Jitoh-16:殲滅タイ!(あるいは、デフィニティーヴォ/乱調ランチォ)


<緑、投球願います>


 球間距離を端末にて測り終えた天使の軽やかながら凛々しきその声が、天上より振り落ちてくる栄光へのカウントダウンのように聴こえた。が、それとハモるかのようにして響いてきたのは、下天よりウジ沸いてくる破滅へのカウントダウンでもあったわけで。


「ひきしゅぅぅぅぅ……ッ!! きぃぃぃぃはぁぁぁぁあああああ……ッ」


 世にも奇妙な金属臭が臭ってこんばかりの金属音は、まあ言うまでも無く次の投擲者より漏れ響いて来ているが、何と言うか、渾身さが今まで以上だね、まあ気合いくらいは入れるよね、まあでもどれだけ気合い入れてもそれは無為に帰すんだろうけどね……みたいにまだ余裕を保っていた俺はそんな風な達観視線を緩やかに右隣の御仁へと移していったのだが。


「ぐっぷぉぉぉおおおおおお……ッ!! つらはぁぁぁぁあああああ……ッ」


 野郎がこれまで通りに左手で掲げ持った緑球を、目の前をじれるような動作にて、自身の右側にゆるゆると移動させている絵面には既視感があったものの、その掌の上に鎮座している球の質感が初見なのだが。


 野郎の声質とどっこいどっこいの金属質を帯びたテカりを、その上から申し訳程度に塗ったのであろう緑色のムラある塗料が隠しきれてねえよ……そして見るからに重量が尋常じゃ無さそうだよ何だよそれァ……


「こ、これがオレの『決め球』よぉぉぉぉ……り、リハビリにも用いているものをここ一番でもりゅ、流用しようという極めてエコなる最終奥義でもある……!!」


 いやぁ……お前よぉ、さっきその口でさんざか「神聖」「神聖」のたまってなかったか? 何でもありか。


「……こ、この重さのコイツを、オレがこちらの勾配具ランプにう、移せたのならば、おのずと勝利は近づくだろう……だが!! 取り落としでもしたらそこで試合終了だ……クク、どうだ、これがボッチャの……いやさ『デフィニティ=ボッチャ』の醍醐味真髄よぉ……ッ!!」


 そういう勝負じゃなかったような気もするけどよぉ……そしてだいぶダンディーから意味不明なキャラに変貌してきたな……さらに何か聞き慣れない単語が飛び出してきたぞ本当に大丈夫かェ……と、


「ふ……やはり諸刃よぉ……この切り札はッ……このオレの弱り切った腕の筋肉繊維一本いっぽんを苛んでくるようだ……ッ!! だがこいつを乗り切った時ッ!! つまりはこの『六ポンド』イコール『二・七二一キロ』のッ!! 図らずも中学女子用の砲丸と同じ重量であるところのこの『球』を勾配具にセット出来た時ッ!! ……オレの不落の城塞は……完成するのだッ……!!」


 何だろう、間違った熱血が表出しておるよな……それに「図らずも」言うたが、正にそれだなそれなんだよな? つまるところ中学女子用砲丸をただ雑に緑に塗っただけの奴だよなそのお前が今掲げている代物はよぉ……


「……ッこれが、我が非力をカバーする究極のぉぉぉぉッ!! 『重力緑林檎落下弾メラ=ニュートニオ=ブレー』だッ!!」


 震えが極限まで達したかのように見えた野郎の左掌は、それでも必死の謎力をもってして、緩慢だが確実に、既に軌道が微調整されたチタン色の「腕坂」のレールに、いま、その掌の上の緑の金属球を乗せていく……ッ!! ここに来ての何故かの謎技名が館内の温度をやや冷やしめたと感じる間も無く、射出は始まった。


「!!」


 と、見た目通りやっぱりの重量感をもって掌から落下した「球」は一度金属レールの上で重たげに弾むと、それで弾みをつけたかのようにゴロゴロと正にゴロゴロ音を響かせながら、レールの継ぎ目継ぎ目では電車の車輪が奏でるような正にのガタゴト音を発しながら加速していき、


