　奈落の子供達の親に関しては、殆どの場合、その消息は不明だった。名前はおろか、生きているのか死んでいるのかすら判らない。一説によれば、超有名企業の社員だった父親がリストラされてそのまま一家行方不明となり、いつの間にかその子供が奈落に姿を現すようになったとか、人身売買の組織から逃げ出した子供が地下に身を隠しているなどと、まことしやかに囁かれた。中には、廃院となった孤児院の子供達が丸ごと奈落でグループを形成しているなどという真実味に乏しい噂話も流れ、人間の想像力の豊かさを証明していた。

　子供達本人の名前に関しては、彼らの間で交わされる会話がたまたま聞こえた場合などに判明する場合が有るが、殆どの場合、アルファ（Ａ）とかブラボー（Ｂ）といった記号で言い表されていた。先日遭遇した（貉（むじな））に関して言えば、十五歳程度と考えられているリーダー格のタカヒロが、古参であるが故に名前も面も割れていて（・・・・・）、その他に男女合わせて四名ほどの仲間の存在が確認されている。

　一方、（鴉（からす））では、同じく十代半ばのフミオがリーダーであることが判明しており、十歳そこそこと思えるリョータと行動を共にしている姿が頻繁に目撃されていた。追跡の最中に二人の呼び合う声が聞こえた結果、彼らの呼称が記号から名前に変わったのだ。彼ら以外にも、年齢はリョータよりも上と見られる二名の男児が同グループに属しているものとみなされていたが、いずれにせよ各グループの構成人員は、警察が把握している範疇のものでしかなかった。当然ながら知られていないメンバーがいる可能性は捨て切れないし、グループの分裂や統合、或いは個人の合流、脱退も確認されている。その中で、比較的安定した活動（？）を続けているグループには、（鴉（からす））や（貉（むじな））といった命名がされているのだった。

　警察組織内で厳密な住み分けが成されているわけではないが、新宿署の場合（鼬（いたち））はＳＪ１、（鴉（からす））がＳＪ２で、（貉（むじな））はＳＪ３。（蠍（さそり））はＳＪ４の担当というとこになっている。同様に四谷署でも、（鯨（くじら））、（豹（ひょう））、（鯱（しゃち））などをメインターゲットとして追っているわけだ。

　しかし子供達の方こそ、文字通りの住み分けをしているわけではないので、先日のように他のセグメントと合流して一つのターゲットを追うことも珍しくは無い。当然ながら、近隣の警察署と地下で顔を合わせることは多く、新宿区であれば四谷署（ＹＹ）、牛込署（ＵＧ）、戸塚署（ＴＴ）。渋谷区の代々木署（ＹＧ）、原宿署（ＨＪ）、港区の赤坂署（ＡＳ）、千代田区の麹町署（ＫＭ）の各セグメントとは、その立地の近さから共働する機会は多い。特にＳＪにとってＹＹは重要なパートナーと言うことが出来、お互いに組織の垣根を越えた協力関係が築かれている。言うまでもないことだが、誰かが誰かの都合で引いた地上の線や行政区分など、子供達にとっては何の意味も持たないのだ。