浅層から深層へと繋がる道は、いわゆる雨水貯留の為のルートである。世界規模で異常気象が進んで局地的なゲリラ豪雨が頻発するようになって、都会の排水システムが見直されたのは必然で、オーバーフローする排水を一時的に蓄えておくのが、いわゆる深層に構築された雨水貯留システムだ。東京でストリートチルドレン問題が手の施し様の無いほどに深刻化した背景には、この治水目的で開発された深層が一役買っていて、この複雑怪奇に入り組む地下システムに見事に順応した彼らは、それらのほぼ全てを掌握しているのだった。そして彼らが築く地下社会は、東京だけでなく川崎、横浜、或いは船橋、大宮方面にまで拡大していた。


 近代的な治水地下道と雨水流出抑制・貯留設備群。そしておそらく明治、大正の頃より徐々に拡張を重ね、今でも休むことなく伸張を続けているのであろう従来型の排水・下水道。そこに先の大戦中に掘られたと思しき防空壕跡などが、本来であれば存在する筈の無い連絡通路・・・・によって連結を果たし、その複雑さを増長していた。下水道であれ防空壕であれ、古いものほど関東大震災や東京大空襲によって分断されたり埋没したりして、人々の記憶から忘れ去られ、その存在を記す記録も失われている。この東京はそういった気泡の様な空間をひっそりと体内に宿したまま時を経てきたのだ。地上へと至る道筋を失った空間は、その当時の空気を閉じ込めたまま、ただ静かに解放される日を待ち望んでいたのだろうし、今もなお誰にも知られず、隔絶されたままの空間が何処かで眠りに就いているのかもしれない。

 その閉じた空間を解放へと導く連絡通路・・・・は、下水道壁面の亀裂の奥や、使われなくなって朽ちた排水ポンプを固定しているボルトを外した先、或いは土壌が剥き出しとなった雨水浸透トレンチ内の奥まった片隅などに存在し、たとえ詳細な下水道マップを手にした東京都職員であっても、それを見付け出し認識する事は出来ない。ある意味それは見えざる道であり、そこに巣食う者達、つまりネズミやゴキブリ以外は、人間の子供だけがその存在を知っている。このように張り巡らされた地下通路を使って、少年達は何処にでも現われ、何処からでも霧のように消えた。まさにそこは、彼らにとってのホームグラウンドなのだ。


 『J』を出てタカヒロ達と別れたリョータは、レジ袋に詰めた食料と乾電池を抱え、自分のねぐらに向かって暗い下水道を一人で歩いていたが、そこは今朝大人・・に見つかった場所に近いため、彼は慎重に足を運んだ。今日の大人・・はある意味リョータの顔馴染みで、彼のグループが縄張りとする地域をいつもパトロールしている二人組だ。一人は歳を取った男、もう一人は若い女。男の方は以前から見かけていた顔だが、女の方は少し前から顔を見せるようになっていた。

 その二人組はリョータにしてみれば愚図でのろまで、リョータの仲間が奴らに掴まったことは一度も無いが、しょっちゅう顔を合わせては鬼ごっこを繰り返しているうちに、奴らが徐々にリョータ達の行動パターンを掴み始めているのを感じている。少し嫌な予感がしたリョータは、最短ルートではなく、いつもと違ったルートを通って帰ることにした。

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