二,事件か?
芙蓉がアルバイトから帰宅すると紅倉から相談を持ちかけられた。
「悪いサンタに連れ去られた女の子たちを救出する、ですか?」
うん、とこたつに入った紅倉はうなずいた。
「美貴ちゃん、どう思う?」
「そうですね」
芙蓉もこたつで暖まりながら考えた。
「それが本当なら、是非助けてあげなくてはなりませんが、でも、連れ去られたのが事実として、それ、都市伝説のお化けの仕業でしょうか?」
「そうよねえ」
紅倉は背を丸め悩ましそうに顎を布団に埋めた。
「事実なら、それは生きた人間の仕業で、連れ去りか、誘拐でしょう。子どもの命が掛かっているとなると、むやみに首を突っ込んで捜査するわけにはいかないわ」
「そうですねえ……」
芙蓉は紅倉の考えを読むようにじっとうつむいた顔を覗いた。
「その気になったら……、女の子たちを捜し出すのは可能ですか?」
「材料が揃えば、あるいは、ね」
紅倉はますます悩ましくした。
「生きた人間は発するSOSが強い反面、現在の自分自身のパニックに陥った思考がある分やっかいよね。自分がどこにいるか、どういう道を辿って連れ去られたか、間違った思い込みを持っている危険もあるし、お化けと違って剥き出しの霊体の痕跡を辿ることも出来ない。ぶっちゃけ、死体相手の方がうんと楽よね? 見つかって、死んじゃってても、どのみち結果は変わらないでしょうし、依頼する方も生存を信じたい気持ちの反面、実際は八〇パーセントくらい諦めちゃってる場合がほとんどだし。でも……、子どもが誘拐されて、見つけたはいいけれど既に死体だったりしたら、そうは割り切れないわよね? わたしみたいな変なのが出てきたせいで殺されたんだ、って、実際そうじゃなかったとしても、恨む気持ちは消せないでしょう」
「そうですね」
死体を発見してもあまり感謝されず、下手をすれば逆恨みされ、犯人を捕まえても霊感による捜査なんて、裁判で相手弁護士に不当逮捕を攻撃されたり、踏んだり蹴ったりだ。
先生もお気の毒に、と、芙蓉も腹を立てるのに疲れていっしょに落ち込んでしまう。
芙蓉は決断を下した。
「やはり手出ししない方が賢明ですね。子どもがいなくなったのなら、捜査は警察に任せておきましょう」
「うん。そうね」
紅倉はうなずいたが、どうも自分自身納得し切れていないようだ。顔を上げると言った。
「美貴ちゃん、プリクラ撮りたい?」
「先生といっしょにですか? それはもちろん撮りたいです」
「駅ビルのゲームセンターに最新の機械がいっぱいあるんだって。行ってみる?」
「はい。喜んで。じゃあ明日、さっそく行きましょうね?」
「うん」
紅倉は嬉しそうに笑った。誘拐事件を調べるわけにはいかないが、都市伝説の悪いサンタは調べてもかまわないだろう。
「悪いサンタですか。その手の話って色々形を変えて、無くなることがありませんね?」
芙蓉が苦笑混じりに言うと、紅倉は目をぱっちり開けてちょっと元気になって言った。
「あら、あんまり馬鹿にした物でもないかも知れないわよ? 現代の子どもたちも大人たちに比べればまだまだ本能的な霊感に素直ですからね。場所がはっきりして、被害対象が限定されているのなら、何かヒントになった事実があるのかも知れないわよ? 女の子たちの事件とは別かも知れないけれど、そこから何かヒントが得られるかも知れないわよ?」
芙蓉はうなずき、優しく言った。
「無事解決するといいですね」
「そうね」
紅倉は言って、またちょっと暗い目になった。
翌日、朝、紅倉は眠い目をこすりながらも布団から這いだし、ちゃんと芙蓉と同じ時間に朝ご飯を食べた。朝ご飯を食べると目もパッチリ開いて、
