Jitoh-06:焦熱タイ!(あるいは、ネゴシァトーレ!根越くん)
<キサマらとお遊びをやるつもりは、無い>
乾坤一擲の(と思われる)切り出し方をカマしてくれた相方に、こうなりゃ何もやらないよりはやって場をどうにかこうにかしようとした俺だったが、どっこいやっぱり拒絶以外の二文字はこの場には似合わねえよな……そして消極的な「排除」の空気も立ち込めてきやがっている……体育館のそこかしこではもはや俺らに意識を向けない感じで、赤青のボールを転がす練習を始めていたりしているわで。それを力無く俯瞰の目つきで眺めながら立ち昇る埃に正中しかけの陽光が当たって煌き綺麗だな、とか思っている場合では勿論なかった。
ここで引いては何のために此処くんだりまで赴いたかが分からんくなってしまうじゃあねえか。貫くならば、貫く。それが例え「不純」の二文字であろうともォォ……とかよう分からん気合いのようなものに意識を捉われていく俺は、これは世間一般で言うところのひとめぼれという奴なのだろうかとか、平凡日常を、加えて平常なる俺を根こそぎかっさらうかのような、妙な高揚感に包まれている。
そしてそんな俺の眼前にて、
「……ふふふ何と!! 逃げるのですかな? 神聖なだのとのたまっておられましたが、開かれない門戸に普遍性はございませんぞよなぁ……」
後押ししてくれるような展開が炸裂していた……ッ!! これが、これがあの、良さげな空気感をことごとく瘴気のような言葉で侵し尽くしていた角刈りの言葉かよ……もちろん空気を読まないことにかけてはこの上無いことは変わらなかったものの、今そのマイナスは見事にプラスに転じておる……無意識なのではあろうが(そしてそのゆえ恐ろしいは恐ろしいのだが)、この煽りスキルはハンパねえ……心なしかそのどでかい背中が頼もしく見えるほどであるものの、その巨顔は見ずとも鼻っ柱に思わず拳を撃ち込みたくなるほどの小憎らしさなんだろうぜこれは絶対スルーなんか出来るはずがねえ……
案の定、
<はっはぁ!! これはこれは身の程をわきまえない輩というのはこうまで滑稽なものだとは……惨敗の屈辱に塗れて這いつくばりたいという健常者とは名ばかりの常ならむ特殊性癖の御仁とお見受けするが、こちらはそこまで暇でもないのでねえ……残念だが去りたまえよ?>
「おやおやぁ? この神聖なる場はボッチャのレクリエーションの場とお見受けしましたがね? そしてその存在意義たるやその魅力を完膚なきまでに伝えることこそと思われますがねぇ……? そう、私らのような舐め切った輩にこそ、がつんと四の五の言わせないほどの圧倒力を持った、全世界での競技人口が四千万人を超えるパラリンピックとオリンピックのまさに架け橋となろうとしている、この地球上の重力を共有せし全ての人類に平等に開かれた、神が作り与え給うた究極の競技と私が認識していたのはいやはや、買いかぶりだったのでしょうかな……?」
壮年同士の音波による面罵殴り合いという、あまり見た事の無い見たくも無い場に居合わせてしまったようだが、網膜上で展開しているのは、片やくずおれるようにして車椅子に貼り付くようにして座るしゃれこうべをCGにより復元途中のようなガリガリで全身の体毛がほぼ残っていない年齢不詳のおそらくそこまで年はいってねえんじゃねえかとも思い始めて来た輩と、片や頑健な肉体をつなぎの作業着にぱっつり包んだ健康は健康そうだがその常に眼輪筋に力が入っていそうな何事にも眼前のことに夢中になってしまうようなそんな赤子のようなメンタルが内包されていそうな目つきでその器とのギャップに根源的な恐怖を揺さぶってくるかのような角刈りかつ油断すると一本眉プラスぶあつく捲れた唇を有する輩のやり取りなのであって、アテレコの不備があったのかと一瞬脳が困惑するレベルの絵面である。が、試験管を洗うブラシのような髪質をした方の奴が徐々にてめえのフィールドに相手を巻き込み引きずり入れていることは脊髄辺りに感覚として伝わってきていた。
こいつ……追い詰められた瞬間から脳内アクセスが光の速度を超えるとでもいうのか……? はたして。
<フン……口車に乗ってやろう。キサマのような輩に語られるほどこの競技は安くはないが、そういった不届き者にこそ啓蒙することに意味があるのやも知れんしな……>
外連味たっぷりでおそらくのたまっていて気持ちが良いだろう台詞的な返答を引き出しやがった……相手に拳を振り上げさせておいて、実は自分にとって最も都合のいい落としどころに誘導しつつあくまで相手に自発的に落着させたと思わせる手管……こいつは意外にもクレーマー対応に秀でているのかも知れん……よし。
「……今までの無礼は謝罪するぜ。そしてやるからには本気で臨まないと意味はねえよな……?」
であれば、俺もここで傍観者でいるわけにはいかねえ。ここは吹っ掛けるフェイズと、俺の全細胞が囁きかけてきている……傍らであわあわとコトの成り行きをどうともしようがないけれど見守ってはくれている車椅子の美麗令嬢に一瞬目線をやり、俺は決意を改める。
「試合形式はッ!! 俺とコイツとあんたの『三つ巴戦』を要求するッ!! 投擲方法は問わないフリースタイル形式でな……そして……」
高らかに、そして有無を言わさず俺は続ける。相手に疑問を抱かせる前に、それ以上の波濤でかっさらう。交渉事の鉄板基礎を繰り出せ俺!!
「勝者にはッ!! このあとエビノ氏を駅前の海鮮割烹『松月』へと食事デートに誘う権利が与えられるッ!!」
反響した俺の声の余韻が収まったと思ったら体育館内のすべての音が止まったかのようで。その中を当の本人の艶やかな唇から漏れ出たネイティブかと聞き惑うほどの完璧な「
エビノ氏……この場にて絶対的エネルギーを有する貴女という存在を存分に使わせてもらうぜ……名前を出すことではっきりこの場に引き入れることには成功した確信に俺は内心拳を握る。適齢期の男たるもの、母親の旧姓は忘れても、一度耳にした適齢期の女の名前は忘れねえんだっ。
え、いやえぇぇぇぇ……? のような困惑そのものではあるがそれでも鈴を転がすかのような古風な感じの心地よい言葉を発するエビノ氏の顔は心なしか少し紅潮しており。
「……!!」
その一事が、俺の心の海綿体にパンクせんばかりの
「いやええと!! なんですかそれ!! 勝手に巻き込まれてます私!?」
泡食う様子も可憐……と来たか……だがもう賽は振られたのだ……ッ!!
<いいだろう……フッ……というよりはその事以外に意義など皆無であったことを忘れておったわ>
ゴカセさんっ!? 「神聖」の意味を思い出してっ!! との天使の愛らしい声ですら、もうこの御仁の覚悟を揺るがせることは出来なさそうだぜ……? いまだ背もたれにしなだれかけられたままではあるが、常に弛緩していたツラの中で、横目でこちらを睥睨してくる濁った目にはいっぱしの「
あれぇ、言葉がいま無力、のような呆けた天使の言葉をさらにかき消すが如く、
「……
その身丈有り余る巨大な全身から、つなぎの繊維を一本一本毛羽立てんばかりに
とりあえず「場」は確定させた。そしてやるからには本気、それだけは俺の信条ってとこを見せてやるぜぇぇぇぇぇぁぁぁああああッ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます