Jitoh-19:豪勢タイ!(あるいは、べべんて蹴っ飛ばしたいほどの/肉厚背中/謝肉祭)
「んB、O、C、C、H、Aッ、ボッ★チャ★!! ィさいこぉぉほぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
いやいや。
聖戦を制した青き角刈り聖戦士がそのような雄叫びを上げるのだが、その無駄な残響を伴った傍迷惑な音波が、洒落た落ち着き空間を演出しようとしたはいいが複雑な構造過ぎてあまり清掃が行き届かなくなったであろう残念結果を宿した、壁に直設置の間接照明の細かい装飾に積もった埃を舞い落としてくる……いくら個室とは言え騒ぎ過ぎると出禁になんぞ?
勝利と例の権利を手にしたJェームズ君だったが、勝敗決定の瞬間、目まぐるしく表情を変化させたのち超速で何事かを計算していた天使の、次に放った「こ、このあと懇親会が駅前のボイヤスでありますので、行かれる方は各自お願いしまーす!!」という、あくまで明るく爽やかに、しかして疑義をミリほど挟ませないような高らかな物言いに、通常ならぶち破ることが出来たであろうがこと右腕を損傷しているデバフ状態ではあえなく寄り切られてしまったようで、お馴染みの喜怒哀のどれにも当てはまらないことは確実だが、かといって「楽」では絶対無い、というような様々な感情という名の油絵具がどでかい巨顔キャンバスに前衛的な抽象画の如くに塗り広げられていくサマを、労をねぎらってやろうとその許に近寄っていった俺がいちばん目撃する羽目と相成った。
なもので、それはあんまりじゃね? との抗議を一応しといてやるかこの後に尋常じゃない荒れ方をされたらこうむるのは俺だしトチ狂ったこいつが穴状のものなら最早何でもいいタイくらいに吹っ切れてしまった場合、力ではとても敵わないので俺の純潔がマズい……との打算も込みで、とても滑らかにリムを両手で操りつつ身を翻してこの場からの離脱を図ろうとしていたエビノ氏の前に進み出たものの、明日の
当然むずがってぐずりまくると思われたBaby.Jだったが、普段の飲み会と言ったらまあ眼前に荒涼と広がる人外魔境から意識を早くぼかし消し去ろうと競うように度の強い酒を食道に洗浄消毒せんばかりの勢いで浴びせ倒し酩酊することのみに注力するという往生待ったなしの鉄火場であるからして、本日のこれは言うて人間界の普通の飲み会、さらにはまともな女子率が普段の六割増しくらいの高設定の場でもある。昼からやってる「地域に根ざした最安ファミリー居酒屋リストランテ:ボイヤス」には二卓二十人は入れる結構な広さの個室があるが、そこにひしめく普通の女子大生らの華やかな話し声笑い声に入室直後に接した途端、人はこれほどに相好を崩すことがあるのだろうかと反語で問いかけたくなるほどの分かりやすさで腕の痛みも忘れ上機嫌になった御大は、割と好意的な空気の中でしっかりとルックス偏差値58と57の間のシートにその巨体を器用に滑り込ますのであった……途端に感極まってかの冒頭の雄叫びであったわけであるが。
この場でセの付く例の四文字単語を口から発してみろ、俺は、お前の声帯を、傍らのアイスピックで、貫き抉る、繰り返せ、と念押しで脅しておいたら、せ、セックスと、のたまったら、僕の声帯は、アイスピックで抉られる、と自分にマインドコントロールするみたいに呟き言い聞かせていたので多分大丈夫だろう。
ていうか、おまえの目的は「それ」だったな、相手が「天使」に関わらず。だがこれほど単純な撒き餌に目を眩まされるたぁまだまだ……とか考える俺も大概だが、難なく別卓の入り口側の席でかいがいしくいろいろ注文を取っているエビノ氏の真向かいのシートを確保することに成功する。が、
<おお、キサマか。地味に過ぎる見せ場しか無かったものの、私はキサマの方を買っているのだぞ?>
左斜め方向には既に出来上がっている風な、極めてカラみたくない相手もいたわけで。件の
「せやん、シブい投球結構キマってたし、なんや普通のボッチャでもいけるんちゃう?」
と俺の左隣から、卓の上に乗り出しつつこちらを下から覗き上げるようにして視界に入り込んできたのは。
「なんてか……ちょっとかっこよかったで」
上目遣いでの囁きまさかだろ……ッ? エセい関西弁を操って距離感を詰めようとしてくるやり方、賛否あるだろうが俺はまったくOKだ。無論性別容姿に厳然と左右されるが。
茶色のボブに強い目力、薄く大きな唇は明らかに好意的な笑みを形作っている……いちばん最初の、最初に話しかけたコじゃねえか……スエットの時もその色気は隠しきれていなかったが、今の胸元がざっくり開いたオレンジのニットからは目に見えんばかりのフェロモンみたいなのが立ち昇っていやがる……
・オレンジの服を着た女はYP+5%
・鎖骨を露出している女はYP+15%
※YP=ヤれるかも
なんてこった、いきなり20%からのスタートなんて俺の人生初だぜ……まずい、日常が甘味の少ない青春を送っているせいで、逆に向こうから来られた時の気の利いた切り返しかたが分からねえ……っ。
「あ……ボッチャは、実は初めてでさ。何て言っていいか分からねえけど、でも今日やってくうちでどんどんハマってくのに気付いて。ひとことで言うと、面白え、だったわけで」
うまく口が回らねえ。大脳もだが。何て言うか片言みたいなぎごちない喋りになっちまったが、眼前ではアンバランスエロい顔が目の縁を赤くほんのり火照らしながら、少し酔いで潤んだ目で、うんうんと俺の目を見ながら頷いてくるよJJ……おまえは本当に青春の救世主だったようだな……
・甘くない酒を飲む女はYP+5%
・会話の接ぎ穂ごとに視線を絡ませてくる女は+20%
<『デフィニティ』の真髄に、図らずも触れたというわけでもある。それはひとことで言うと、幸甚、なわけで>
と、どんどん加算されていく確変状態的ないい空気感に冷却水を噴霧してこんばかりに、前からそのようなダンディーボイスが漂ってくるがうぅぅんその言葉を操り蠢いている左掌にアイスピックを打ち込みてへぇぇ……
「……ゴカセさんがあれだけ楽しそうなの、初めて見ましたしね」
目線で早よ去ねとの意を強力に送っていたところに、目の前の席に戻ってきた天使がそんなふんわりとした言葉をかけてくる。おお……
改めて相対して見てみると、亜麻色の髪に囲まれた小作りの顔はやはり目を奪われるわけで。愛らしい小さな鼻の辺りが酔いなのか少し桜色になってるよ引き込まれちまうよ……
水色のカーディガンも細身の体には似合っている。が、よくよく無礼を承知で観察してみると、首とか手首とかが結構筋張っているのが分かった。ボッチャによる鍛えた結果なのか、いやそれにしては何と言うか、病的な痩せ方、のようにも見えるがまあそれが魅力を損なうことなぞ皆目無いのだが。
じゃあ取りあえずおつかれさまということで乾杯しましょうか、との天使の御発声により、様々な思惑が入り混じっているだろう会は始まったわけで。
……ここからが、真の勝負。そう言えなくは、無いはず。俺は土壇場の投球前のように呼吸を深く、落ち着けていく。
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