ターミナル上部で連結する側孔から姿を現したリョータが、地獄絵図のような乱闘騒ぎに向かって声を上げた。その後ろにはカナエもいる。

 「ここに来る途中で見たんだ! あと二人、もう直ぐやって来るよ!」

 それを聞いたゴキブリ三人組は顔を見合わせる。

 「ヤバくね?」

 「ヤバイよ」

 「ズラかろうぜ」

 そんな短い会話を交わすと、ゴキブリ達はシンジとユウジを見捨て、自分らが這い出てきた排水口飛び込んだ。

 「アンタ達、待ちなさいっ!」

 今まさにユウジに手錠を掛けようつぃていたアマモトは、その三人を追おうとして立ち上がったが、あまりの素早さに近付く間もなく取り逃がしてしまった。

 

 「おぃっ! てめぇら! 逃げんじゃねぇっ!」

 シンジは相変わらずサイトウに組み伏せられていた。忙しなく揺れるヤジロベエの様に、戦況は一瞬にして逆戻りしたのだ。

 片足が折れているとはいえ、武道全般で鍛えた刑事が完璧に決めた寝技から逃れる術は無い。シンジは無駄に体力を消耗する足掻きを続けるしか無かった。


 三匹のゴキブリを追うのを諦めたアマモトは、中断させられた作業の仕上げをすべく、後ろを振り返る。そして右手に持った手錠を握り直すと、いまだ床でのびているユウジとの間合いを詰めた。

 その様子を見下ろしていたリョータが再び叫ぶ。

 「シンジ! 急げ! 別の大人・・が近付いてきてるんだ!」

 「くっそ・・・」

 シンジは押さえ込まれながらも、ユウジに迫るアマモトの背中に向かって、自由な方の左手を伸ばした。


 パンッ・・・


 薄暗い空間に硝煙の匂いが漂った。一瞬、時間が止まった。その場にいた、シンジ以外の全ての者が、何が起こったのか理解できずにいた。アマモトはビックリしたような顔で膝を付く。そして自分に起こった不可解な現象を理解できないまま、ユウジの上に倒れ込んだ。

 いきなりマネキンの様に覆い被さって来たアマモトに狼狽えたユウジは、彼女の身体を乱暴に蹴って距離を取った。ドサリという音と共に仰向けになったアマモトは、焦点の合わない視線を漂わせながら「あぁ・・・」と小さな声を漏らした。彼女の視線はリョータとカナエを捉え、そして一筋の涙を流した。


 「シンジ! てめぇーーーーっ!」

 サイトウは袈裟固めを解き、銃を握ったシンジの左腕を掴んだ。そして、それを床に叩き付ける。「キィィンッ・・・」という金属的な残響と共に拳銃が吹き飛んだ。その最初の一撃でシンジの腕の骨が折れる嫌な音が響いたが、サイトウは何度も何度もその腕を叩き付けた。

 「ぎゃぁぁぁぁ・・・」シンジの悲痛な叫びが円筒形のターミナルに充満した。

 「うがぁぁぁぁぁぁ!」サイトウの雄叫びもそれに重なった。


 その惨たらしい光景を見ていたユウジがジリジリと後ずさりし、排水口から逃げようとした。しかしその瞬間、トオルに顔を潰されて這いずっていたイマエダがユウジの足首を掴んだ。不意を突かれたユウジが引き摺り倒される。

 「ひっ・・・ あ、あぁ・・・」

 ユウジの上に馬乗りになったイマエダ言う。

 「誰が逃がすか、この下衆野郎」

 イマエダが渾身の力の籠った右拳を顔面に叩き込むと、ユウジはそのまま気を失った。


 その時「今枝ぁぁぁぁっ! 竹内ぃぃぃっ!」という声と共に、別の側孔から須藤と松尾が顔を出した。そして下の様子を覗き込んで、直ぐに状況を把握した。

 「あと二人はKMか!?」

 その時、ターミナルの対角側の側孔から下を覗き込んでいるリョータ達と目が合った。

 「あぁ、KM2だ。こっちは鎮圧した・・・ 残りを追え!」

 動かなくなったユウジを放り捨てて、撃たれた天本ににじり寄りながら今枝が応えた。それを聞いたリョータとカナエは急いで側孔の奥へと逃げ去ったが、須藤は直ぐには後を追うことはしなかった。

 「本当に大丈夫なのか!? とてもそんな風には見えんぞ! ボロボロじゃないか」

 「竹内さん! 大丈夫なんですか!? あぁ・・・ 天本さんまで・・・」

 口に手を当て、両目を大きく見開いたた松尾が須藤の脇から覗いていた。

 「いいから行け! 下まで降りたら、もう上には戻れないんだ。だが気を付けろ、スーさん。奴ら拳銃を持ってるかもしれん!」

 「拳銃だって!? まさか・・・」確かに硝煙の匂いが残っている。

 幾分、落ち着いた口調に戻った今枝が説明する。

 「天本が撃たれた・・・ 応急処置は俺達でやっておく。だが途中、無線が通じるエリアに出たら、本部に応援要請してくれ。斎藤も歩けない。頼む。竹内もヤバいんだ・・・」

 須藤は一瞬、松尾の顔を見たが、直ぐに今枝に言った。

 「よし、判った。応援が来るまで頑張ってくれ」

 そして再び松尾の顔を見た。

 「君は本部に連絡できるポイントに急げ。俺はリョータを追う」

 「判りました」

 リョータ達の逃げた方角に当たりを付けて、須藤が走り出そうとした瞬間、松尾がその背中に声を掛けた。

 「主任!」

 須藤は立ち止まって振り返る。二人は短い間、見つめ合う形となった。

 「安全装置は解除しておいて下さい・・・ リョータが武器を所持しているかもしれません」

 「・・・あぁ、判ってる」

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