第183話 大刀旋風・金登目
放棄された
「よし! 我々の役目は果たした! これ以上の攻撃は無用!
楽衛が指示を出すと、鉄騎はすぐに攻撃をやめて楽衛のもとに集結し始める。
「
集まって来た返り血塗れの鉄騎達に言うと、楽衛はすぐに隊列を整えさせた。
そして、楽衛が
「楽衛殿! 敵です!」
近くの兵が叫ぶ。
「まさか……」
楽衛は手綱を握りながら、突撃してくる部隊の先頭を目を凝らして見る。
「金登目だーーー!!! 楽衛!!! 退却しろ!!! 相手にするなーーー!!!」
城壁の上の
「退却ーー!! 東門へ迎えーー!!」
楽衛はすぐに号令をかけ鉄騎を一斉に駆けさせた。
金登目とは戦わないようにと、軍師・宵にキツく言われている。
鉄騎は一騎足りとも遅れる事なく、楽衛の後について来ている。
その後ろには数千騎もの金登目率いる騎兵隊が続々と追撃して来る。
既に戦場を駆け回っていた楽衛の鉄騎は中々速度が上がらないが、金登目の騎兵隊は力を完全に蓄えていた万全の状態。それに加え、よく見ると追って来ているのは、馬に装甲が着いていない軽装騎兵。身軽で体力最大の敵が楽衛に追い付くのも時間の問題だ。
「おのれ……」
それでも
しかし……次第に後方から悲鳴が聞こえ始めた。
楽衛が顧みると、鉄騎隊の最後尾が金登目に追い付かれて攻撃を受けていた。
信じられない事に、兵士達が次から次へと宙に投げ出されている。まるで人形のように鎧兜を纏った大の大人達が空を飛んでいるのだ。
それは暴風、つむじ風、竜巻……とにかく人の力とは思えない。
「楽衛殿! 逃げ切れません! 戦いましょう!」
兵士の進言に楽衛は首を横に振る。
「ならん! 軍師殿の命令は『絶対に金登目と戦うな』だ! これも軍師殿の策なのだ!」
「しかし……! 戦わねば、死にます!!」
兵士の必死の願いも楽衛は退けた。
宵を信じた。宵はこれまで幾度となく閻軍を兵法で救ってきた。今回も宵の策を信じるのだ。
楽衛は戦いたい気持ちを必死に抑え、兵士達にも逃げる事を優先させた。
そうこうしている内に、前方にもう1つの戦場が見えてきた。
状況はよく分からない。
攻城兵器らしきものが点々と火を上げている。
辺りには多くの兵馬が倒れているように見える。
立っているのは
背後の断末魔が段々迫って来ている。
逃げなければ。
「
楽衛の声は立っている遠くの騎兵隊に届いたのか、その騎兵隊は何故かこちらへと向かって来る。
まさか、敵───!!?
楽衛は槍を低く構える。
前方から迫り来る鉄騎隊。
大丈夫だ。閻軍の鎧兜だ。
いや、ならば何故退却しない?
「楽衛殿!! お尻に虫が付いてますよ!!」
擦れ違った鉄騎隊の先頭の者が言った。
「馬鹿!
