Jitoh-03:不穏タイ!(あるいは、出立の時/まほろばてぃっく相棒ズ)


 土曜日、十時。今日も鬱蒼森林に囲まれた我が校の敷地は適度な湿りと穏やかな陽光に包まれ、何と言うか、落ち着く清々しさではある。


 三階建ての、外壁がまだ真新しさの白、のような瑞々しさを保ったままの見ようによっては洒落た外観の建物前、きっちり区画分けされエアスクリーンまでかまされた喫煙スペースにてひとり待ち人を待つ……手持無沙汰感を出しつつ煙草を吹かしている光景は週末の朝としてはそこそこに気の利いたものであろうと思うものの、肝心のその待ち人が妙に滑らかなコーナリングをしつつ、「空色」と表現するとその娑婆浮き感というか業務用感というかが如実に伝わると思われる、さらには横腹に「時任工務店」と白いゴシック体で記されていることからこれはガチの奴だな……との思いを馳せさせるに充分十全たる、正にの軽トラックで揚々と現れたところから早くも発破仕掛けの解体がこの上なく決まった時の中層ビルのように、粋な週末感は足元から整然と終末感を匂わせつつ瓦解していくのであった……


「ぬははは、だいぶ手ほどきは受けたとはいえ、やはり実戦!! そこでの発揮が無ければ全てが無に帰すであろうですからなあ!! 今日は見守りつつ、適切な指示ディレクトをよろしく頼んますぞよ、那加井なかいくん?」


 イベント後にドライブにしけ込むという割と雰囲気で持っていけそうな作戦が廃案となり、かと言って本日くだんの「合同レク」とやらが執り行われるのが奥多摩駅向こうに位置する小学校の体育館であり、よって本学からはぐねりにぐねる山道を二キロは下らなくてはならないわけで、箱根復路の調整以外での自らの足を使っての走破は無為かつ億劫この上ないのでしぶしぶ同乗する。だいぶテンションの高まっている相方の了承を一応得てから手持ちが少なくなってきた貴重な一本に火を灯すと、開け放した窓からは心地よい湿度を含んだ風が一定のリズムで身体に当たってきていい感じではある。


 ま、正直、出会いを求めていないといったら嘘になる。こいつの琴線のどこに引っかかったのかは謎だが、自分では割ともてるのではないかとの多分に人の事は言えねえくらいの自意識自尊心もある。あまりの殺風景なキャンパス内の風景に飼い慣らされてしまったようだが、どっこい心の海綿体にはまだ通うべき血が滾っていたようだぜ……


 とは言え今日の催しは「ボッチャ」のレクリエーションだそうで、動きやすい恰好で来てくれとの指示を受けて俺は上が白、下が紺の純然たるジャージ上下であり。会場で着替えれば良かったよな……と思ったが私服にしろ碌な物が無かったことを思い出し、逆にお洒落ってことで誤魔化せねえかなあるいは必要に迫られての恰好なんだと思ってくれりゃいいな……とか詮無く考えたりもしてたが、隣の奴のいでたちが水色の作業着でございなつなぎであるところを見た途端、詮無さの波濤とでも言うべきものが俺の思考野を浸し覆って、そして俺は考えることをやめた。


「願わくばボッチャでいいところを見せて、スココンとカッ攫えれば、とかそんなとこですかな!! 何らかのイベントがあった方が盛り上がることこの上なしであるし!!」


 そのポジティブ思考を他のベクトルに向ければおのずと何らかの分野で成功してカネとかそれに付随して女とかも掴めるんじゃあねえか、とも思わなくもないが、いや言うほど簡単ではないか、みたいなことをぼんやりと考えさせられた俺は真顔で煙をふかしつつ、今日の立ち回り方に集中しようと努める。とりあえず、


「ジトーはやったことあんのかボッチャ? 最近随分流行ってる、くらいは知識としてあるけどよぉ」


 そう問うてみるが。「時任ときとう」と書いて「ジトウ」と読むのですわ、「泣く子と地頭には」の「じとう」のイントネであって、はあ、とかどうにもリアクションに困る自己紹介の返す刀で「下の名前は人志郎じんじろう……それらイニシャルをとって『JJジェージェー』というコードネームで呼ぶもありですぞよ」とかいう意味不明な提案をしてきたのに面食らわせられた俺は極めて穏当に「ジトー」と、いわゆる「次藤」のイントネーションで呼ぶことに決めていたのだが。いやそれはまあどうでもいい。問題はボッチャだ。


「障害者のスポーツとのイメージは遥か昔の認識ッ!! いまや誰もが垣根無くその深奥を探らんと老若男女の別なく興じる競技であるというのが、昨日調べた感じでありッ!! しかしてものすごく奥は深そうなれど、わっしも昔高校球児であったこともあり、球を投げることに関しては一日の長があるぞよ?」


 つっこむ取っ掛かりが一人称なのか語尾なのか定まらない語り口なのかについ迷ってしまった俺がいるが、無理につっこむ必要は無いというごく当たり前の事実に気付き、それよりもこいつラグビー畑じゃあ無かったのかよ、とかいうそっちもあまり必要は無さそうな知識をなすがままに記憶野へ差し込まれるだけなのであって。


 まあ、行ってみてやってみてで対応するしかねえ。すれ違うクルマも無いままに、ジトーと俺と、ぱんぱんにはちきれそうな何かと、既に萎んで萎え気味の何かを積んだ軽トラは目指す体育館向けて快調に山道を飛ばしていく。

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