いた。紅倉はむっつり、
「あんたは良いサンタ? 悪いサンタ?」
と訊いてやった。男はまた表情をなくしてぼうっとなり、
「俺……、良いサンタ? 悪いサンタ?」
と自問しながら、考える頭がないように、ひたすらぼうっとした。
「駄目ねこれ。頭から先に死んでるわ」
ふうっと息を吐き、紅倉は同情的に男の幽霊を眺めた。
「たぶん酸欠で、自分で気がついたときにはどうにもならない状態だったんでしょうね。必死に考えようとして……、でももう頭が全然働かないで、記憶喪失状態で死んじゃったのね。すっぱり死んじゃえばよかったものを、気がついてからゆっくり時間を掛けて徐々に死んでいったんでしょうね。その時すごく心に引っかかっている物があって、それが思い出しきれずに、こんな中途半端なお化けサンタに化けちゃったのねえ」
「つまり」
芙蓉は女の子を振り返って言った。
「小さな女の子……自分の娘でしょうか、にクリスマスプレゼントを贈ろうとしている最中だった………… まさか本格的にサンタクロースを演じようと煙突に入って、詰まって身動き出来なくなっちゃった……なんてお間抜けなことじゃないでしょうね?」
紅倉はうーん……と考えながら男の頭を見たが。
「駄目。霊体のメモリーもバグってるわ。修正は不可能なことはないけれど…………」
と、紅倉は何か思いついたようで。
「美貴ちゃん。学校休んでいる女の子たち、本当のところはどうなのか、探り出してくれない?」
「分かりました」
二人と出来損ないのサンタ幽霊はあまり人の用のなさそうな観光案内所の前で立ち話していた。たいていの人はその手前の入り口から駅舎ビルに入っていくが、こちらへも全く人が来ないというわけでもなく、「ではあちらで」とイベントステージの観客席の長椅子へ向かった。
周りのベンチにも屋台のお客さんがぼちぼち座ってお昼を楽しんでいる。カレーとこちらもサンドイッチの屋台だ。二人はステージのすぐ前の椅子に座り、その横に大人しくついてきたサンタお化けが突っ立ち、ぼうっとステージを眺めた。もし彼を見ることの出来る人が見たら、クリスマスイベント出演の打ち合わせでもやっているように見えただろう。
芙蓉は時折迷子の紅倉がお世話になって顔見知りの、小学校の向こうにある交番に電話した。
『はい。こちら南湖畔交番です』
芙蓉は声で、あああのお巡りさんだな、と分かった。三十代の四角い、子どものお弁当にお母さんが海苔で作ったお父さんの顔、みたいな巡査さんだ。
「わたし、近所の芙蓉美貴です。何度かうちの先生がお世話になりまして」
『ああ、はい。また迷子ですか? 今のところうちには保護されていませんが?』
お巡りさんの笑い声が聞こえて紅倉はムッとした。
「いえ、先生は今となりにいます。まじめな話で、お巡りさんにお聞きしたいんですが、今、東松前小学校で誘拐事件、もしくは連れ去り事件は発生していませんか?」
一瞬息をのむような気配と、その後に間が続き、芙蓉は当たりだなと睨んだ。
『いえ。そのような事件は報告されていません。もしあったにしても一般の方にそれをお知らせすることは出来ません』
声に頑固さを滲ませている辺り、現在重大な事件が起こっていることを白状したようなものだ。芙蓉は紅倉に目でうなずき、トーンを落とした落ち着いた声で話した。
「被害者は二年生の仲良し女の子二人ですね?」
相手が無言で考え込むのを待って続けた。
「絶対に捜査の邪魔をしないと約束します。もちろんお聞きしたことを他へ漏らすことも絶対にしません。もし何か情報を得られたら、わたしたちは何もせずに、警察へ情報を提供することをお約束します。教えてください、犯人から身代金の要求はありましたか?」
しばらく無言が続いた。交番のお巡りさんたちは紅倉と芙蓉の素性を知っている。東京のテレビ時代、いくつもの重大事件を警察に協力して解決に導いたことも知っている。しかし今は、二人と距離を置くよう、上から指示されていることだろう。今や紅倉と芙蓉は警察にとって厄介者なのだ。
ううーん……と悩ましくうなる声が聞こえ、巡査は決意して言った。
『約束は守ってもらえますね?』
「必ず。信用してください」
『分かりました。信用しましょう。身代金の要求がありました。しかし、我々の勇み足で、犯人逮捕、人質の救出に失敗しました』
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