Jitoh-36:剛強タイ!(あるいは、沿うたる創道/ソスティトゥート)


 医者から呼ばれたのは随分経ってからだった。その上で「過労による心身衰弱です」とか言われても、まったく納得は出来なかったわけだが。


「……」


 とりあえずは鉄腕が居ると言われた一般病棟の個室へと四人連れ立って向かう。無言。先ほどの医務室よりは消毒薬っぽい匂いは薄かったものの、それ以上に何と言うかのしんとしたようなにおいというのか、よく分からねえが妙に落ち着いてしまうような何かが漂ったような部屋には薄いカーテンを通して夕日のオレンジが溢れていた。


<少し気を張ってやり過ぎてしまったようだ。明日は問題ない>


 「掌で喋る機械」は車椅子から外されててめえの腹元に置かれていて、それで俺らが何か言う前に言葉を放ってきやがるが。思ってたよりはしっかりしていたはいたが、リクライニング式のベッドにへばりつくように仰臥したその身体は点滴二本の他にも、心電図を表示しているらしき枕元のでかい機械にも繋がれていたわけで、誰がどう見ても今日の明日のの話じゃあねえと思う。


「……無茶したらマジで死ぬかもしれねえ体なんだろ。寝とけ」

<不要だ>


 こいつとも会話のキャッチボールが噛み合わなくなってきたな……ピンの抜かれた手榴弾を即応で投げ渡し合ってるかのようなやり取りだよ本当こいつは……


「……エビノ氏に選手交代してもら」

<途中での交代は認められていない。予選を通過した者三名だけが戦う権利を得られるんだ……>


 疲労というかそれ以上のしんどさをその横っ面に浮かばせながらも、必死で動かす左手指。こいつは全部分かった上なんだな……


<私がもうまともには投げられないことは分かっている、自分の身体だ。だがあと一日……二試合……それで届くんだ。ヒナコを……治療出来るところまで連れて行き、治療を受けさせることが出来るカネに……!! だから共に戦わせてくれ、リーダー、JJ>


 殊更に感情を絞った声……合成されたもんだからってわけでもないよな。何より俺らはもう鉄腕の言外のニュアンスも汲み取れるようになっちまってんだよ……が、まあ俺は今は黙っとく。J太郎も制そうと思ったがこういう時こいつわきまえるよね……ま、それは置いといて。


いちばん言いたいことがあるのは俺らじゃあねえし、俺らじゃあ届きそうもねえから。と、


「……勝手なこと言わないでくださいよ」


 案の定、俺の右背後から、鉄腕とどっこいどっこいの感情押し殺し声が絞り出されてくる……行ってくれ。このアホを止められるのはもう天使しかいねえ。


「一緒に行って一緒に受ける、約束、でしたよね? いま無理して万が一……ひょっとしたら、どうするつもりなんですか……ッ!!」

<そうな>


「そうなってもいいなんて、絶対言わないでくださいねッ!?」


 天使の、震えてはいるが芯のある、心からの怒りの噴出が、俺の肩越しにぶつけられていく。同時に静かに嗚咽を堪えているかのような呼吸音が静寂を震わせていくが。ヒナ……と国富が天使を気遣う声を背中で聞きながら、俺はどうとも出来ない思いに脳内を支配されちまってる。


 鉄腕ののたまっている事はおそらくそうなんだろう。三名が揃わない限り、下手すりゃ不戦敗でそれまでっつうことも考えられる。かと言って虫の息のこいつを鉄火場に引きずり出すことも無論無茶な話だ。どうする……? 情けねえな、こういう時にリーダーの資質が問われるっつうのに、やっぱ俺はダメだ。やっぱり、


