Jitoh-17:収束タイ!(あるいは、にゃにゃにゃんと/チルコラツィお姉さんグイにゃ)


 だが、遠くから窺う限りでも、ジトーの容態は何と言うかフカシっぽくは無く、そもそもそのような演技をしたところでどうともならない局面であるわけで、さらにはそのような演技派であったらそもそも今頃純然たるレクリエーションとしてのボッチャを他大の女子大生たちとキャッキャウフフしながら終えて、あれ昼どこで食ってく? 良かったら駅裏の隠れカジュアルフレンチ名店とか知ってるけどどう? 的な会話を適度にほぐれた場のテンションに乗じて持って行くことも可能だったはずだ……うん、まあ色々と鉄腕の野郎には言いたいことは山ほどあるが、これ以上関わるのも何だかよろしくないような怪しい空気も先ほどからずっと立ち込め立ち昇っておることだしまあ……


 潮時だ。


 どう考えても今の盤面をひっくり返せるとは思えなかったし、さらにはJ腕の損傷があっちゃあ、より望むべきも無し。


エビノ氏のことは悔やんでも悔やみきれないが、あそこまで吹っ掛けちまった手前、去り際こそ鮮やかに、だろうぜ。ま、割と俺もこの諸々全てが楽しかったと言えなくもねえし、いい休日だったと、そう思おう。


 しかしジトーのこの痛がりようは、ひょっとすると医者行かねえとかもだな……土曜の午後かやってっかなそれより帰りは俺が軽トラ運転かよ免許持って来てたよな……とか、シメな感じで俺がとりあえず相方の元へ赴いて、その様子を確認しようとした。


 刹那、だった……


「で、出ては駄目ですぞ……ナカイくん」


 うずくまり右肘を抱え込むようにして押さえていた角刈りからそのような俺を制する押し殺したかのような言葉が。どうしたってんだよ、早いとこずらかって休日診療のとこでも探そうぜ、といった感じでやはりそちらに向けて一歩踏み出そうとしたところで、「出ては駄目」の意味に思い至って足を止める。こいつまさか。


「ま……まだ、試合は終わっていないのですからな……それまで選手一同、自分のスローイングボックスから一歩も出てはいかんのですぞぉぉ……」


 まだやるっつうのかよ。まさかだろ。変な脂汗浮かせて何言ってんだ。


「ジ」

「ナカイくんッ!! 貴殿はどう感じましたかなッ!! この聖なる戦いを通してッ!!」


 安定のいつも通りの会話の噛み合わなさは、俺に諦観以上の何かを突きつけてくるようで。


「……何が言いてえんだよ」

「愚問ッ!! この全力勝負に、わっしは今、心震わせられてるのですぞぉッ!!」


 やっぱり噛み合わねえ。いや、噛み合わねえように俺が仕向けているだけかも知れねえが。傍らでは耳障りな空気音が、そんな俺らの様子を面白がるようにして小刻みに漏れ聞こえてきてやがんぞてめえら頭うかされてんじゃねえのか……?


 じゃ、気の済むまでやったらいいじゃねえか、と殊更自分の内に起きている波に乗らないように乗らないようにしてそんな言葉を繰り出すくらいが限界の俺だったが、言うてうかされてんのは一緒かよ。


 何でもありの無法勝負と化したこの戦いではあったが、それはそれで痛快さ、みてえのを感じている俺がいる。思えばいつもいつも世の中はうまく立ち回った者だけに微笑む仕組みだよな……だが常に考えを張り巡らし、最善を尽くすのが「無法」だっつうんなら、法とか規則とかの方が甘っちょろいんだろう。


 面白えよ。もう隠しきることも出来ねえくらいに、面白えんだよ……分かってる。でありゃもう最後まで見届けてやるぜ。俺の勝ちはもう無いだろうが、あと一球ずつ手球の残っているおめえと鉄腕の投擲を、とくと見ててやるぜ。


 絶望的な窮地だが、まだ絶対に決定したわけじゃあねえ。全力を使って、覆してやれよ、何ならよう……ま、それと一応相方としてのよしみだ。ちょっとした情報エールでも送っといてやる。


「……左手の握力はまだあるんだよな?」


 が、あまりに露骨なのも憚られた俺は、そんな疑問を呈するだけに留めるが。が、伝わってくれたら、まだあるのかもな。


「……!!」


 ……勝ちの目が。


 はたして、結構な痛みが持続しているだろう相方の顔に、いつもの意味不明な笑みが浮かんでくるが。いやぁ……意思疎通出来た試し今まで無えしな……ま、もう悔いなくやってくれや……と、


「あ、青、投擲できますか?」


 右腕をだらりと下げたまま、ふらりと立ち上がった左手にボールを掴んだ相方に対し、審判天使ジャッジエンジェルからそのような気遣いの言葉がかかる。おお、こいつぁもう引くわけにはいかねえなあ……とか思ってたら、脂汗にまみれた巨顔が思い切り引き攣れたように見えたが、それがお前の笑みだったね……さらに、


「無論でござるよエビノ殿……そ、そそそれよりも食事の後は、ど、どこで二時間ばかし食休みがよろしいですかな? ほホテル? 旅館?」


 いやブレねえな……ヒィィ、と思い切り引いた天使の顔筋の引き攣れ方も大概ではあったが、それがさらに奴の至極嗜虐なヤる気スイッチを長押ししたようで。


 ふいとこちらに巨顔を向けてきた中の、ギラついてはいるが何か揺るがなさそうな目に焦点が合ってしまうが。笑ってんのか? 軽く頷かれる。そして、


「フオオオオオオオオオオオ……ッ!!」


 かつてない甲高い雄叫びが、場の正面に向き直った角刈りから、この体育館全域に打ち広がるようにして伝播していく。痛みを堪えてるんだかいきみ流してるんだかそれは分からなかったが、もう投球姿勢を保つこともしんどいんだろう、身体の力が抜けた素立ちの体勢でただなす術も無く立ち尽くしているかのように見えたが。


「……フヌウウウウウウウウウウウウウウッ!!」


 こちらから見えるその野太い左腕にだけは、振り絞った渾身の力が込められていくのが見て取れた。そして俺の「策」がうまく伝わってくれただろうことも分かった。


 その手の中で、握りしめられた青球が悲鳴のような、何かが裂けるような音を発したと思った瞬間、


「……」


 まったく力が入って無さそうな、誰かに何かを投げ渡すような、腕だけを使った下手投げにて、


「……!!」


 ぽーん、といった感じで、J郎から放たれたそれは空中に弧を描いたわけで。利き腕じゃない方にて即席で出来るだけ正確に投げようと思ったらそれが最適解かもなあ……俺の目にその軌道は、陳腐な言い方をすれば会心発/勝利経由/栄光への架け橋のように映った。


<!!>


 流石の鉄腕も、ぐ、と喉奥を鳴らしたように聴こえた。馬鹿握力でひしゃげた最後の青球は、まるで流水のさなかを流れ泳ぐ青い白玉しらたまのように、あるいは血流内を行き過ぎる青い赤血球のように、澱みなく、迷いなく、狂いなく。


 ……緑球に四方を固められて接近ままならねえと思われた白球の頭上真上から、静かに吸い込まれるように落下していくと、ぽす、といった柔らかな感じで帽子をかぶせるかのように。


 的球ジャックの上に、鎮座していったわけで。

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