第184話 賞信罰必
本来、城外の北20里(約8km)の地点に構えていた陣営へ帰還する手筈だったが、
軍師・宵は、帰還したばかりの
宵は
「お呼びでしょうか、軍師殿」
部屋に入って来るなり
まだ鎧兜も脱いでおらず、泥や返り血さえも拭き切れていない。
「2人とも、まずは無事に戻られて良かったです。お疲れ様でした」
「ありがとうございます。しかし、
あまり元気のない返事をする
「ほら見てください、軍師殿。あたしは斬ってきましたよ」
言いながら白い布を解き、中のものを床にゴロンと転がす。
「嫌っ!!??」
宵は悲鳴を上げてその場で跳び跳ねると同時に、急いで羽扇で視線を隠した。
「はははは! 驚き過ぎですよ、たかが敵将の首じゃないですか! 東門の
上座に座る王礼も顔を引き攣らせているのにお構いなしだ。
「わ、分かりました。とりあえずその首を片付けてください。床の血も拭いて」
「誰かー、 首を片付けて床の血を拭いて」
すると、素早く兵士が首を片付け、床の血を拭うと、宵は恐る恐る羽扇から顔を覗かせる。
「
「確認しなくていいの?」
「大丈夫です。貴女が敵将を討ち取ったのなら貴女の部下の兵士が見てるでしょうから」
「あっそ」
その態度を見た宵は、また腹をスリスリとさする。そして大きく息を吸うと襟を正して
「
「はい、『
「それだけではない筈ですが」
「それだけですが?」
喧嘩腰の
すると、宵の質問の意図を悟った
「軍師殿のご命令は『
「そうです」
宵が頷くと
「あぁ、それか」
「おい、
見かねた
「確かに
「報告によれば、貴女は部隊を一部放置して僅かな手勢のみで
宵の気を遣った優しい声色の言葉を聞いた
「現場にいなかった
とうとう
想定内の事だが、宵の胃痛は益々悪化する。今にも吐きそうだ。
「
「攻城兵器部隊は壊滅!
「たとえ貴女が──」
「あたしは閻のみんなの為に頑張って敵を倒して……なのに……何で褒めてくれないのよ!!! 馬鹿軍師!!!」
激昂する
「私の祖国に伝わりし『
「お前はいつもそうやって難しい言葉を偉そうに……」
そして、ついに羽扇の先を怒る
「
突如言い渡された宵からの厳罰に、激昂していた
「ふ、ふざけるな!! あたしに罰を与えるの!? 何でだよ!! ねぇみんな!! この軍師は逆賊だ!! 功を立てた臣下を不当に罰するつもりだぞ!!」
半狂乱の
すると
「軍師殿! 確かに
拱手しながら必死に頭を下げる
その後ろで憎しみの眼差しを宵に向ける
「
宵が羽扇を振ると、
「軍師殿、感謝いたします」
「
「お任せください」
「軍師よ、大丈夫か?」
静観していた
♢
ポタポタと頬を伝う涙が床に跡をつける。
嗚咽を漏らしながらフラフラと自分の部屋へと戻った。
寝台に顔を埋めて宵は1人咽び泣く。色々な感情が混ざり合って収拾がつかない。
心優しい宵には分かっている。
「
不意に部屋の外から
「何?」
宵は寝台に顔を付けたまま、部屋の外の
「入ります」
「え、ちょっと……」
許可を出していないのに、
「馬鹿な俺でも分かる。宵が何で
「
顔を上げた宵は
鍾桂は黙って頷く。
「親友と同じ顔の
宵はコクリと小さく頷くと、口を開く。
「『賞信罰必、耳目の聞見する所に於いてすれば、則ち聞見せざる所の者も、陰に化せざるはなし』。『賞罰明らかなれば、すなわち将の威行わる』。褒めるだけじゃ駄目。ちゃんと罰も与えなきゃいけない。今はそれも私の仕事だから……軍の規律を保つ為に」
そして、宵の顔を見ながら、ニコリと微笑む。
「間違った事はしてないよ。だから泣くなよ。
今一番欲しい言葉を、
「ありがとう、本当に……」
宵は不意に
2人はその体勢のまま動こうとしない。
そしてしばらくの間、2人は倒れたままだった。
***
閻軍に攻城兵器を破壊された日の夜。
「我が軍の攻城兵器は8割がたが破壊されました。
「あっという間だったな。発石車の射程距離を敵は知っていた。的確に火矢を浴びせてくるとはな。金将軍の軍の損害も同じくらいか?」
「いえ、金将軍の軍の損害は攻城兵器に留まらす、その兵器を動かしていた部隊は全滅、金将軍の本隊も数十騎失ったそうです」
「何? こちらは兵器の損失だけだと言うに、随分とやられたな」
「はい。まるで我々と金将軍で攻撃方法を意図的に変えているようです」
「何の為に?」
「それは……金将軍は『
「解せぬな。まるで我々が大した脅威ではないかのようだな」
気まずそうに俯く
「それより、全将軍。
「接触出来たのか?」
今度はしっかりと顔を上げてしっかりと
「いえ、報告によれば、
「何だと!?
「勝負はつかずに両者撤退しています。
「そうか……城内に入ったか。そうなると接触は難しいな。また出撃してくれたら良いが」
「引き続き
「済まないな。
「いえ、
「
***
その穴はすぐに別の指揮官を派遣し埋めた。失った兵は
初戦は敗北と言わざるを得ない。
高々、校尉と輩の娘が率いる部隊に、
金登目の心内が穏やかである筈がない。
「朧から
しかし、
「お言葉ですが、
「だから何だ? 斬血の使用は朧王がお認めになっておられる。大都督など知った事か!」
「しかし……」
「斬血を殺したのは
「斬血を呼び寄せたとしても、少なくとも10日は掛かりましょう。その間、城への攻撃はしないという事でしょうか?」
「攻城兵器がない今、真正面から突っ込んだとしても、宵がいる限りは突破は出来んだろうな。斬血が到着するまでは
殺気に満ちた
「斬血さえ到着すれば、今度こそ勝てる」
「入れ」
「報告します! 全将軍の軍の損害ですが、35台の発石車が壊滅! しかし、兵自体の損害は少なく、負傷者26、死者はおりません!」
兵士の報告を聞いた
「馬鹿な、死者はいないだと?
「我々は
「いや、そもそもだ。
「ええ、それが何か?」
「北西の陣営から、
「確かに……妙ですな……まさか!」
「そうだ。
「そんな……しかし、何故全将軍が?」
「
「だとすると、こちらがいつ寝首を搔かれるか分かりませんな」
「おい! すぐに
「ぎ、御意!」
兵士はすぐに走って帷幕を飛び出した。
「
「はっ! そのように!」
1人帷幕に残った金登目は抑えきれない怒りを抱いたままその場を行ったり来たり歩き回る。
そして机の前で立ち止まると腰の剣を引き抜き、一閃。
ガタンと音を立てて机を両断すると、剣を叩き付けるように床に突き刺した。
「どいつもこいつも……必ず殺してやるぞ……見ておれよ」
憎悪に燃える
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