Jitoh-38:狂騒タイ!(あるいは、ラス魂フィッタ/狼断つィオーネ)


――さあ『第一ピリオド』開始だッ!! 初手から戦略が求められるこの戦いッ!! プラス、チーム内での連携も問われるぞッ!! アンドソー即応ッ!! そう、この『ヒアウィIGO=奈落なら楽?=堕天だってん場→乱場ランバーマッチ』はッ!! 『デフィニティ』の中でも一二を争う究極のチーム競技ッ!! 決勝への門としてこれほど相応しい試合形式はなぁぁぁぁいッ!!


 自分で自分に精神の燃料というのをくべられるというのはひとつの才とは思うし、これ以上ないほどの実況という仕事への天職さに感心すら覚えるものの、やはりその高度経済成長期末期くらいで止まってしまっているネーミングセンスに真顔にさせられるのを禁じ得ない俺がいる。いやいや。


 鉄腕は構わず行けと言った。あまり他の面子を気にし過ぎてもダメだってことだろう。それに各自「十球」ずつたぁ大した球数だぜ。その全挙動なんかは計り知れようもねえし、序盤は駆け引きを打ってる暇も無さそうだ。であれば……


――『第一ピリオド』開始二秒前ッ!! ……いち、ゼロぉぉぅッ!!


 実況のカウント2という聞き慣れない合図と共に、俺はひとまず挙動を掴むために、身体に叩き込まれているフォームから、基本の直球を五割の力で放ってみる。投球する場所はとりあえず俺らの側を底辺と置いたと仮定すると、「三分割した左側」。中央に鉄腕、右手側にJ次郎という、割とこの並びで投げることが多い、慣れた布陣だ。掴めない初見であれば、普段通りに近いことをやるまでだぜ。


俺の手を離れた白球は、マス目二つを跳び越え、その先に着地すると、するするとまあ想定通りの転がり具合で「五マス」ほど転がり止まったのだが。


「……!!」


 いや実際そうなるとは言われてはいたが、俺の白球が転がり通った「四マス」がガココココ、という音と共に沈んだよ、後には暗く四角い「穴」だけが見え残っている。球の軌道の「後ろ側」に空くことが必然ってわけだよな。要するに敵側からはそちらに向けて落としやすいと、そういうことかよ……


 さらに勾配具ランプを使用する鉄腕天使にとっては、一投ごとに投擲軌道が狭められていくのは先ほども思ったが、それでもただ転がすしか方策は無いんじゃねえか? これで勝負になるのかよ? 勾配具から転がし放たれた鉄腕天使の白球は、最も手前のマスから直線状に六枚を奈落へと沈めたその先で無防備にも佇んでいるかのように見えるが。


 頼みの綱はやはり剛速球絶対投げマンなのかも知れねえが、とりあえずのケンで投げたと思しきJ球は、盤面右からやや中央寄りに掛けてカーブを描いて着弾したか、中央付近に跳ね転がった軌跡を二枚の漆黒穴として残しながら正にの天元近くのマスに、これまた狙ってくださいとばかりに無思慮に転がっているように見える。


 ……わからねえ。そもそも策がどう機能するかも分からねえまま、ふ、と目線を上げた先にあったのは。


「……!!」


 相手陣のほど近くというか「ひとマス」目、まさに相手方三名の目の前に、「黒球」は三つ揃って鎮座していたわけで。


 策? 作戦か? 明らかに「置いた」よな……待てよ、防御に徹するってことか? それが……最善?


 わからねえ。が、相手の球を奈落へと落としにくくはなったのは確かだ。十五メートルがとこへ届かせるのがまずしんどいし、届かせたところでどうする? 場外に弾き出すか? うぅん……


 思考が定まらないまま「第二ピリオド」は開始され、これといった狙いも何も無く淡々と場は進んじまうが。ええい、こうなったら思い切り投げ放って場外行きにさせてやるッ!!


