第15話 この音は

 家で執筆していた時のことでした。遠くの方で音がします。だんだんと近づいてくるようでした。

 なんだろう、と思いながらもパソコンで書き進めて、音は右から左に聞き流していました。


 プーパー。


 はっきりと聞こえるようになりました。独特で以前に聞いたことのあるものでした。頭の中に「豆腐屋」という文字が浮かびます。首から小さなラッパを下げて、来たことを知らせる時に鳴らす、あの音です。

 当時のことを鮮明に思い出しました。幼少の頃、母親に水の入ったボウルを持たされ、豆腐二丁ね、と言われて小銭を貰います。水を零さないように早歩きでいきますと、自転車を押しながら歩くおじさんがいました。例の笛を口に咥えてプーパーと鳴らします。


「お豆腐二丁ください」


 私が声を掛けると自転車のスタンドを使って止まります。後ろの荷台には大きな箱を載せていました。中には水と共にお豆腐が入っています。ぴったりのお金を払って豆腐をボウルに入れて貰い、そろそろと歩いて帰ります。

 昔を思い出した途端、じっとしていられなくなりました。私はパソコンをそのままにして財布を持ち、急いで家の外に出ました。音のする方の道を見ていますと一台のワゴン車が来ました。取り付けられた拡声器から例のプーパーの音がします。

 私の姿を見つけるとワゴン車は止まりました。売り物は豆腐で移動販売車でした。想像していたものとは違いましたが絹ごし豆腐を買いました。あとデザート用に豆乳プリンも。

 ワゴン車は再び徐行運転となって近所を回ります。あの例の音と共に。

 私は懐かしさと一抹の寂しさで家に入りました。


 そうそう、豆乳プリンは美味しかったです。

 またあの音、プーパーが聞こえたら財布を持って飛び出すかもしれません。

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