第三章:SJ2
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各警察署内には、須藤、松尾のようなコンビが多数存在していた。そのどれもが奈落の子供の保護を目的とし、その多くが生活安全課やら児童相談所、或いは教育関係の組織から異動、転属、転職してきた、いわゆる青少年の専門家とベテラン刑事との組み合わせだ。中には、松尾のように厚生労働省からの出向者もいる。彼らは刑事部所属で、刑事という肩書によって捜査権、逮捕権を持つことが保証されつつも、警察所長直属の暫定組織に出向している様な形になっている。完全に独立した組織にしなかったのは、少年達を追うのに必要な知識や経験、ノウハウ、情報源など、刑事部の強みやネットワークが必要だったからに他ならず、そういった意味で第一線を退いた、或いは退きつつある年齢の刑事が最後の奉公として駆り出されている格好であった。須藤のような者達は全て、所轄である警視庁や各県警の少年補導対策本部の配下に編入されているわけだが、その少補対そのものが更にその上の組織である警察庁の直接的指揮下にある特務組織になっていることは、課長以下の現場の者達には知らされていないのだった。
「・・・というわけで、(
定例会議でSJ3の浮田刑事が、先日の追跡劇の顛末を説明していた。キチッとまとめた短髪に、隙の無いスーツ姿。それは刑事と言うよりもむしろ、どこぞの大学教授のようだ。品の良さが滲み出るタイプの人種であることを本人自身もよく知っていて、自分のキャラクターに応じた、いやそれを助長するような所作で自然に振舞える稀有な人種と言えたが、そういった長所を組織内で生き抜く為には発揮せず、今となっては融通が利かなくて扱い難い堅物という地位に甘んじている。
お互いの情報交換、或いは上からの指示の伝達の場として、特に大きな進展など無くとも週に一度は顔を突き合わせた会議が持たれている。地下に潜む子供達の補導という、ある意味、緊急性に乏しい案件であるが故、事件事故対策本部の様な緊迫感は無く、幾分のんびりした雰囲気が漂うのは致し方ないだろう。それを聞きながら須藤が松尾に耳打ちする。
「相変わらず細かいな、奴は。さすが捜査二課出身だ。俺みたいにヤクザ相手のドンパチしか知らない刑事には、逆立ちしたって真似できない」
松尾は立てた人差し指を口元に持ってゆきながら声を潜めた。
「あら、捜四だって、インテリヤクザみたいな知能犯を相手にする機会は有ったんじゃないですか?」
須藤はつまらなそうな表情で肩をすくめるだけで、松尾の質問には答えなかった。それは俺の守備範囲じゃないとても言いたげだ。
「だいたい、少年達が敵対し合ってるなんて話は聞いたことが無いぞ。それぞれは緊密な関係にはなく連携こそしてはいないが、反目しあっているわけでもないというのが俺の見立てだが・・・」
「その意見には私も同意です」松尾は続ける。
「地位や財産など、他人と比較して優位に立つための
「衝突して奪ったり奪われたりするものが無ければ、上下関係や優劣、貧富の差も生じず、人間は仲良くやって行けるのかもしれんな。それこそが人本来の姿だなどと主張する程俺は初じゃないが、この歳になるとそういった事を信じたくなるよ」
すると今月から新たに、この暫定部署の課長に抜擢された藤代が話を振ってきた。
「元々、その(
大した実績も残していないくせに、上役に擦り寄って出世しただけの藤代がいっちょ前に上司面しているのが可笑しくて、須藤が咳き込んだ。奴は自分が優秀な刑事で、その実績を買われてこの新しい部署の課長として大抜擢されたのだと勘違いしていたが、そうではないことは本人以外の全ての人間が気付いている。須藤の咳が治まる前に、松尾が代わって答えた。
「はい。新宿御苑北端付近の浅層で接触し、そのまま深層まで追い詰めておりました。しかしハイウェイに逃げ込まれて見失ったところに、(
ちょっと違うが、まぁ良しとしよう。お忙しい課長殿に、少年を見失ったことをわざわざ報告する必要も無かろう。その辺の身の振り方に関しては、松尾に任せておけば何の心配も要らない。まだ若いのに、その渡世術には驚かされる。
「(
それを聞いてどうするのだ? という無意味な質問にも、松尾は誠意を持った(風を装って)対応した。
「はい。リーダーのフミオではなくリョータでした。彼がどうしてあそこにいたのか、目的は不明です」
一方で須藤は、出世した奴らが知った風な顔で質問し、さも自分がそれぞれの案件に対して深い理解と見識を持ち合わせているかのような振りをし続けねばならないことに同情するのだった。本当に優秀な上司であれば、そのような自己顕示などせずとも部下は付いて行くはずなのだ。書店で見かける『黙っていても信頼される上司に共通する7つの秘訣』とか『部下が付いて行きたくなる上司が口にする20の言霊』みたいなビジネス書を読んでいる時点で、自分には人の上に立つ器が無いことに気付くべきなのだが、そういう奴に限って気付かない。
「この課を
あぁ~ぁ。バカが上司だと部下は苦労が絶えない。松尾も心の中ではそう思っているはずだが、そんな様子はおくびにも出さず、しかも課長殿のプライドを傷付けないような配慮に満ちた受け応えをした。
「仰る通りです。我々も状況によって装備を使い分ける能力を身に付ける必要が有るかもしれません。ただ彼らが潜む地下には水が豊富に存在するため、これまでのところ電気ショックによる想定外の事故を憂慮して、スタンガンの使用は控えておりました。それは人体に対してのみならず、地下に埋設された情報通信用の設備群、ケーブル類への致命的な影響が懸念されるためです。場合によっては東京の都市機能が一時的に麻痺するような事態も起こり得ますが、藤代課長のご判断とあれば今後スタンガンを携帯することにします。如何いたしましょうか?」
最後の一言で、使えない上司にそれとなくチクリと釘を刺す。須藤だけでなく、その場にいた全ての刑事達が心の中で松尾に拍手を送った。藤代にとってみれば、自分の判断ミスで事故が起きたなどという状況だけは避けねばならないはずだ。無能な上に、口だけ出して責任も取らない上司など邪魔でしかない。
「な、なるほど。そ、そういうことならこれまで通り、スタンガンの使用は控えることにしよう。まぁ取り逃がしたのは残念だが、四谷署に手柄を横取りされなくて良かった。あの辺りは新宿署の管轄だろ? ウチの
そぉーら始まった。こういったセクショナリズム、手柄の取り合い、上司へのご機嫌取りこそが藤代の真骨頂だ。それ以外に、奴には何の使い道も無い。おそらく下らないビジネス書を読みふけっているのだろう。そうに違いない。
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