Jitoh-39:窮極タイ!(あるいは、真デフィニティーヴォ/グエリェッロふたたび)


 と、静かな熱波のような気合いを滾らせ投球を続けていたものの、局面は一進一退の様相を見せていた。いや、二進三退とでも言ったらいいのか。


 俺らの完全優勢と見えたのはやはりとんでもなく早計だったようで、「デフィニティ」……その、やはりの奥深さを、ここに来てもまだその深奥から見せつけてくるようであり。


「……」


 いよいよ最終、第十ピリオドまで、場は進んだ。が、が……彼我の盤上球数は、「三対一」と、俺ら側がビハインドとなってしまっている。Jの「薙ぎ払い豪球」は本局、この上無く精密に決まっており、相手球をいくつも奈落へと誘ってはいるものの、そして相手陣の手前のマスを根こそぎ脱落させているものの。


 相手も掴んでいるようだ。「防御の徹しかた」みてえな後ろ向き戦法を。「合図から五秒以内に投擲」ルール。そいつを存分に利用しての、「時間制限ギリギリで高く放り各々散らす戦法」。言葉にすると間抜け極まりないが、これによって同じピリオド内でのこちらの「場外吹っ飛ばし」は封じられちまってる。前のピリオドで投げ落とされた相手球三つを、俺とジトーが確実に落としていってはいるものの、てめえの手球をその場に残すっていうのが案外難しく、相手球を転がし落としつつも、勢い余って自球も場外あるいは奈落、というような展開をなぞるように続けさせられてきちまってるわけで。


 最善は尽くしてはいるはず。だが……こちら側のもうひとり、いや正確にはコンビだが、その鉄腕天使が機能出来てねえってのが痛すぎる。ジリ貧、このままだと。


 何とか策は無えのか。


 吹き抜けの大空間は、時ならぬ熱戦にうねるような歓声が渦巻くように漂っており。その只中にいる俺たちはしかし、それに呑まれるわけでもなく背中を押されるわけでもなくただ立ちすくみ、体表面をなぞられるままにただままならねえ局面に視線を落とすばかりであり。


 こちら側から見て、奥面……相手方の陣地は六列がとこ、全崩壊はしている。盤面全体の約三分の一。相手側の奴どもには、五メートルは開いている「奈落」を飛び越える投擲を毎回強いているわけだが、言うた通り「高々度投げ」をやられていることもあり、あまり益を為していない感が強い。


 策を……策を。焦れば焦るほど、思考も球筋も定まらなくなっちまうからあかんのだが。だがあと一投……このまま押し切られるなんてこと、あっちゃならねえ。鉄腕のクソ根性と、それを上回る天使の鋼鉄の意志を。


「……」


 無為にすることだけは、あっちゃあならねえんだッ!! が……がっ……もう、もう為す術が……ッ!!


 一縷の望みを込めて天使の方を見やり、その左肩上に映し出されている鉄腕の映像を見据えるものの、


<……ゅぅと……し……えぃる……てぁぉ……>


 小さい画面内でも分かるほど、鉄腕の容態はあやしくなっていて。その左手指の動きも緩慢になってきていて、もう、意味を為さない囁き声のようなものを発するだけにとどまっちまっている。万事休す。


 それでも最後まで抗ってやる、と、天使のその向こう側でこちらの様子をうかがっていたJとあまり合わせたくはない視線を交わらせ、頷く。やれることは、敵の球を道連れに薙ぎ払うことしかねえもののッ!!


 一か八かの博打がまだ残っている……「高々度投げ」は確かに「後手を取れる」かも知れねえがよぉ……その山なり軌道は読めねえかも知れねえかもだがよぉ……


 着弾点は限られている。当たり前か。手球を場に残さなけりゃならねえもんなあ……なら、こっちの軌道もそれに即しゃあいいだけのこと。そう、まさにこんな局面にぴったりの「奥義」を、俺ら二人は鬼軍曹のキツいシゴきの果てに体得させられてんだよなぁ……


