Jitoh-07:万端タイ!(あるいは、さりげなく/説明すること/霞の如く)
「さすがは那加井どん!! よくぞあのマイナス逆境よりセクれるパーセンテージをイーブンへと持ち直したものでごわす!!」
そのマイナス場を生み出したのがてめえであることの自覚がさらさら無い相方を責める時間ももったいないので、俺はすかさず本題に入ることとする。急遽組まれた試合……「聖戦」と呼んでも過言ではなかろうその準備には十五分ほどの時間がかかるとのことで、これ幸いとそこは人任せにしていったん体育館から表にジトーとふたり連れ立って出て来たのであった。
「ボッチャについては俺より詳しそうだが、実際やったことは無いんだよな?」
聞くまでもねえことだったが、現状を把握する/させるためにも、ポジティブも度が過ぎると特に周囲にとっては害悪にしかならねぇなという新認識をなすりつけてこんばかりにウキウキを止められていない様子の相方に問うてみる。まあ俺自身も変な高揚感と得体の知れないやる気みたいなのに頭というよりは身体の方が満ちていることは否定できねえが。
と、案の定、ネットで調べた表層知識オンリーですぞ、との言葉が返ってきたところで、さあ本当の本題だ。俺はひと吸いひと吸い大事に吹かしていた紙巻きを携帯灰皿に押し付け消すと、端末の画面とその奥面に鎮座する巨顔とを同時に視野に入れつつ、これから行われる勝負について少しでも勝ちの確率を高めるための「作戦」を捻り出そうとしていく。
「公式では『1対1』『2対2』『3対3』の試合形式があるそうだ。ってのを俺も付け焼きの知識だが持っていた。なもんでおそらく相当の手練れと思われる野郎に勝とうと思うのならば、その土俵で勝負しちゃあいけねえと反射的に考えた」
何にでも言えるが、スキルや能力で上回る相手には搦め手で挑むのが常套。よって俺は先ほど「三つ巴戦」という、多分だがイレギュラーな試合形式を提案した。装うほど知らねえが、まあ「無知」を装ってだ。あくまでジトーと俺も各々が「敵」と見なしているかのように。
その事を告げると、ほうほうなるほど、と大して理解していなさそうな相槌を打たれてイラついてしまうが、時間もねえ。
「とは言え、今もこうしてつるんでんだ、向こうさんは勿論、俺らが結託して何かしらやってくることは読んでいるだろ。が、それでも構わねえ。『何かやってくるのではないか』と疑心を少しでも抱かせられれば御の字だ。でもよぉ、どうせならそのアドバンテージを生かしたいよな? だから今さっきで考えた。勝つための、方策を」
策というほどのものでは無いかも知れねえ。だがやるからにはやる主義の俺の、意地の張り方も見せてやるぜ。あとは相方の、程度は知らねえが「高校球児やっていた」という、その経験に賭ける。
「……」
約束の時間よりも早く、極めて事務的に準備が出来たことを告げに来た女子の後について、再び体育館に上る。いちばん奥側、ステージ前の一角を示されたが、されるまでもなくそこには相変わらず車椅子に全身を貼り付かせたような格好の鉄腕野郎と、この場からどうにかしてバックれられないかとしきりに逃走経路をその大きく潤んだように見える瞳を動かして探しているエビノ氏の可憐な姿がそこにはあった。
ひとまず「試合」の場を確認してみる。体育館の短辺一杯……十メートルちょっとくらいを使って縦長の長方形状に白テープで区切られたスペースは、その真ん中あたりに鈍角気味の「V」の字が走っている。「ジャックボールライン」。ボッチャというスポーツは乱暴に言っちまえば白い
さらにその手前側には畳一畳をひと回り大きくしたくらいの長方形の枠線が計六つに区画されているが、これは「スローイングボックス」という競技者各々が投擲を行う場だ。ひとりの競技者は常に割り当てられたそのひとつのボックス内で最後まで投擲を続けていく。こういう時だけ働く集中力にてボッチャの何たるかを急速に吸収しつつある俺は、そのボックスの位置によっても戦略が異なってくるんじゃねえかとか思考を進ませている。
<ルールを細かく擦り合わせていこうか……『三つ巴戦』とのたまっていたが、本来ボッチャは人数の違いはあるものの『一陣営VS一陣営』の競技だ。赤青二種類のボールをそれぞれのサイドで使用することでもそれは自明……が、今回は『三陣営』、よって私はこの特注の『
背高車椅子の左肘掛けの上で、奴の上向けた手指がまるで楽器を流麗に弾きこなしているかのように滑らかに小刻みに動いている。ことボッチャのことになると途端に饒舌にのめり込み気味で話すじゃねえか。しかも自前でそんなもんまで作って持ってるとは……自慢げに示されたが、こいつ「三つ巴」でやる場合とかもしかしたら想定してるとかじゃねえよな……であればやっぱよっぽどだぜコイツは。まあ全然構わねえどころか、そこまでガチで来てくれるってのは何と言うか、ありがてえ。こっちのやる気もさらに増すってもんだ。
俺とジトーはそれぞれ共用と思われる赤と青のカラーボールを手渡される。最初に話しかけた二人組のうちの派手エロい方だ。とっくに軽蔑とか呆れられているんだろうとか思ってたが、何かよく分からねえが意味ありげな微笑みをカマされた。いやいや、勝負はこれからだっていうのに揺さぶらんといてくれよ……
「……何球勝負にするんだ?」
専用ケースに収められた赤球を六つ受け取ったものの、通常通り、ひとり六球を受け持つってことでいいのだろうか。いや、いいか悪いかというのは勿論俺らにとって「都合がいいか悪いか」ってことなんだが。それでもそれを悟られないように俺はとりあえずそう質問めいた言葉を口にして野郎の反応を窺おうとしている。
<あまり長い間コートを占拠してもあれだ。ワンエンドでひとり六球、三名の全投擲が終了した時に最も
さらっと口にしたが、この準備時間の間に考えていたような感じだ。ってことはそれは奴の思惑通りってことにはならねえか? が、球数六個っていうのは初心者の俺らにとっては投げる回数が増えてコツみたいなのが掴めるかも知れねえし、場も不確定な要素が増えるから野郎にも読みづらい混沌に引きずりこめるかも知れねえわで、ありがたい事でもあるんじゃね? と、とりあえずは首肯しておく。それに一発勝負であれば総得点とかに頭を悩ます必要もなさそうだ。
白球に自分の球をいちばん近づける。それだけを考えて臨むだけだぜ。青い球を物珍しそうにつまんで何故か匂いを嗅いでいる相方はどうだろうか、頼りになるかは分からねえが。
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