Jitoh-15:決然タイ!(あるいは、遊星からの/構造一途ドミナンツァ)


 第五投目。手番はまたも俺。盤面もさっきと同じような白球周りに緑と青の球。うぅんデジャヴ……


 だが先ほどとは異なることがある。涼しい顔にて俺の投球を睥睨しようと各々佇む他の二人が、俺の純粋なる「敵」だという事がまごうことなく判明したということだ……この戦いの初っ端から、いやもっと言うとひと目会ったその日から、J志郎も鉄腕も薄々とは言わず噴霧濃度高めに臭わせて来てはいたものの、こうまでの突きつけをされるとは思わなかったよ……


 純粋なる怒りが、俺を凪ぎらせていきおる……


 もぁう、分かった。覚悟が足りていなかったのは俺の方だったよ……


 こうなりゃ絶対にこの勝負をものにして、さらにはエビノ氏もモノにして、こいつらにあることないことの武勇冒険譚を吹き込ましさらして大脳の妄想野を嫉妬熱で炎上焦熱させてやるぅぅぅ……ッ!!


 平静と劣情の間を彷徨うかのような思考の俺は、しかして次の投球のことだけは真剣に考えてはいた。


 的球ジャックの正に四方は邪魔な青緑の四つ球に包み囲われているのは先ほどから一見変わらず。だがJの青球は先ほどよりもバックスピン分、囲いの内部へ、つまり白球に寄り添うようにして最も接近している。一方、鉄腕の野郎が放った緑のイカサマ吸着スティックボールは、その名の通りその場に貼り付いたように動かなくなっていたが、白球へはどれも接してはいないようだ。すなわち現在最も近いのが青球、次いで緑のどれか、ということになる。そしてさらにつまりは白球を動かさない限り、緑球が今以上の距離に近づくことは無いと言える。さて、


 辛酸舐めさせられたこのにっくき「スティック」らめを逆に利用して、俺が「勝ちの布陣」を築くことは出来ねえか……?


 俺が仮に次の投球で、白球に接する会心打を放てたとしよう。だがそれを残る二人は全力で弾き飛ばそうとしてくるはずだ。常に俺が「先手」となりそうなこの状況の中、単に「いちばん白球に接近させる」だけじゃあ駄目だ。だから……


「……」


 腰を直角に曲げ、投球姿勢へ。呼吸を落ち着けてもう一度狙いを確認する。「緑球」の堅牢なる守り。それをかいくぐる一打が放てたのならば。


 ……今度は緑球それら赤球おれを守ってくれる防護壁になってくれるはずだ。


 あくまで柔らかく、赤球を転がし投げる。真っすぐ、真っすぐいってくれ、ここ一球……ッ!!


 俺の祈りが通じた。のか、この上ない直線軌道を進み行った我が球は、四つ球が密集している一角向け迷いなく転がっていく。が、


<……臆したか? 随分手前で止まってしまうぞ?>


 右隣で鉄腕の、嘲るというよりかは残念そうなニュアンス含みの言葉が漏れ出てくるが。野郎の推察通り、赤球は目指す四つ球方向は方向へと進んでいったが、如何せんショート……見た目だが十五センチほど白球まで距離を余しちまった。ぐっ、野郎の言う通り、ここいちばんで手が縮こまっちまったようだぜ……


 ……何つって。なわけねえだろうが。


「……『二連続』で投げるために敢えてそこで止めた……ひとつだけだと簡単に排除されちまうだろうが、どっこい二つならどうかな……? それにてめえの撒いた『吸着』にッ!! 守られるのは白球だけじゃねえってことを見せてやるぜぇっ」


 これが最後の投球。本当のここ一番ッ!! おおおおジトーよ俺に乗り移れぇぇぇぇ……


 と、気合いを放ったはずなのに何故か本当に気色悪いじんめり湿った毛羽立つ薄い毛布みたいなものに背後から抱きつかれたような悪寒が俺を襲う。あ、本当に乗り移らんでもおk……みたいにそれを振り払うかのように、それでもそのおかげで余計な力が肩から抜けてくれた俺の、最初で最後のオーバースロー姿勢からのエセ豪球が、


「……!!」


 ストレートに今しがた投げ放ったばかりの手前赤球に吸い込まれるようにしてぶち当たる。縦回転を与えた豪球は、衝突した赤球を奥面へと押し弾き、自身も回転を宿したままぽんと接地すると、その後を追うようにして力無く転がっていく。


 白球と、緑球の隙間へと。


 うまく行ってくれた。うまく、はまってくれた……


 状況としては、白球と、その六時方向に吸着していた緑球のひとつとの間に入り込むように赤球がひとつ、その後ろについていくような格好でもうひとつの赤球。その左辺りに少し白球から離すことが出来た青球と。


 ……これ以上は望めねえくらいの結果と相成ってくれた。


 ここで試合が終われば大逆転勝利。だが、Jにも鉄腕にも二球ずつが残されている。それら追撃をかいくぐれるかに俺の勝利は託された。これ以降は何も文字通り手が出せねえ俺だが、


「……」


 いつの間にか盤面を取り囲むかのように集まっていたギャラリーたちが発する、周囲をただよう感嘆含みめいた溜め息に、俺は内心拳を握る。


 四方を囲まれた鉄壁布陣の中に、俺の赤球のひとつはがっちりと入り込んでいる。死角は無え。この事はイコール鉄腕の奴の「転がす球」によっては、直に俺の最接近した赤球に働きかけることは出来ねえってことに繋がる。


 野郎の手は封じた。残るは上空からの剛球をブチ当ててくるだろうJの字だが……


 緑の吸着スティッキー力ってのは反則気味に強力だぜ? 緑に接するくらいの位置でその影に隠れている赤球に当てることは困難だろうし、当てたところでその背後にも白、および緑が根を張っている。この堅城から赤や白を転げ出させるのはまず無理なはずだ。


 勝った……さんざか俺をコケにしてくれたが、ふふ、最後に勝つのは智略突っ走り抜ける者……どうれ、後は敗者どもの消化ボールの挙動でも見て楽しむとするかね……


 壮年のイメージと人格が、勝利を確信した俺に宿っていくのは何故だかは意味は分からなかったが、これで終局だっ。


 そうガラにも無く力んだ、その、


 正にの刹那、なのであった……

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