Jitoh-34:蒼然タイ!(あるいは、天包み抱くは/チェロブル危ラッチオ)


 結局、というか当然の如く、


「……!!」


 俺の投擲が決勝打となったわけで。宣言通りに沈み吸い込まれていく青い二個球を目で追うまでもないと判断した俺は、代わりに視線を背後の国富とエビノ氏に振り向ける。目を伏せ頬を濡らしながら下唇を突き出しつつしゃくってる一人と、こちらを何と言うか、ほらね? といった感じの達観気味で見上げられているのに見下ろされているかのような、かなわねえなとしか言えない清々しさを纏った流麗とした一人が、そこには居たわけで。そんな天使の瞳に、一抹の何たるかが見えたのは、俺の気のせいであるはず。ともかく、


――チームTHEトー後半からは圧倒だぁぁああああッ!! 決着ッ!! ベスト8、準々決勝に駒を進めたぞぉぉぉぉッ!!


 身体の表面全部を覆われているかのような歓声の中を、苦しげだが確かに笑みであろう、しかしよくよく似合わねえ表情を浮かべてやがる鉄腕の鉄腕と上空で拳を突き合わせ、返す刀で、わざとらしくスローモーション気味で走り寄って来た筋肉質の巨体に最もダメージを与えうるだろうその鳩尾に体重を乗せて捻じったジョルトを叩き込む。


 勝利。諸々をキメまくった俺の名を連呼する唱和すらも沸き起こる中、ひとまず五人揃って控室へとはける。会場から続く通路の中を、自然と前に押し出されるようにして、相変わらずぐすぐす言いながらとぼとぼ歩いている国富の左側へと誘われるのだが……ニヤニヤ顔の天使と角刈りに。にゃろう……


「……あー、その、自分でもトンデモさはしっかり把握はしてるぜ? その上で、あんなくらいの場じゃねえと逆に自分に向き合えねえ気がしたんだ……だから……」


 が、横並びでのたのたと歩きながら、そんなぐずぐずの言葉しか出てこない……


「……」


 とりあえずひと回り行って来なさい、と天使が俺の背中の肩甲骨と肩甲骨の間辺りを、尖らせた指拳で結構強めに抉り押してくる。いて、とたたらを踏まされた俺はその勢いで少し先を歩いていた国富の左手指を右掌で包んで引っ張るかたちに。


「……!!」


 試合終わってから初めてこちらの目を見てくれたその赤くなった白目とその中心で濡れ揺れ動く黒目に、引き込まれて視点が離せねえ。その場で固まってしまいそうになっちまう前にちょっと強引にそのままその小さく柔らかく熱みを持った手を引っ張りエレベーターホールに出た俺は、迷わず高層階直通の箱に誘い乗り込む。何とも言えねえ一分くらいが過ぎた後で、左右に分かれた金属の扉の向こう側には。


「!!」


 継ぎ目の無い巨大な透明の板を挟んで、圧倒的にブルースカイ、みたいな地上何メートルだよくらいの「空」が広がっていたわけで。地上四十八階。湾岸を南東方面に見渡すことができる。昨晩寝付きが悪くなってぐずる俺の身体がよろぼい辿り着いた、絶景ポイントだ。と、


「……ブリュッセルは何や、たまの寒波がえらいことになるみたいで、気をつけなあかんで」


 その、ケースの中のミニチュアみてえな景色を見下ろしていたら、隣からそんな、いつも通りの感じの声が。


「……いろいろ気ぃつこぉて、カッコだけつけカマして、そのまま消えてまうんやろ」


 声の角度が変わり、国富の顔がこちらに向いていることは分かったものの、そちらを振り向くことの出来ない俺がいる。


「気ぃなんて遣ってなんかいねえだろうが。そんなもんで格好がつくとも思っちゃいねえし、そもそもそんな浅い面子でもねえだろ」


 かろうじて、そんな事だけは言えた。首の筋肉を攣るくらいに引き絞って、何とか声の主の方向だけは振り向くは振り向けたが。


「うちも付いていけたら行くんやけどな……せやけど何にも無しに付いていってもアレやろ。足引っ張るだけやし、そない中途半端あかんやろ、やっぱし」


 じいっとまじまじと、俺の顔面全部を撫でるかのように見回されてる、と思ったら本当に指を伸ばして頬骨の辺りを撫でさすってこられた。


「不思議やな。ちょっと前まで、お互い知らん同士だったのに、今ではこんなに近いやねんで? でもまた離れてまう。でも……知らんかったままの方が良かったなんて絶対思えへん。リーダーと出会えて、みんなで一緒にがんばれて、ほんまによかった、思てんねや」


 結構強めに俺は頬肉を掴み上げられているのだが。そして国富はそうしながらまた顔の筋肉を一点に寄せ集めたような顔をしてしまうから。


「……」

「……」


 俺としては愛おしさを伝えるためにもう言葉は使うべきではないと判断している。ずっと繋いだままだった右手を引いて、よろけてきた国富の身体を抱き留め、背中に左手を廻して腕の中に囲い込んでいく。静かにしゃくりあげるその意外に細いが何と言うか密な厚みのある身体の感触と熱を受け取りながら、


「迎えに来るぜ。ひと通り目途がついたらな。二年か三年、いやもっとかかるかも知れねえが」


 耳元に口を寄せ、甘いような香りが漂ってくる髪に顔をくすぐられながら、やはりそんなどうしようもないほどに度し難い言葉を放つことしか出来ねえのだが。と、


「そら残念やわ……うち結構モテんねんで。そない待ってられへんし、周りもほっとかんっつうねん」


 精一杯っぽそうなそんな言葉は、俺を、優しく送り出してくれるような、そんな「熱」をもっているかのようであって。であれば。


「どうあれカッさらいに来るからよぉ……寝れない夜はせいぜい枕を股に挟み擦りつけながら待っとけよ?」


 ばーか、と泣き笑いのような顔で見上げて、俺の顎辺りを小突いてくるその拳を顎でいなした俺は、そのまま彼我の唇距離を一気に詰めると昨日のお返しを丁重にカマしていくわけで。昨日より強めに、深めに、吸って絡めても駆使しつつ。


「……」


 切なげに鼻から漏れる溜め息は、やっぱ湿った何かも含んでいたが。


「……今日のところは残念賞だけ貰っていくぜ」


 俺なりのニヒルさを顔面に浮かばせたところで、今度こそ至近距離即応で放たれた拳に左目辺りを痛打されてしまうのであって。おぅぁあああ……ッ!!


 刹那、だった……


 俺と国富、双方の端末が一秒くらいのラグで着信の振動を放つ。まだ次の試合までは充分時間あんじゃね? とか、うかれのぼせた頭でそれを受けた俺は、今度は横面をはたかれたかのような衝撃を受けたわけで。


 軍曹のッ身体が震えだして止まらんのですぞっ、との聞いたこともねえくらいのジトーの切羽詰まった音声が鼓膜に伝わるかどうかの瞬間には、頭は冷えていた。目顔で国富を促すと、下に行っちまってたエレベーターの箱の降下方面へのボタンを叩きつけるように押してからは、のろく変わる階数表示をイラつきながら見ていることしか出来ねえが。

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