第10話 庭で見つけた小さな思い出

 外出時にはマスクを着用。今では常識になっています。ですが、どうにも私は苦手なもので。

 眼鏡の人はわかると思うのですが、マスクをした状態で坂を上っているとレンズが曇ります。自分の息が漏れて、それこそ季節外れの雪景色になります。あまりに酷いと眼鏡を外して適当に振るという、傍から見るとかなり怪しい行動を取る羽目に。

 そんなマスク嫌いの私は家にいる時間が増えました。同時に庭を眺めることも多くなり、気付いたのです。

 スナップエンドウの支柱にカマキリの卵が付いていました。薄茶色の小さなカマキリが表面にびっしりと付いています。小さいながらもゆらゆらと身体を揺らし、擬態をしているようでした。

 彼等からすれば巨人に見える私のせいでしょうか。少し離れて眺めていると昔のことを思い出しました。


 小さい頃の私はとにかく昆虫が大好きでした。家の近くには山や川、広大な水田があり、色々な生物を目にすることができました。カブトムシやクワガタは定番で、色の綺麗なタマムシを見つけると一日の幸運が保証されたような気分になりました。

 川にはカメがいました。岩の上で甲羅干しをする姿をよく見ました。

 水田にはオタマジャクシが群れています。真っ赤なザリガニがいたり、丸っこいスピード狂のミズスマシが我が物顔で水面を泳ぎ回っていました。

 幼い私にはどれもがカッコイイ存在でした。捕まえるのは難しい為、眺めていることがほとんど。

 ある日、私は誇らしい気分で家に帰ってきました。キッチンにいた母親に摘まんでいたものを掲げて見せました。


「ほら、カマキリだよ。飼ってもいいよね」

「虫かごに入れるなら、いいけど」

「わかってるよ」


 わかっているつもりでした。飼いたい一心で適当に言ったのでしょう。

 このあと、私はカマキリと遊びます。虫かごはありましたが、ほとんど中に入れないで家の中を自由に歩かせていました。

 ある日を境にしてカマキリがいなくなりました。幼い私はすっかり忘れて他の虫に気を取られていました。両親も気にした様子は見られず、日常は流れていきました。

 その平穏な日々は早朝の母親の絶叫で破られます。


「これ、どういうことよ!」


 居間に家族がのろのろと集まってきました。その中には眠い目を擦る私も含まれています。


「どうしたの?」


 目をしょぼつかせた私が母親を見ると、ここ、とカーテンの一部を何度も指差します。よく見ると薄茶色の出っ張りがありました。下部からは小さい物体が繋がるようにしてウジャウジャいました。


「カマキリだ!」


 喜ぶ私とは逆に家族は騒然となりました。周囲をよく見ると至るところに小さなカマキリが歩いていました。その後、家族総出でほうきを持って小さな子供達を外に掃き出しました。


「カマキリを家で飼うのは禁止! わかったら返事!」

「はーい」


 どこまでわかっているのでしょうか。幼い私はとても呑気で底抜けに明るい子供でした。ですが、その約束は守られました。カブトムシを幼虫から育てることに夢中になったので。


 今、昔を振り返ると私の母親も昆虫は嫌いではなかったように思います。ちゃんと生かした状態で外に掃き出してあげたのですから。

 改めて思いました。カマキリは外が似合います。自然が溢れる場所こそ、ワイルドでカッコイイ彼等の本当の居場所なのです。


 それと踏む心配がないので。

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