第3話 願い星

夢見が丘駅は10年ほど前に出来た比較的新しい駅で、駅はグッドデザイン賞とかと受賞したという近代的な洒落た造りだったが、一歩外に出ると、茜が言っていたようにスーパーも店もない殺風景な場所だった。

この辺一帯は畑が延々と広がっていたようだが、駅の誕生にともなって将来的に大型ショッピングモールを建設する予定があるとかで、駅周辺の畑はつぶされて茶色の地面が露出し、ショベルカーなどの重機が畑から商業施設への用途の転換を物語っていた。

雪香は新駅ができた時好奇心で一度ここに来たことはあったが、プラットホームから見渡して畑と造成地と森ばかりの景色に圧倒されると同時に見惚れ、それだけで引き返した。

今回は目的地があるので、この希少ともいえるほど殺風景な風景の中へ改札を出て向かった。

その目的地とは、地図に書かれた「ベストイルミネーション」だった。


地図はシンプルで珍妙だった。英語とローマ字と日本語がミックスしていてほとんど解読不能だったが、おそらく母が書いた地図を元に向こう(サンタクロース村)でそれらしくアレンジしたのだろうと、雪香は想像した。

「Yumemigaoka STATION」と表記された駅から改札を出て左へ線路沿いに歩き、さらに左折して畑が両側にある道を少し行くと、そこで道が2つに分かれていて、その左の方をまっすぐに行った先にハートマークが付けられていた。

そこが「ベストイルミネーション」の場所ということらしい。

地図をしっかり頭に入れて、雪香は不安と期待に挟まれて揺れ動く気持ちを抱いて出発した。

about 20 minutes と書いてあるから、目的地まで駅(ここ)から約20分。時間の余裕はない。

時刻は5時半を回っていて、周囲はもう夜の闇に蔽われていた。

駅の灯りから離れて行くのは心細いが、自宅のある最寄り駅から30分もしない、見た目は田舎だが街の支配下といえる場所なのだと、雪香は自らを安心させた。

高架になった線路沿いの小道は反対側が広大な畑や空き地になっており、道からフェンスで仕切られていた。

畑の半分近くは造成地になっていて、整備中の土地には征服者の兵器のようにショベルカーが鎮座していた。

帰宅時間なので駅の周辺は人がちらほらいたが、人々はこの静寂の圧政下にある土地の端っこを目立たぬように通り過ぎるといった様子だった。

線路沿いの道の突き当りを左折し、両側が畑になった道を地図に従って進んだ。資材置き場が、この駅らしいがらんとした重苦しい雰囲気で存在した。

家もまばらにあったが、ある一軒の家は隣家との距離が500メートルはあるかと思われた。その家は庭に花を植えたごく普通の家で、孤立しているとはいえ駅は近いしそう不便ではないようだった。

その道から2つに分かれた道の左のほうを行くという指示だった。

そこをまっすぐ歩いていけば目標に到達するのだと、雪香は楽勝ムードだった。


しかしその後、楽観ムードは暗転した。

道は行けども行けども、暗闇に溶け込んだ畑や倉庫や木々や家々といった単調な風景の中を続いていた。

申し訳程度に立つ街灯のほか車がたまに通るくらいで、後は暗闇の領分だった。だんだん空腹と疲労を感じるようになり、それらが不安感を増幅させた。

コンビニでおにぎりかパンでも買ってくればよかったと、雪香は自分の不用意さを悔いた。お茶のペットボトルだけは持っていたので、とりあえずそれを一口飲んでエネルギーの補給にした。

彼女は一人や静かな場所は嫌いではなかったが、ここまで人気(ひとけ)がなく物寂しいと心が挫けそうだった。

大体、得体のしれない曖昧な地図を頼りに一人でこんな辺鄙な場所へくるなんて、無謀ではなかったか。

さっき駅の近くで見た孤立した家は明かりが灯っていて、玄関の前に小さいイルミネーションが飾ってあり、家の中からは料理の匂いも漂っていた。

そんな当たり前の人間的な生活感から、どんどん遠ざかって行く気がする。現実世界の延長だとだまされて、異質な世界に踏み込んでいくのではないか。

空を見上げると、すでに星々が瞬き、三日月より半月に近い月が主役のように登場していた。

月と星々の輝きが、今夜はクリスマスイブだということを思い出させた。

母は今日、チキンを買って帰ると言っていた。私も帰りにケーキを買おうかなと、雪香は思い立った。

マッチ売りの少女がマッチを擦って幸せな幻を見るように、雪香は空腹と暗さと寒さと疲労が交錯する中で、ツリーやチキンやケーキの幻を思い描いた。そうすると体の内側からじわじわと温もりを感じ、歌いたい衝動が芽生えた。障害に対抗するように、彼女は声を張り上げて歌った。

「ジングルベル ジングルベル ジングルオールザウェイ 

Silent night, holy night.

星は光り. 救いの 御子( みこ) は み母の胸に. 眠りたもう 夢やすく.」

何だか気分が高揚したが、歌い終わると厚みを増した静寂に再び不安に襲われた。

時計を見ると6時に近かった。もう20分以上歩いたのだ。遅くなるとよくないからここいらで引き返そうかと考えたその時、15メートルほど前方の畑の中の木立に何か光るものがあった。

光とは縁遠い黒々とした木立なので、その光には違和感をおぼえた。

「ええっ!」

歌を歌った勢いで声を出して叫んだ雪香は、一瞬足を止めた後小走りに木立へ向かった。


数本の木がひと固まりになって立っている何の変哲もない木立に見えたが、見上げると8メートルほどの木のてっぺんに「光」があった。雪香は「双眼鏡を持ってくるんだった」とまた後悔し、目を凝らして「光」を見た。

それはキラキラと輝き瞬いていて、空の星々の仲間のようだった。

孤独で不安で空腹で疲れた状態の究極で出会ったその光は、まさに救いの象徴だった。

高い梢にツリーの星のオーナメントのように飾られているその星は、天から派遣されたサンタクロースのプレゼントだろうか。

雪香は、それがふたご座流星群の夜に願いをかけた流れ星だと感じた。

願いをかけた星は、宇宙の塵なんかじゃない。

どんなに小さくても、その輝きで心を癒す本物の星なのだ。

その時雪香は、直感的に悟った。クリスマスカードの送り主は、母ではなく本当のサンタクロースだったのだ。

幻想的な月は、魔女の館のシルエットを浮き彫りにするだろう。

星々は宇宙の中心の調和の指揮に従って、水晶のような繊細な音楽を奏でている。


雪香は寒さを忘れて木の頂きの星に見惚れ、静寂の上に粉雪のように降り注ぐ天体の音楽に耳を澄ませた。

「これこそ、私のベストイルミネーションだ」


その夜、雪香は母親と二人でチキンがメインの夕食とクリスマスケーキを食べた。小さなツリーとクリスマスソングが、食卓を温かく取り囲んでいた。

こんなに幸せなことはないと、雪香はそっと涙をぬぐった。


翌朝、学校が冬休みに入ったため少し遅く起きた雪香は、リビングの食卓の自分のスペースに

リボンをかけた箱が置いてあるのに気付いた。

母親はもう仕事に出かけていた。

「クリスマスプレゼント!?」

と雪香は好物の木の実を貪るリスのように、箱に飛びついた。

箱の中には、プレゼントのスマートフォンが入っていた。


(了)

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最高のイルミネーション 神谷すみれ @sumire2002

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