 ヤ、ヤメローッという俺の悲痛な叫びは無論置き去りにしつつ、


 床面に静かに着地してからはゴーッというやっぱりお前金属製だろ、とはっきり分かるような音を発しながら、そんな、真顔で見守るしかない俺やギャラリーの腐ったようなええ……という溜め息の中をも物ともせず、


 真っすぐに、ただ真っすぐに転がっていく……!! 目指すところはやはり、というかそこしか無いのだが、


「……!!」


 白球、およびその少し左に位置する青球、そして右側に接している赤球ふたつ。密集したそこ目掛けて、獰猛な唸り声を上げながら緑球は突進していき、


「!!」


 案の定って欲しくなかったが案の定、結構な衝撃をもって白球の懐に正面から飛び込んでいくと、いやがる(ように見えた)球らの隙間を強引に割広げるかのように、周りの緑スティック球をたわませ震えさせながも何とか受け止められつつ、


 その間に少し手前側に在った青球を苦も無く弾き飛ばし、緑スティックの堅城内にいた俺の赤球ふたつも、押し出し押し潰すようにしてスポポンと宙へと弾き飛ばしていたのだったェ……


 これは、無い。これは無えだろうがよぉぉぉぉ……


 これ以上は無い唖然空間の中を、野郎ひとりのしてやったりの鼻息がひとつ響き渡る。いやでも逆に凄えわ。ここまで掌を返せる奴を知らねえし、周囲の目を皆目気にしない頑強メンタルの奴をも初めて見たわ……


 しかし当の本人は本当に虫の息のようだ。マツムシ科の何かのようなロロロロ……みたいな奇怪な呼吸音を力無く立てながら、今までに無い以上に車椅子のシートに一体化せんばかりにもたれ伏しておる……そのまま溶けて流れ落ちていきそうなほどに……うぅん……このクソ根性だけは見上げたもんだか見下げはてたもんだか……


 その、何とも言えない蔓延空気を斬り裂くように。


「……!!」


 フオオオオオ……という不穏な気合い声がさらに右奥方向から聴こえてきた。J五郎……ッ!! まだこいつのやる気は果ててねえ……


 スローイングボックスの中で、その投手というよりは保守的な捕手といった佇まいの大柄な背中をこちらに向けながら、だが俺はそのつなぎに包まれた立ち姿が、熱気巻くマウンドの上で二死満塁の場面でただ目の前の打者を打ち取ることだけに全神経を集中させている高校球児のようにも見えた。


 が、局面は最悪。的球ジャック周り十二時・三時・六時方向を三つの性悪吸着スティック緑球が固め、今の今までは開門していた唯一の狙いどころ九時方向には、悪辣な超重量球が塞いでしまった。


 いくらSJBBと言えど、例え上空から超速で一撃を与えたとしても、緑球を揺るがすことも、白球を弾き出すことも不可能に思えた。それでもJの気合いは高まっていくばかりのようで。


 いや、やる前から諦めるっつうのは無いな。どうにも出来そうもない局面ってのはいつも結構頻繁に突きつけられてきただろうが。そこからいちいち諦めたり逃げたりは無い。いい加減無いと悟れ。そうだなこいつの姿勢の方が正しいぜ。ならあと二球、存分に……


 ぶちかませ。


 俺は心の中で、癪だがそうエールみたいなのを送ってみてやる。その直後で、ガラにも無え、と無理やり苦笑しようとした、


 その、刹那、だった……


 思い切りよく振りかぶり、これ以上は無いというくらいにスムースな体重移動を見せたジトーの右腕が絶妙のしなりをもってして青球を撃ち出していく……


 その途中で、


「あぎょおおおおおおおおおッ!!」


 巨顔がぴしりと歪んだかと思ったら、そんな聞いたことないくらいの金切り胴間声が響き渡ったのであり。そして、


 ぎぃぃぃぃぃぃ……との呻き声を上げてうずくまる大柄。その眼前あたりに今しがた投げ放ったはずの青球は力無く転がって止まってしまったわけで。


「あ、ああッ、内側側副靭帯がぁぁぁぁぁぁあッ!!」


 続いて漏れ出てくるのはそんな、相当な痛みっぽいが、切羽詰まってそうな割には詳細名称がよく出て来たな……というような息も絶え絶えな叫びであったのだが。

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