第45話 アブラコウモリ

 今日は九月五日になります。時間は午後六時半。私は一仕事を終えて縁側でビールを飲んでいました。グイッとジョッキを傾けると、ひらひらと横切る物体が目に留まります。

 アブラコウモリでした。いつも決まって東から西に向かって飛んでゆきます。何匹も競うように向かう先には何があるのでしょうか。ぼんやりと思いながらジョッキを傾けていると少し前のことを思い出しました。


 季節は今と重なります。どこから入ってきたのでしょう。自室にアブラコウモリが飛んでいました。目にした私は外に逃がそうと、あるだけの窓を全開にしました。ですが、上手く誘導できません。コウモリは急旋回を繰り返し、一向に出ていこうとしませんでした。

 私は手で掴むという選択をしました。コウモリは伸ばした手を易々とかわして飛び回ります。口から超音波を出して耳で物体の位置を把握するエコロケーションに阻まれて捕獲は困難を極めました。

 それでも私は諦めません。体力の続く限り、掴もうとしました。優雅にひらひらと舞うコウモリの下で懸命に阿波踊りに興じる状態が、三十分くらい続きました。

 根負けしたコウモリはカーテンに掴まりました。その好機を逃さず、私はついにコウモリを掴むことに成功しました。

 開いた窓から逃がせばミッションは終了です。その予定は大きく狂いました。コウモリはビロードのように滑らかで小さい命は温かく、優しく握っているとキィキィと儚げに鳴きました。

 その姿が愛らしく、いつまでも触っていたい気分になりました。とは言いましても最後は窓から逃がして平穏が戻りました。安心する間もなく、殺菌効果の高い石鹸を泡立たせて入念に手を洗います。野生動物に雑菌はつきものなので。


 暗くなったので縁側から家に戻りました。何となく部屋を見回してみましたがコウモリは迷い込んでいませんでした。少し残念に思いながらイトヨリの煮付けを作りたいと思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る