Jitoh-04:顰蹙タイ!(あるいは、ヘイト集光/焦点にたたずむは焼熱バディ)
体育館内で反響音に身体が包まれる感覚は、何でか分からんが高揚感をそそる。しかして小学校のそれとなるとバスケゴールの低さとかステージ横に仰々しい文字で掲げられた校歌の詞なんかに共通の郷愁みたいなのを惹起されて昔は良かったな、とかも思わされてもしまうが。
「……引きの強さだけは認めてやるよ。逆に言うとそれだけのものを持ちながら今まで生かせてこれなかったことに驚きも感じるけどよぉ」
割と広い空間には既に活気が沸いていて、そこかしこで床にテープ貼って区分けしてたり、赤と青のボールを運んでいたりと賑やかだ。そしてその賑やかさの出どころが俺らと同世代と思しき若い女であるところに俺の高揚は高止まりすることを覚え得ないのであって……
せ、セックスへの第一声は如何に、とか小声に絞っているようでよく響いてしまう背後の相方ののたまいを右掌を下に向けて制しつつ、そこかしこで粛々と立ち働く若い肢体の後ろ姿に一瞥で品定めを施すと、卓上タイプの得点板らしきものとそれらを設置する
悪い、手伝いに来たんだけど責任者とかよく分かんなくてさ、と極めて軽薄そうに声を掛けながら、ああこれ運ぶの持つよ、と懐かしの小学校の教室机と思しきそれを両手で掴みつつ精一杯の顔筋を使いながらの爽やかさを前面に、しかして意味ありげな目つきでまずは相手の目を一秒は見つめる……あえてその、本命では無い方のを。
あー今電話かかってきたみたいで外行きましたけどー、との返事を引き出すことに成功。敬語ではあるが若干くだけた感じ。これはいける。本命では無い云々思ったが、いい感じの茶色のボブの下の勝気そうな目つきと、さらにその下で存在感を放つ薄い大きめの唇がアンバランスで何と言うかエロい。こちらはこちらで全然あり……そしてこの場に飽いていたのか、どこ大の人ですかー、みたいに食いついてきた。なおよし。
俺とこいつは
「……」
そこには、他者に見せるための笑みを形作ろうとして結果喜怒哀楽のどれにも当てはまらなさそうな不可解な表情を浮かべた挙句に、平常時でも繋がりそうだった両の眉毛に眉間に生じたアーチを描く皺によって橋を架けた、せっかくの掴みの手ごたえを感じていた俺に過冷却された水を滴下してこんばかりの巨顔だったが、お前は婉曲的な敵か?
しかしてこんなタイミングで内輪でぐちゃぐちゃやっていては絶対興ざめであるがゆえ、鋼の意思でそれをいなし流すと、こいつはパラスポ実技に触れるため、俺は義肢装具の何らかの勉強になればと、みたいな表向きは正しい本日の参加目的をここは正直に告げておく。もちろん蔦のように絡みついている
案の定、へえ、みたいな顔で茶髪ボブの方は勿論、無関心そうだった黒髪双丘の方もこちらとの本格的な会話に入ろうと身体をこちらへ向けて
刹那、だった……
「そそそそうでございますぞぉぅ!! そそそしてよろしければこの玉転がしが終わったあとは、わっしが愛車を転がしつつあるその助手席で二個玉を転がしてみるのもそれもまた一興ッ!! かも知れませんですなあへへへへぁぁぁぁッ!!」
俺が渾身の肘鉄をその鳩尾にまともに喰らわせてもなお、その言葉を止めることは出来なかったわけで。そして一気に温度を奪われたその場に露骨な嫌悪感だけを残し、二人組は静かに去っていった。さらには周りの人らも完全に俺らのことをいないものとして扱おうとしようとする強い意思をその背中なり視界の外からの視線にて感じるようになってしまったよこの野郎ェ……デコイあるいはスケープゴートとしては一線級のチートじみた能力かも知れねえけどそうじゃないよ、そうじゃないよここは戦場では無いのだよJJェ……
帰るぞ、駅前のボイヤスでドリンクバーくらいはおごれよな、と状況をまったく把握してなさそうなそのさらにヘイトを煽るきょとん顔に拳を撃ち込みたい衝動を抑えて出ろ出ろとその大柄を促し帰路につこうとする俺だったが、
<神聖なるボッチャによくもまあそこまで不純な感情をストレートに持ち込むことが出来たものだな>
追い打ちをかけるように、背中にそんな言葉がぶつけられる。やけにニヒルあるいはダンディな声色でよく響くな。が、言っていることはごもっともだが、改めて他人に言われるまでもねえことでもあるんだよなあ……
ここまで来たらもう怖れることは何もない。最後に嫌味な捨て台詞でも置き残して俺の腐った溜飲でも下げるべぇかとの最悪感を鼻穴から吹き付けるかのようにして振り返る。しかしそこにいたのは予想外の相手であったわけで。
「……」
車椅子だ。ガリガリに痩せた顔色の白い男がもたれるように座っている。首元がだるだるの元は白かったんだろうが今は全体的にうっすら黄ばんだ長袖のTシャツよりもその肌の色は薄そうだ。グレーのスエットのようなやつの裾からは骨と皮だけみたいな素足が突き出して足置き的なところに力無く投げ出されている。「車椅子」と言ったがその左肩に耳をつけんばかりに傾けられただらりと口を開けたどこ見てるか分からねえ顔は、決して低くはない俺の目線のほぼ同じ高さにあった。随分背の高い車椅子だな、バランス悪くねえのか?
<ボッチャを愚弄する者は、すみやかに去るがいい>
と、その左の肘掛の上に設置された真四角の台みたいなのに置かれたそいつの上を向いた手指が痙攣するかのようにせわしなく蠢いたかと思ったら、よだれかけみたいなそこだけ色彩を放ってくる派手な赤色の布を巻いた首元らへんからそのようなまたしても張りのある落ち着いた壮年のテノールが響き渡ったのだが。
なんだこいつは?
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