「……私に」


 そんな如何ともしがたい空気を打ち破るのは、やはり天使のひと言でしかないわけであって。


「考えがあります」


 押し殺してはいるが、押し殺し切れてない決意じみた何かが、天使の声には込められていた。


「私が……ゴカセさんの左腕になる」


 賭けかも知れませんが、と続けた天使の顔を改めて振り返って見てみれば、そこに宿っているのはやっぱり決意の二文字であったわけで。


――翌日。


【準決勝:第一試合

 トゥオのベスティア(日向・都農・西米良) VS チームTHEトー(時任・五ヶ瀬・那加井)】


――さあ、決勝へと連なる椅子を得るための戦いが始まるぞォッ!! 赤コーナーに控えしは、やはり順当な勝ち上がりか、『いかずちの女王』率いる、前回準優勝、『トゥオのベスティア』だッ!!


 壮年実況は今日も揺らがず、いや昨日以前よりもさらに暑苦しく煽ってくるが。にしても相手、かなりの手練れっぽいよね……全員女、っていうのが意外っちゃあ意外だが、ボッチャの前では平等だっつうことは承知してる……にしても相手のうちの一人、肩まで腕まくりして腕組みしている高身長のワイルドな褐色肌の御仁がずっと不敵にこちらを見ているよ怖いよ……


 いや気圧されとる場合じゃあねえ。もう何か肌に馴染んで来た感ある真っ赤なスーツが俺の気合いを掻き立ててくれるかのようで。そして、


――相対するは本大会いちのダークホースッ!! 『チームTHEトー』だがおやッ!? ひとり面子が違うようだが……ッ!?


 結構強まっている俺らチームへの歓声を意味不明のポーズで受け止めている角刈りの影に隠れるようにしてここまでは上がっては来れたが、まあどの道、隠したままでは試合は行えねえ。天使の「賭け」に……俺ら下天民は乗っかるまでだぜ。


「……」


 国富に車椅子を押されてフィールドに上がるエビノ氏。鉄腕の乗ってた奴を調整した車椅子だ。その上の水色のスーツは今日もたわわな曲線を描いていたが、さらにその上、その美麗な顔の半分を覆い隠すのは、黒一色のアイマスクであるわけで。


「……五ヶ瀬選手は今、この場には事情により居ませんがッ!! 介助者としての私がその遠隔からの指示に従って勾配具ランプの角度を調整し、合図と共にボールを放ちますッ!! 構いませんねッ!?」


 天使の迷いのない、凛とした宣言は、観客たちの歓声を誘うは誘ったが。


「はっ、バカか規約違反だろーがッ!! この場にいない人間の参加など前代未聞ッ!! 審判長、さっさと反則負けを宣告しろ」


 相手チームのワイルド御仁が、その風貌にたがわずのワイルドなハスキー声にて一笑に付してきやがる。まあ言ってることはもっともかも知れねえ。知れねえが……


「……おやおやぁ? この神聖なる場は『デフィニティ=ボッチャ』の聖戦なる場とお見受けしましたがね? この地球上で重力を共有している者であれば誰でもッ!! 全ての人類に平等に開かれた、神が作り与え給うた究極の競技と私が認識していたのはいやはや、買いかぶりだったのでしょうかな……!?」


 で、出たーっ、こちらの壮年Jの、敵であれば殴りなめしているだろうほどのイラつきをもよおす究極のアオりが……ッ!!


 刹那、だった……


――ふ、はっはぁッ!! 舐めてもらっては困るねえそこの角刈り殿ぉ……ゴッドオブスポーツ=ボッチャはそんな位置情報などという些末な事象に踊らされるほど卑小ではないのだよ無論? 認めるに決まっておろうがぁぁっぁぁぁッ!!


 ええええ審判長ぉぉぉぉ……? との、一気に力を失くしたかのようなワイルド女の驚愕など全く意に介さず、


<恩に着る>


 鉄腕の映像と音声が、エビノ氏の背後、背もたれに設置されたカメラとマイクから放たれてくるわけで。


 役者は揃ったようだなぁぁぁ……であれば存分にッ!! やってやるまでだぜ。俺はふん、と己に気合いを入れていく。

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