 しかし、だった……


 狙い通りに腕の振り子運動エネルギーが的確に伝わった白球は、俺の指先から勢いが増してもブレることは無く、真っすぐに「獲物」を正面にとらまえる。が、奥辺の左側に位置していた黒球に当たり、それを場外まで転がし押し出したまでは良かったのだが、その場に残そうと微小な逆回転をかけていた俺の白球が止まるか止まらないかのいなや、


「!!」


 その乗っかったマスは崩落していったのであった。白球を道連れにして。


「ヌゥンッ!?」


 同じく同じことを考えていただろう右手側のJ丸からもそのような困惑の声が。剛速球で相手球を弾いたには違いないが、自球も落下させられたな……? 「ルールお品書き」みたいなペラいちに書いてあった、「ひとつ分の重量の増減で速やかに下降」……つまり球が乗っているマスに他の球が後追いで乗っかり、その後ひとつ分がマスの外に出ると……「ひとつ分の増減」になると、そういうわけかよ……


 良くて相討ち。一発でも外すと相手陣の近くで落としてくれと言わんばかりの無防備この上無い隙を晒しちまうことになる。野郎……だったらこっちも防御の構えを敷きゃあいいんじゃねえか? その旨を伝えようとチームメンバーの方を振り返った俺だったが。


「……!!」


 そこには第一投と同じ場所から、おそらく同じ軌道にて第二投を放ったと思われる、天使の、唇を引き結んだ姿があったわけで。当然、一投目の球の後ろには奈落が口を既に開けていて、それ目掛けてわざわざ二投目を投げ込んだと思われる。そんなことをしなけりゃあならなかった理由は。


「軍曹……ッ!!」


 慌てて天使の車椅子に取り付くようにして放った俺の言葉にも、その背に取り付けられた小さな画面奥の仰臥した顔はぴくと口元をひくつかせただけだった。やっぱり……限界だったんじゃねえかよ。それでもその左手の人差し指だけは天を向いて痙攣するかのように断続的な動きを続けていたわけで。装置から流れているのは「シュート……シュート……」といういつものダンディーボイスだったが。


 もう……まともに指示も出せねえ状態だったんじゃねえかよ。これ以上は無理だぜ。撤収だ。そう思った俺が相変わらず場の中空を滑るように移動を続けている実況壮年に向けて声を上げようとしたのが気配で伝わったのか、


「……」


 手探りで、掴まれた。右手首を。天使の、思ったよりも強い力で。その華奢そうに見える手指からは熱と共に切実な何かが伝わってくるかのようで、俺はもう言葉を失くして佇むばかりなのだが。そんな中、


 第三ピリオドの開始が告げられる。俺は自分の手首に回された震える指をもう一方の手で優しく外すと、そのまま軽く握りしめ、意を、伝える。


 諦めねえ、ということを。


 天使が決然と、勾配具ランプに白球をセットし、流れて来る「シュート」の合図に従いそれを転がし放つ姿をしかと目に焼き付けながら、俺も自分の白球を握りしめ、構える。盤面を挟んだ向こうには、てめえらの勝利を確信したかのような、余裕な、癪に障る笑みを貼り付かせた三人。あのなぁ、ふざけんのも大概にしとけよぉぉぉぁぁぁあ……ッ!!


「ジトォォォォォォおおおァッァアァァッ!!」


 てめえにも気合いを入れるため、俺は腹からの裂帛の叫びを絞り出す。まあヒトのことはとやかく言えねえなぁ。が、がッ、だッ!!


「!!」


 投球に入ろうとしていた角刈りが、こちらの方を向き、そしてその巨顔を固まらせる。見えんだろーが、お前にもよぉ……天使の流麗な曲線を描くその両頬にッ!! アイマスクじゃ吸いきれなかった水滴がッ!! 伝ってんのが見えんだろぉぉがぁぁぁぁあああああッ!!


 瞬間、笑ったかのように見えたそのごつごつとした顔肌が、人智を超えてしまった憤怒に彩られていたのだと知ったのは、とんでもなく反り返った姿勢から撃ち出された超豪球が凄まじい回転で相手陣の向かって右角にまずぶち当たったかに見えた次の瞬間、左方向に強烈なスピンをカマしながら、根こそぎ相手陣のマス一列を横切りながら全て滑落させていった後だったわけだが。ああまあやるなやっぱここいちのとこじゃあ……うぅん、それにしてもお前は喜怒哀楽の感情と表情がいっこずつ掛け違えられちまってるとでも言うのかね……?


――こ、これは稀に見る大逆転んんッ!! 白チームが黒の盤上手球を全てッ!! 闇へと葬り去ったぞぉぉぉぉぉッ!! これは会心ッ!! これがデフィニティのッ!! 極致だと言うのかぁぁぁあッ!!


 壮年の感極まった実況にも、相手方の喪われた顔色とか表情とかにも、何も昂って来るとこは無え。俺らはただ、粛々と厳然とッ!! 勝ちにいくまでだぜ……ッ!!

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