Jitoh-18:昇天タイ!(あるいは、赤に青の緑で/プリマエスペリエンツァ)
ざわめきは止まる事ねえが、残すは鉄腕の緑球、あとひとつ、という正にの最終局面と相成った。
ボックスからの距離にして目測約五メートル弱。緑球四つが織りなす四角形の中心に白球。その上にひしゃげた青球がすぽと嵌まり収まっているという、通常のボッチャではまず見られない光景だろうが、何つうか、なるべくしてなった、みたいな意味不明の説得力のある絵面にも見えた。まあ俺以外の他ふたりがカラむと様々な事象は全てこのようなところへと落着しそうな気もしたので、そこはもう流そうという構えの俺だが……
勝負の行方は、はっきりしてきたように思えた。
鉄腕はどうにかして
やるとしたらさっきの反則鉄球を緑の囲いのどこかにぶち当てて、その衝撃でその奥の白球ないし青球に干渉してそれらの距離をどうにかして広げなくてはならない。が、その囲いの構成面子は、凶悪
形も変化したが、「厚み」も変わっている、すなわち球よりも薄くなっているわけで、衝撃で例えずり落ちたとしても白球と囲みの緑球の間に滑り込むんじゃねえか? 接したまま……ゼロ距離のまま。それって引き分け以上が確定じゃねえか? 鉄腕が自分の緑球を白球に接したまま残せるかは難しいだろ。髪一本の隙間が空いてしまっても、「接している」青球には勝てない。おいおい、苦し紛れで放ったJ圧縮球だったが、最適解だったんじゃねえか……?
と、少しの感慨をもって、この死闘を脳内で振り返ろうとかした俺の真横から、
「……フンヌヌヌヌヌウぅぅ……ホンフルアノォォォォォイ……ッ!!」
奇天烈な唸り声が。見るとそれはもう見慣れた鉄腕の投球前儀式的なものではあったのだが、お供えされしモノが何かまた少し変わとるッ!!
「……がふぁギギギ……や、やはりキサマとキサマは思った通り……ふぐぐググ……『デフィニティ』の旗の許に集いし俊英どもよぉぉぉぉぉ……ッ!!」
金属質グリーンボールは、今回のはやけに丁寧に何度か下塗りを重ねたのかハケ痕も目立たないくらい艶やかだったが、そんな差異は何故なのか分からんしどうでもいい。肝心なのは渾身の力で持ち上げられているそれが、先ほどの砲丸ちゃんよりもどう見てもひと回りは径があるということだけだッ。
「世界ユース規格男子用砲丸は重量五キロと定められておる……ッ!! その定めに乗りしこの最終投技は、まさに宿命なる一投……とくとその目に焼き付けるがいい……ッ!!」
要所要所で何者かが乗り移るかのような野郎の言葉は、その意味は不明なれど有無を言わせない力はあるな……でももう「砲丸」であることを包むことすらしなくなったよね……そういうところはスルーするよね……
が、五キロのコメ、と想像するとしっくりくるかもだが、結構な重量のその球を、野郎はその、ままならねえだろう全身を激しく震えさせながらも左手いっぽんで、右手側の「腕坂」に移そうと必死こいてる。
なんだろうな、これは。
言いたい事は山ほど、と思ったが、それももうどうでもいいような、まったく意に介さないだろうな的な、わけわからねえ時空間だけが展開しておる……
が、ただ見届けるだけだ、と自然にそう思えた俺は、野郎の挙動にのみ視界に入れている。野郎マキシマムであろう最重量球……そいつがあの向こうに見える堅牢なる牙城を崩せるか、勝負はそれだけに絞られたように思えた。長かった戦いもこれでどうあれ終止符が打たれる……最終、いやが応にも盛り上がっちまった内心を深い呼吸で押し留め、俺はただ最後の投球を見守る……が、
刹那、だった……
「あ」
野郎のここに来て初めてと思われる飾りの無い素の「あ」が、静まりきった空間に予想以上に反響していく。
と同時にその震える左掌から意図せず取り落とされた緑球が、奴の投げ出された左脚の膝上付近でいやなくぐもった音を放ちつつ結構めり込んでからバウンドし、床板にゴドムと落ちるとそのままゴロゴロゴロと力無く左方向によれつつ転がっていく……
寄せて返す波のようにその場の全員に襲い掛かってきた嫌な静寂空気や、その、鈍器で打擲されたレベルの痛みで叫び声を上げたいであろう衝動を、野郎は下唇を噛み締めながら、よく耐えたとは思う。が、それだけではどうとも補えないような、砂丘の砂が如くに、居合わせた全員の精神の掌からこぼれ落ちた何かが、この体育館の床に降り積もっていくようであり。
「あ、ええと、
が、そんな、並の神経の持ち主ならばいたたまれずにコケ倒れ伏してしまうだろう空間の中を、少し呆けた感じながらも、天使の裁決は静かに、そしておそらく正確に行われたわけで。瞬間、息を詰めていたように思われる
期せずして拍手なんかも打ち鳴らされていくこの空間の中で、俺は居心地の良さと悪さとを同時に感じるといったような、よく分からねえ精神の半笑い、みたいな状態で佇んでいた、いまだ自分のスローイングボックスの中で。
時間にして一時間も経ってねえだろう。引きずり込まれたんだか自ら分け入っていったのかは最早判別することも出来なくなっていたが、妙な清々しさの中に確かに俺はいた。
「……」
そんな中、相方は呆然と突っ立ったままだが、それと相対していた天使の慄きに、そのツラがえらいことになっているんだろうことは推測できた。
とにもかくにも終局。俺の望んでも無かった初体験は、このようにして為されたわけであって。
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