Jitoh-20:瓦解タイ!(あるいは、取るもの/捨てるもの/ヴァリトリステッツァ)
「私も、ナカイさんの投球センス、結構凄いものがあるなって……間近で見てたら特に。え、ここ通すの? ってとこにもするっと入れてくる、みたいに……」
酔うと饒舌になるのか、ボッチャ語りとなると一家言あるのか、おそらくはその両方かと思われるが、エビノ氏は赤さが増してきた顔で目をとろんとさせながら上機嫌でそんなことを言ってくれるわけだが。
・弱いのに酒好きの女はYP+10%
うむ……何と言うかの大物がヒットした手ごたえは俺の中でまだ続いておる……脳内録音機を作動させてその喧噪の中でも可憐に響く「入れて」の単語だけを切り出して保存しておくことを忘れずに行ってのち、
「真っすぐ投げるってことだけを意識してた。力加減は初めは掴めなかったけどよ」
ひとまず殊勝モードにて当たり障りの無いボッチャ周りの会話を進めることにしたのだが、
「あの投球姿勢もサマになっとったけどなぁ……なんかスポーツやってたん?」
食い気味に来たのは、左隣のエセ上方(出身は静岡とのこと)アンバランスエロねーちゃん……
・自らを下の名前で呼ばそうとしてくる女はYP+10%~-70%(度外れた自己顕示欲権化の場合アリ)
・自分から体に触れてくる女はYP+25%
どう考えてもよほどの事が無い限り行けそうな……となると欲が吹き出してきてしまうのが俺の悪い癖というか、海綿体が一個体の行動全てを完全支配しているこの適齢期の
刹那、だった……
<折り入って、頼みたいことがあるのだが。このあと時間はあるかね? 静かな場所で二人きりで話がしたい>
埒外の喰いつきは、俺の左斜めから放たれてきたのだが。きゃーゴカセさん行くー、とか面白半分でエビノ氏は煽ってくるのだけどそいつの目見てみ? それにあの機械の腕使われたら力では敵わないのだよ?
<いや……唐突に過ぎたかな。要件は、『デフィニティボッチャ』の大会に、私と一緒に出場してくれないかということなんだが>
じゃあまずそう言え。何となく俺と国富の距離感を睥睨してやがったろ、その上で俺のエビノ氏へのアプローチも牽制しつつあるなてめえの
海綿体からの至上命令を受けた我が大脳中枢の深部に屹立するヤリモク独身寮の住人101から205までの全員が総出で現状況を把握し本体に最適な対応を取らせるべく八面六臂している真っただ中だったが、何か聞き逃したぞ?
「デフィニティボッチャ」?
<……簡単に言うとボッチャの
つまりはお前が今日やっていた反則技が容認される競技ってことだよな? いやあれまだ秩序保ててたんは誰のおかげと思ってんだ。
<無論参加は誰でも可。障害者・健常者の如何を問わず、『三名』のチームを組んでの団体戦となる。キサマとあちらの……
いや急な話だぜ……今日会ったばかりだろうが。それに俺らは不純な目的で参加した不埒者コンビだろうが。何だっつうんだよ。何かこの強引さ……鼻についてきた。
<運命。それを感じた。この出会い、それこそが天啓>
いやぁ、台詞感バリバリなんだがこれ怪しい勧誘とかじゃねえの……一個十二万とかする幸運の
「……ゴカセさんは、ずっと探してたんです。自分の『相棒』となれる人を。ですよね?」
不信感を隠そうともせずひたすらビールを喉奥に流し込むだけの無言の俺を見かねてか、エビノ氏がそんな助け舟的な言葉をこの不穏な場に流してくれるが。
<……キサマのような健常者には分からんかも知れんが、我らがやれることというのは限られている……その限られた中で、機を、掴みたいん>
「わからねえーなぁ」
野郎の言葉を遮るように、殊更不機嫌で小馬鹿にしたような声が俺の口から、結構なでかさをもって漏れ出てしまう。やばい、と思った時はもう遅かった。個室のざわめきが瞬時に引いていくのを感じる。Jェラルド君だけは上機嫌そうな声で一方的な会話を続けているようだが、そういうところに俺は今まで救われていたとこもあったのかも知れねえ。が、
「……勝手に話を進めてくれっけどよぉぉ、簡単にOKすると思ったか? ひょっとして自分が障害者だから周りはある程度、自分の欲求に素直に従ってくれるだろみたいな傲岸な考えをお持ちとかじゃあねえよなぁぁぁぁああ」
やめろ。なんで俺はいつもこう……
<違う。わたしはあくまで……>
鉄腕が珍しく慌てたような口調(掌の動きの雰囲気だが)でそう否定してこようとするが、もう駄目だった。
「『健常者』『健常者』ってよぉ……ひとからげにまとめて見下してるような言い方やめてくれねえかな……障害背負ってたらそれだけで健気で立派か? 持病自慢の年寄り連中とかよぉ、メンヘラぶった自己愛の塊みたいな連中とかとよぉ、大差ねえ認識なんだよいやそれ未満に興味が毛ほども無えんだ、こっちはよ」
言葉が……止まらねえ、誰か止めてくれ、ジトー……ようやく場の異常に気付いたのか、隣のテーブルの箸入れとかグラスとかをひっくり返しながら大柄がこちらに向かってくるのを視界の端で捉えてはいるが、俺はずっと鉄腕の動きを止めた顔面を睨みつけているだけだ。
ナカイくんナカイくん、ちょっとお酒が回ってしまったようですなあ、ここはひとつトトトイレにでも参りましょうぞぉ……との、お前そんなフォローに回れるんだね……とかいう驚きでは、身体の奥底からぼこりと沸いてきていた感情を、言葉を、止めることは、出来なかったわけで。刹那、喉奥から込み上げてきたものを反吐のようにぶちまけてしまう俺がただ冷え切った場の中央にいたわけで。
「……五体満足だからってよぉ、どうともままならねえ事しかねえんだよッ!! 家庭も学校も……世の中も……ッ!! だからよぉ……だから恵まれた障害者風情が調子くれてんじゃねえっつってんだッ!!」
やっちまった。俺は最悪だ。何でこうなっちまったんだろう。何でいつもこうなんだくそが。
完全に静寂が包む場からよろよろと立ち上がると、目が合っちまった国富からは戸惑いを、正面の天使からは何か言いたそうで押し殺している哀しみの視線を浴びちまっていよいよいたたまれねえ。卓から無言で離れ、おどおどとしている巨体の胸板に剥き身でジャージのポケットに突っ込んでいた一万を押し付けると、勘定済ましといてくれ俺は消える、と言い残しその場を何とか去ることが出来たは出来た。
胸の奥に、鉄腕がさっきの試合の最後に取り落とした緑の砲丸をずしり吞み込んだような気分のまま、陽の光ばかりが目にうるさい外へと力無く歩き出すことだけは出来た。
それくらいしか、出来なかった。
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