Jitoh-05:剣呑タイ!(あるいは、バリュアブル/凛然/オンリーユー)


「言われなくても去るとこだぜ? 不純がどうとかよぉ、別に頭から決めつけられることでもねえけどな」


 俺ら以外静まり返りこちらの動向を遠慮がちに窺う空気が立ち込める大空間の中、何とかそんな捨て台詞的なものは吐けた。が、何となく「負け」というようなモヤり感は食道の辺りに揺蕩ってはいる。相方はもとより俺も今日来た目的は不純も不純だが、そいつを他人からさも正論とばかりにカマされるのは、何となく気に食わなかったが、もはや潮時であるしこれ以上益無しと判断して癪だか潔く踵を返す。が、


<おいおい、ここで悔しいとかも思わないとは、相当ぬるい人生を送ってるんだな、流石は健常者>


 殊更何でもない風を装って出口に向かいかけた背中に、またしてもそんな良く響く低音が。何だと? 瞬間、右のこめかみ辺りを蛇腹状のポンプを押し込んだかのように勢いよく血流が大脳方向へ上っていくのを感知した。改めて声の出どころに向けて感情を押し殺し過ぎて逆に無表情になっているだろう顔面を振り向ける。


「……煽ってんのか? 安い売り文句でよぉ」


 や、やめるタイ那加井どん、みたいな喋り方がままならなくなるほど動揺しているらしい奴がいきり返った俺の肩をむんずと掴んで押し留めようとする。そんな一気に不穏となった空気の中に響く音声は、


<だったらどうなんだ? 売ってると思うんだったら来るがいい。例え殴り合いでも受けてたつぞ? せめてものお情けで出力はキサマの歯を折らない程度には抑えてやる>


 だから何なんだよこいつ……ッ!! 等身大(っていうのかは不明だが)の妙な車椅子に張り付けられているかのように固定されている身体はただただひょろ長いだけで、だらしなく弛緩した顔からは何の覇気も感じねえが、その喉元辺りから直に出されているかのような「声」は余裕をカマした上からの物言いであったわけで。野郎……


「てめえこそ、障害者だからって遠慮されるとか思ってんじゃねえぞ? 売られた喧嘩は平等に適正価格で買うって俺は決め」


 こうまで頭に血が上ってしまうと自分でも如何ともしがたくなる性分で昔から損ばかりしてきたわけだが、ここでもそれが遺憾なく発揮されようとした、かに思えた。


 刹那、だった……


「!!」


 ひゅぼ、というような、空気を斬る音が、確かに聴こえた気がした。それはあながち間違ってはいなかったようで、俺の眼前三センチくらいの焦点の結びづらい直近までいつの間にか金属の塊のようなものが結構な風圧と共に迫っていたわけで。見えねえかった、だと……?


<次は撃ち抜かせてもらう……よってそちらも遠慮せず存分にくるがいい。顎に一発でも入ればおそらくキサマの勝ちだ>


 いや、そいつはどうやら無理そうだ。ゆっくりと元あったと思しき場所に戻っていくと言うか次弾のために引き絞られていくと言った方が良さそうなその拳大の、と言うかまさしくの「金属の拳」が、やけに正確精密に構えの姿勢を振りかぶっているよ怖ろし過ぎるよつうかこんなのあるんだね初見だよ……


 ロボットアーム、という奴だろうか。見た目は極めてチタンっぽい鈍い輝きを放つ無骨そうな「骨格」しか無えものの、その動きは非常に滑らかだ。その上でこちらの「出」を待っているかのように上下動してリズムをも刻んでいやがる。車椅子の後ろっかわにチラ見える何らかの「装置」みてえのから突き出ているが、普段は折り畳まれてでもいるのだろうか、今の今までその存在は感知出来なかった。


 つまりは完全な埒外からの一撃を鼻先寸前までカマされた。そのことの驚き半分恐怖半分みてえな衝動がようやく遅れて俺の脊椎を駆け上がってくる。いや前歯イカれへんでよかったわぁ……


 あかんあかん、もう完全にマウントは取られた。これ以上この場にとどまってもみじめさが骨の髄まで染み込んでくるだけだし、もうほうほうの体という奴で逃げるにしかずだぜ……とか、既に何ひとつリアクションすら取りたくなくなった俺がふらふらと無言で去ろうとしたちょうどそこに、


「……ゴカセさんっ」


 ……天使は、舞い降りたわけで。


「アームをそんな使い方していいって言いましたか、わたしっ!?」


 鉄腕野郎を、厳しく叱責するような声色。だがそこに秘められているのは確かな凛とした何かだ……それが俺の脳髄のどこかを甘くそして激しく震わせてきたのだが。


 はたして。


<お、おでゅでゅち、違うのでありまるがエビノ氏ぃぃッ!! こここの不埒な輩にほほほほんの少しここの流儀をレクチュアしししようと思っただけでありぃぃひぃぃぃ……>


 だらりくずおれた顔の表情は全く変わらなかったものの、それ以上に物を言うてる野郎の上向いた左手指がバグったかのようにわしゃわしゃ蠢いている。随分態度が違うじゃあねえか。だがまあ無理もねえ。


「……めですよ、めっ」


 一転、子供に諭すかのように言ってきたその声も甘く俺の心の臓辺りに響いてくる……この、何とも言えない場に進み出て来たのは、肩くらいまでのゆるっと巻いた亜麻色髪をたなびかせた、まず目に入る真っすぐに物を見ていそうな大きく輝く黒い瞳、そして整った顔立ちの中で鼻だけがやや低めだがそれが全くマイナスに働いておらず却ってその一点が画竜的な点睛なんじゃねえかと思わせるほどに凛々しさと愛らしさが同居した、そして華奢ながら出るとこは出ているといった若い、俺らとそう変わらないくらいの年齢の美しい女性であったわけで。


 いわゆる普通の、と言っていいかは分からねえが、自分でリムを回すタイプの車椅子にその細いが柔らかそうな体を預けている。目に爽やかなライトブルーのジャージを羽織り、濃いめの同系色のブランケットを座った腰に巻き付けるように掛けているが、その膨らみの無さから、両膝下辺りから先が失われているだろうことが分かった。とか無遠慮に観察している場合じゃあ全然なかった。


 すいませんねこの人すぐこうなっちゃうんで……とか上目遣いでこの俺に、俺だけにその可憐な言の葉をぽんと投げかけてきている……おいおい俺はなぜ去ろうとしていた? ここから他の何処へ行くところがあるとでも? もう何か周りの目とかはどうでもよかった。天使と共有する時空間、それこそが俺の全て……舞い降りた全能感に背中を押されるようにして一歩踏み出そうとした。


 刹那、だった……


「……いえ、我々が不躾にもいきなりこちらの御仁に勝負を申し込んでしまいましてね……こちらの流儀もわきまえず、まったくとんだ厚かましく申し訳のないことを……いやどうとも目が無いものでしてね、ボッチャというものに。ふっふ」


 俺の視界に割り込むようにカットインしてきた四角張った作業着肩の主は誰だか脊髄で把握できたものの、そのまさかのダンディ属性現出に面食らった俺は、また一歩「出」を躊躇してしまう。しかして話を合わせた方がいいのは不本意ながらこちらを振り返って合ってしまったつぶらな目と目とで瞬時に語り合えたわけであって。ここはもう、こうなってしまったらもう、


 突っ切るしか、ねえ。

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