「準備オッケー。プリクラ撮りに出かけましょう!」
とテンション高く言った。
師走も終盤とはいえ平日昼間午前中はまだ道路もすいたもので、駅の駐車場にもらくらく駐車できた。
小学校は明日終業式で、祭日を挟んで、子どもたちの待ちに待っているクリスマスイブだ。
駅ビルというが、ホームをまたいで建つ駅舎ビルの他、駐車場を囲んでバブルの名残のような三つシリーズになったビルがあった。その二番目のビルの最上階がフロア半分ゲームセンターになっていて、子どもたちが言っていた最新機種のプリクラがズラッと並んでいた。
芙蓉は色々きらびやかな機能を備えた説明に感心しながら、
「修正なんて先生には全く不要ですね」
とあざ笑った。当然芙蓉も修正不要の自信満々だ。だいたい芙蓉は最近の若い子たちの大人のファッション誌を研究したような上手すぎるメイクが嫌いだった。あれだけゴテゴテ塗り重ねれば誰がやっても同じ顔に仕上がって、素材の美しさが台無しだ。最近の子たちは個性を求めながら、けっきょく個性的なカリスマの真似をしてみんなおんなじ顔になっている。もっと自分に自信を持ってほしいわね、と、若い女の子大好きの芙蓉はおばさん臭く思ってしまうのだった。
若い子のメイク同様、綺麗に写る機能を盛り込みすぎた機械に文句を付けつつ、写真自体は芙蓉が若い頃に比べてびっくりする程きれいに写って、いろいろおシャレなデコレーションを盛り込めて、五機種で三回ずつプリントを作り、すっかり楽しんでしまった。
「疲れた」
と付き合わされて文句を言う紅倉に、
「先生、とおーーっても、綺麗に撮れてますよお?」
と上機嫌にプリントを見せた。
ついでにクレーンゲームで紅倉と子どもたち用にぬいぐるみをゲットし、自分用にアニメの露出の高い女の子キャラのフィギュアをゲットした。
お昼に近くなってそろそろ学生なんかで混みだして、連絡通路で駅舎ビルに移り、テナントのお蕎麦屋さんで早めの昼食をとり、さて、調査に取りかかることにした。
大型家電量販店のエレベーターを降り、外へ出た。
店を出た前がバスセンターで、市内バスの乗り場と、空港バスの乗り場がある。
バス専用ロータリーの向こうに屋根付きのイベントステージがあり、屋台が二つほど出ている。イベントステージの奥は芙蓉も車を止めた駐車場だ。
L字型になった駅舎ビルの向こうの面は観光案内所や地元サッカーチームのグッズ店、古本のチェーン店、サンドイッチ店が並んでいる。
まだ反対の奥にさっき遊んだゲームセンターのビルへ伸びる広い歩道、大きな案内板の立った長距離バス乗り場の待合所があるが、パッと見た印象で「広場」というと真ん中のイベントステージの辺りだろうか。
駅舎の反対にもお店と広場はあるが、もし女の子二人がプリクラをしに来て悪いサンタに捕まったのだとしたら、こっちの広場だろう。
芙蓉はぼんやりロータリー越しにイベント広場の方を見ている紅倉に訊いた。
「どうです先生? 何かそれらしい気配はありますか?」
紅倉は向こうの方を指さし、芙蓉がそちらを眺めると、サンドイッチ店の前辺りだろうか、「ぎゃー」という幼い子どもの泣き声が上がった。
「先生!」
芙蓉は紅倉の手を取り、転ばない程度の急ぎ足で現場に向かった。角を曲がり、まっすぐ奥へ。歩いていくと、芙蓉の目に赤い人物の姿が見えてきた。ぎゃーぎゃー女の子が母親にしがみついて泣いていて、周りの人たちが何ごとかと見ている。
どうやら悪いサンタクロースは本当にいたようだ。
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