 すべては、この瞬間のために。


「いくぞジトー」

「はいな、あんさん」


 コケそうになるのを一瞬コラえたが、それがいい「溜め」になってくれた、気がするがまぁそういうところはもうどうでもいい。第十ピリオドの開始が告げられると同時に、俺とJ郎の体勢は、地を這うかのように低く、低く縮こめられる。そして、


「『ハーラートップタイヤーボール八号』ッ!! 『冗談キツいっすよザッウェントゥーファー! ファンマイン殿ミスタファマイヒィンッ!』ッ!!」


 残りゼロ秒になるかならないかの瞬間、俺のサイドスロー気味の投擲姿勢から放たれた白球はシュート回転をしながら盤上の中央を目指し、


「……!!」


 反対側から投げられたジトーの白球と、正にの天元で激しくぶつかり合う。一瞬、その場に止まったかに見えた二つの球は、それぞれに込められた回転を相殺させながら、強烈な「ねじれ」をその場に生み出していたわけで。次の瞬間、


「!!」


 互いが互いを跳ね飛ばすかのように、磁力の反発かのように弾かれ合った二つの白球は、盤面の左右に転がりながら散っていき、


「!?」


 そこに転がっていた黒球にそれぞれ当たると、発動したバックスピンによって再び中央へと集っていく。後に残した黒球二つを奈落に引きずり落としながら。そして、


「!!」


 盤面真一文字に漆黒の奈落を描いた二つの白球は、最後は中央付近で力無く交差しそれぞれが描いた奈落に落ち込んでいってしまったものの、その開け放った黒い口の中に、間抜けにも山なりに宙を飛んで来た黒球三つを次々と呑み込んでいくのであった……読み切ってたぜ、着弾点はよぉぉぉ……!!


 これで盤上残るは「黒一球」「白一球」。同数ならサドンデスだったよな? エクストラボール一球ずつの勝負に持ち込めるんなら、俺らの勝ちだッ!!


 が、勝利を確信した。刹那、


 奈落に落ちていくかに見えた、黒球同士が、おそらくは失投だったと思われるが、


「……!!」


 空中でぶつかり合い、そのうちひとつの軌道がよれ、無情にも盤上の残るマスの上に転がり落ちたのだった……


 「二対一」……「二対一」……「二対一」……


 俺の意識が逆に奈落へと吸い込まれていくかのような酩酊感……瞬間からっぽになっちまった頭の中に厳然と「敗北」の二文字が浮かび上がってくる……


 左右からぐいいと狭まるような、そんな視界と、何も聴こえなくなった時間の中で、しかし、


「そのままァッ!! 行くでごわすゥゥゥッ!!」


 Jの字の、とんでもない胴間声が俺の意識を引き戻した。その瞬間、まさにの眼前では、どこから降って湧いたのか、高々度から落下してきた白球が、ぽんと軽やかに黒球のひとつに当たるとそのマスを沈ませ諸共黒球をも落としつつ、その横のマスに自らは跳ね転がってのち、す、と止まっていったのであった。


 「一対二」……!!


 これは……!! やはり……最後にキメたのはやはり天使|(と鉄腕)……ノーマークからの、一撃必殺の……!!


 と、意気込んで横を向いては見たがそこにはチタンめいた金属の「脚」のようなものが四本突き立っているばかりであり。真顔で頭上へとその先を追っていくと、結構な高さに車椅子のシートは上昇していたわけで。そこから極限まで伸びた腕状の勾配具ランプも射出する先っぽがエラい反り返っておったわけで……


 隠されていた、最終兵器が、火を……噴いた……ッ!!


「……ロマンシュ語によるゴカセ選手の指示通り、『上昇して、極限まで曲げた勾配具にて投球』を行いましたが、何か?」


 天使の、上空から降り落ちてくる託宣めいたその凛々しくも神々しい声に、抗える者など、この下天にはどうやらおらぬようであり。


 勝利……ッ!! 薄氷ながら掴んだ……ッ!! 沸き上がる衝動を抑えきれず、走り寄ってきた国富とハイタッチなんかをカマす俺だったが。


 刹那、だった……


「ゴカセさんっ……!!」


 天使の慌て震えた声に、一瞬で冷えた空洞のような空間に落とし込まれてしまったわけで。

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