第八章:ターミナルの攻防
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シンジ達はしつこい二人組に追い回されていた。とは言え、一気に肉薄してこないところを見ると、そいつらは増援の到着を待っているに違いない。ということは、このままズルズルと時間を掛けていると、いずれ形勢不利な状況に追い詰められるかもしれない。それを心配するナンバー2のトオルは、神経質そうに貧乏揺すりをしていたが、リーダーの判断に異を唱えることはしなかった。そんな彼の様子を見たシンジは、下水道の壁に向かって唾を吐きかけてニヤリと笑う。
「心配すんな、トオル。今日の俺達は、今までとはチョイと違うんだ」
そう言ってシンジは、薄汚れたスカジャンの上からベルトの辺りをポンポンと叩いた。
他のグループであれば、こういった時にはばらばらに分かれて逃げ回り、追っ手を闇の迷路に巻くのが常套手段だ。当然ながら相手の態勢が整うのを待ってやったりはしない。しかしシンジのグループは、決してそういう選択をしない。好戦的なのだ。無論、本人達は与り知らないことだが、彼らは警察内では(
シンジらの手段は逃亡ではなく、力でねじ伏せる突破であり、今までに何人もの
シンジ達は一気に走り出した。十六歳のシンジと十五歳のトオルが実質的にこのグループを率いていて、彼らの配下には更に四人の子供達がいる。今、合計六名が一塊となって逃走を図っている構図だが、いつものシンジ達らしくないこの動きが敵に違和感を与えはしないだろうか? 先ほどから彼は、この一点を気にしていた。
追ってきている二人組とは随分と長い付き合いだ。シンジがまだ十三歳の頃からこのグループを追い続けている彼らは ──確かサイトウとアマモトというコンビだ── シンジ達がどういった動きをするか熟知しているはずである。全員がまとまって逃げ出すという、今までのシンジ達には考えられない行動パターンを目の当りにした時、彼らが警戒心を抱く可能性は捨て切れない。
「奴ら、追って来てるか?」シンジ達は一本の側孔に入った所で立ち止まり、呼吸を整えた。角から顔を覗かせ、後ろを窺っていた最少年の一人が応える。
「大丈夫。付いて来てる。二人だけみたいだ」
「よし、次の交差点で奴らが来るのを待とう」
少年達は再び駆け出した。そして次の四辻であえて足を止め、敵が追い付くのを待つ。すると直ぐに追っ手の足音が聞こえてきた。自分達の荒くなった呼吸音の合間をぬって、確かにその足音が伝わって来る。そして先ほど、最年少の少年が背後の様子を窺った交差点に二人が姿を現したのを確認すると、シンジ達は相手が自分らの姿を確認するのに十分な ──それでいて不審に思われない── 絶妙なタイミングを計って駆け出した。ただし今度は、三人と三人に分かれてだ。
「トオル! よろしく頼むぞ!」
二人の少年を引き連れたシンジが別れ際に声をかけると、他の二人を引き連れたトオルが、反対方向に向かって駆け出しながら応えた。
「オッケー! そっちも上手くやれよっ!」
少年達が二手に分かれた交差点にまで到達した
「よしっ、行けっ!」
その合図を受け、シンジと共に逃走していた二人が側孔に逃げ込んだ。残されたシンジは遂に一人になって、そのまま直進する。後ろから追走してくる二人組が、何事か声を交わしているのが聞こえたが、自分の呼吸音と足元の水を跳ね上げる音が邪魔をして、その会話の内容までは聞き取れない。多分、どちらを追うべきか相談しているに違いない。シンジは心の中で呟いた。
「こっちだ。こっちに来い。お前らの餌は俺だ」
敵は側孔には目もくれず、一直線にシンジを追撃した。それを確認した彼は、薄暗い下水道を駆けながら不気味な笑いを漏らす。そして頃合いを見計らって、スピードを微妙に落とし始めた。それはシンジが目的地に到達した時に、追っ手の二人が丁度良い距離にまで近付いていて欲しいからだが、その終着点までの行程を頭に描きながら自分と相手の位置をコントロールして走る能力は、何か別の物に役立てれば途轍もなく優秀な
そして遂に両者の距離が十メートルほどに迫った時だ。突然、先を走るシンジの姿が、追っ手の二人の視界から消えた。おそらく段差状の構造になっていて、そこを飛び降りたのだろうと敵は考えたようだ。二人は速度を落とすこと無く、シンジが消えた地点に到達した。そして次の瞬間、彼らは自分の体重が消失したような錯覚に襲われた。
「おぉぉぉぉーーーーっ! おぉぉぉっ!」サイトウの声だ。
「きゃぁぁーーーーーーーーーっ!」アマモトの悲鳴も重なった。
それは急峻な角度を持った、斜めに走る下水管だった。その角度は、水平面に対し四十五度ほどだろうか? しかしそこを滑落している当人たちにとっては、ほぼ垂直に感じられたことだろう。当たり前だが、およそ人間が上り下りする為の設計ではない。排水が流れ落ちる為だけの一方通行のトンネルをウォータースライダーよろしく滑り降りながら、いや滑り落ちながら二人は悲鳴を上げていた。
楽しい滑り台の時間は一瞬で終わり、二人が側孔から投げ出される様に転がり出てきた。サイトウの方は重い体重がそのまま慣性重量となり、側孔から放り出された後も勢いが衰えないまま、床から二十センチ程飛び出た縦坑の縁に強烈にぶつかった。その強打した脛の辺りから嫌な音が体内を伝ってサイトウの耳に響いたが、彼の後ろを悲鳴を上げながら滑って来たアマモトの耳には届いていなかったようだ。
「きゃぁぁぁっ!」
ドスッ。
「うぐっ・・・」
足の痛みに悶絶するサイトウの背中に、アマモトが頭突きを喰らわす形で突っ込んできて止まった。
「痛たたた・・・ 斎藤さん、スミマセン! お怪我は有りませんかっ!?」
「す、すまん・・・ 脚をやっちまった・・・ 折れてるかもしれん」
「えぇーーーーっ! どうしましょう!? 申し訳ありません!」
「いやいや、君のせいじゃないよ。ここにぶつけちまったんだ」そう言って床から飛び出している縦坑に顎をしゃくった。
「そういう君の方こそどうなんだ? 大丈夫だったのかい?」
「私は大丈夫そうです、斎藤さんのお陰で。あちこち痛いですが、骨には異常は無さそうです」
「クソぉ・・・ もう少し体重が軽ければなぁ・・・」
「直ぐに応援を呼びます。先ほどコンタクトの有ったYY3が近くに・・・」
「クックックッ・・・ ザマぁ無ぇな」
サイトウとアマモトは罠にかかったのだ。
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