Jitoh-35:緊縮タイ!(あるいは、確かに光は/明日照リスコ/合うス照リタ)
<問題ない。気を遣わせたのならば、すまなかったな>
いやいや。
「……震えがまったく制御出来てねえように見えるのは俺だけか? ちゃんとした医者に行ってこい」
<不要だ>
地上一階の医務室に国富と二人駆けつけた時には、鉄腕の野郎はもういつもの車椅子の上でいつも通りくずおれた姿勢で、だがそのひからびた全身を不随意にどこかしこも震わせてるような状態であったわけだが。それでもままなってなさそうな左手指ながら、揺るぎない言葉を紡ぎ出してきやがる。
「……」
傍らにエビノ氏に視線を送ると、何か諸々を噛み締めてるような顔で首を振られた。野郎はこの後の試合に出場する気は満々そうだ……この期に及んでは何を言っても無駄そうな気がした。部屋に蔓延する消毒薬らしき匂いに包まれながら、俺は「最善」を紡ぎ出そうと思考をひねくり返す。本日の試合はこの後の「準々決勝」ひとつ。それに勝ち上がれれば、次以降は明日に持ち越しとなる。
であれば。
……負担を極力減らして最短で勝負を決めるしかねえ。その上でこの鉄腕をでかい病院へと運び込む。似合わねえ事この上無え神妙そうな顔つきをしたJ太郎に頷いて見せると、俺も肚を決める。と、
<……すまん、皆を困らせている事は分かっている。が、ここで離脱してしまうこと、そのことの方が私には、耐えられないほどキツいのだ……何が起ころうと責は自分にある。付き合わせてしまって申し訳ないが……>
ダンディー音声だけは相変わらず流暢な鉄腕の言葉を遮って、
「だったらもうそれを言うのは無し。いまさら、ですよね、ゴカセさん? いいですか、いまさらそんな寝ぼけた事を言われることの方が困惑なんですっ。とっとと行って勝って来てください。その後ちゃんと検査受けさせますから」
「せやでー、あんまし私らを怒らせん方がええのやで? 一蓮托生、リーダーが頼り無さそうやからうちから言うといたる」
俺より全然目と肚が座ってる感ありあり女子二人からの、冷酷と情動のはざまのような言の葉が振り下ろされるかのように鉄腕の顔面を打ち付けるように放たれるわけで。怖ァ……ッ。流れ弾みたいのも飛び火してくるわで怖わァ……ッ!! さらに、
「ヌハハハハッ!! 下士官たる者ッ、戦場で死ぬるが本望と見つけたりッ!! ですなッ!! 骨と皮は拾ってあげますタイ、存分に死んでくるといいですぞぉぉッ!!」
NO禁忌KIDS、J本J一の巨体からはそんな空気を読んでねえのか、読み切った上でそんななのか、完全に理解は出来なさそうな忖度ゼロの言葉が飛び出して、医務室のカーテンを震わせていくのだったが。
わかっただろ? 「気」は「遣う」な。そんなん俺らの間では無駄弾だからよぉ。それよりも、
有益な「球」を投げ放つ。それこそが、俺らの至上目的。行くぞ。
いつの間にかその震えも収まっていた鉄腕を促し、次戦が間もなく始まる会場へと俺らは向かう。
しかし、だった……
【準々決勝:第一試合
夏目ユージーン(諸塚・小林・門川) VS チーム
意気込んで出て来た俺らには結構な大きさの歓声がかかるのだが、相手はアレか……思わせぶりにカラんできたアレのあの
「ふふ……ようやくか。ようやくこの舞台で相まみえたことにあれ? あれ何これ?」
昂揚しとった気持ちが急速に萎え萎んでいくのを、全・脊髄で感じとる……多分うしろに控えし面子もそのような顔貌を晒しているのだろう、意気揚々と俺らの前に例の「黒イバラ車椅子」を転がし出てきたモロ尾田モロ男は、その温度差にこうまでもかと思わせるくらいにその亀頭然とした頭を震わせてくるのだが。それすらも生温かい目線で見やることしか出来ない俺らがいる……
「なんだその目ッ!? おかしいよ何でそんな哀れみッ!?」
亀頭で言うと裏筋辺りに当たる顔面に「困惑」の二文字を貼り付かせたまま、モロ平が力無い言葉をのたまうやいなや、
――さあ準々決勝は何とッ!! 全身の動作を制限する『ハーラートップタイヤー養成ギプス』を身に着けた上でッ!! 極限のメンタル平常心を要求される、投球時に水が流れ込んでくるという『
壮年実況の高らかな宣言が為されていく。何ッ!? とかこの期に及んでもまだヒリついた好勝負が出来そうとか思っていそうなモロ見里がそんな可哀そうなほどに乗っかるリアクトをかましているのを生温かい視線で見守ることしか出来ない俺らがいる……こりゃあ鉄腕そこにおるだけでいいな、ってかあのやり取りが無に帰されていくかのようで俺らチーム全員何か居心地が悪いのだがッ。
が、あの地獄の特訓が……収束気味に報われるという次元空間がいま正に展開されようとしているのだった……ッ!!
モロ「アギヒィッ!! 毛がッ、身体中の体毛が引っ張り巻き取られ、それに反応して動くと今度は肉が皮がッ!! 捻り挟まれていくという無間体験んんッー!!」
ジト「へっへ……既に抜毛を終えさせられているあっしらにとっちゃあ……とんと関わりの無いこって」
モロ「『あの何とかとか言った対戦者』? 延岡のことか? 延岡のことかぁぁぁぁぁあッ!!」
ナカ「水は鼻下に達してからが意外と余裕がある……臆せず平常心でただ投げ放てばいいだけのこと……泡食って姿勢と呼吸を乱す……そいつが最悪の悪手だぜ?」
モロ「なぜだぁ……なぜこんなにもぉぉぉ……てめえらの赤血球はなに状だーっ!! あ、圧縮されていくのが分かるッ!! 何故ヒトは争い合うことでしか分かり合えないとかのたまう割には争い合うということもさせてはくれないんだぁぁぁあ……ッ」
ゴカ<諸塚氏……貴殿は強かった。だが、神聖なるボッチャを通して高みを目指そうとする、崇高なる我らの想いがほんの少しだけ勝った。ただ……それだけのことだ……ッ!!>
モロ「あっるぇ、すんげぇシメ方ッ!! い、いったいどの口が言ってるのか確かめたいけども、もももう水がばばばばばばぁッ!!」
こうして。
やるせなさを厳重に真綿で締め落としていくような戦いは……俺らの勝利と相成ったわけだが。
ここまで来たら、もうはっちゃけやっつけるしかねへぇぇぇぇぇッ!! と、そんな嫌な空気を吹き飛ばすかのように思考を爆ぜさせた俺は、とりあえず鉄腕を病院に送るためクルマを回しに走るのであった。
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