楽衛の声が届いたのか、届かなかったのか。
擦れ違った
「愚かな事を……」
楽衛は歯を食いしばりながら嘆き馬を止めた。
♢
「
「ははは!! 自ら出て来るとは裏切り者め!!」
楽衛の騎兵隊を虐殺していた金登目は、
「この
「黙れよジジイ!! あたしは
馬上で互いの武器が激突する。
2人はその衝撃を擦れ違いざまに逃がす。
「やるなー、金登目! 一騎打ちにしない? 他の奴らに邪魔されないようにさ」
「生憎、ガキのお遊びに付き合っている暇はないのだよ。それに、俺にとっては、貴様は勝手に戦場で死んだ事にした方が都合が良くてな」
「はっ! あたしに勝てないと思って逃げるのかよ! 腰抜け!」
「やはりガキだな。この俺がそんな安い挑発に乗るとでも思ったか! 殺れ!」
金登目はこれ以上
「あ! 逃げるなよ!!」
金登目の騎兵隊は単騎の
「何だよ、やんのかよ!」
周りの騎兵隊は、大刀を突き出し
その時、
僅かに動揺した騎兵を見極め、
「さあ、これで……」
言いかけた
「あ??」
「
「楽衛殿〜もう!!」
見た事のない怒りの形相に怯んだ
「金登目は?」
「分からん、動きが止まった。今の内に退却する。斥候からの報告によれば、どうやら我々の西の陣営は
「分かりましたー」
不服そうに応えた
「
「敵の指揮官なら、もうとっくに討ち取ったよ」
楽衛は笑顔で
「良くやった。
すると
不満そうな表情はもう見る影もない。
***
しかし、戻ってみればそこに閻軍などいなかった。
しっかりと『
「嵌められたか。宵め……」
金登目は椻夏城の門楼を睨む。
「楽衛と
「椻夏城の東門から城内に入ったと」
「
「
「偽報を流した兵の首を刎ねておけ」
「御意」
兵士はすぐに駆けて行った。
怒りに震える金登目の握った拳からは真っ赤な血がポタポタと滴った。
***
一方、
叔父へ薬を届ける心優しい町娘の
夜は馬を隠し、忍びの様に闇に紛れて周殷の軍営に忍び込み甘晋を捜した。
かつて朧軍大都督府にて、清華は光世と桜史の下女として働いていた事がある為、清華の顔は周殷を含むその周りの者たちに割れている可能性がある。その為、軍営潜入には細心の注意を払った。
そうして2日経ったが、甘晋を見つける事が出来なかった。
甘晋の捜索を続けるよりも、自らが洪州刺史・
清華はそう考え、甘晋の捜索はこの日で最後にする事に決めた。
甘晋がいるとすれば周殷の軍営の中。
3日目の夜、清華は夜陰に乗じて、烏黒城内の兵舎の屋根の上に飛び乗った。
昼間とは違い、涼しい夜風が清華の肌を撫で、一つ縛りにしている長い黒髪を優しく揺らす。
地上には点々と灯篭の火が輝いており、近くを哨戒の兵士が歩いている。
清華は腰に差していた竹製の横笛を取り、そっと口に当てる。
澄んだ優しい笛の音が、辺りに響いた。
哨戒の兵士達が音に気付き、その出処を探っているが、暗闇の中から清華を見つけ出す事は容易ではない。
清華は下が騒がしくなってきたのを確認すると演奏をやめて屋根から隣の建物の屋根へと飛び移り、身を屈め、兵士達の様子を観察した。
すると、鎧兜を着けていない男が1人、兵舎の裏口から出て来て辺りをキョロキョロと見回し始めた。
暗くて顔は確認出来ないが、清華はその男の挙動を良く観察する。
その男は、何を思ったのか兵舎には戻らず、そのまま哨戒の兵士達の目を盗むように軍営内を移動し始めた。
清華は屋根の上を走り、その男を追った。
♢
「清華」
男は誰もいない真っ暗闇の屋外の厠が並ぶ区画の辺りで、不意にそう言った。
辺りは静寂に包まれており、物音一つ聞こえない。
男は溜息をつき、肩を落とす。
と、その時、背後に突然気配を感じたので、男は懐から短刀を取り出し振り向きざまに鞘から引き抜き、背後の人物の首元へと突き付けた。
「甘晋殿、お久しぶりです」
名を呼ばれた男は目を見開いてゆっくりと短刀を引く。
「本当にお前だったか。清華」
「はい。見付けるのに苦労しました」
短刀を鞘に戻し、再び懐にしまった甘晋の顔はだいぶやつれているように見えた。長期間に渡る間諜としての敵軍への侵入。常識的に考えれば常に敵に捕えられるかもしれない恐怖と隣り合わせで生活を強いられているのだ。清華のようにいつもと変わりなく生活出来ている方がよっぽど異常だろう。
「『愛する人へ』。かつて
「流石は甘晋殿」
「しばらく椻夏の軍師殿に連絡を入れられなかったのは椻夏の包囲が厳重になったからだ。とても近寄れなかった。済まない」
「宵様は状況を把握しておられます。お気になさらず」
甘晋は頷いた。
「何か情報があればあたしが承ります」
清華の申し出に、甘晋は首を横に振る。
「残念ながら有力な情報はない。それより、こんな危険を冒してまで俺に会いに来た理由は何だ? 手短に話してくれ」
清華は袖の中に忍ばせていた小さな竹筒を取り出し、その中にしまっていた書状を甘晋に渡した。
「それを洪州刺史の
甘晋は渡された書状を開き、月明かりを頼りに内容を検めると、驚いた顔をして清華の顔を見た。
「まさか、
「残念ながら、それは偽物です」
「偽物?」
今度は怪訝な顔をして甘晋は清華を見る。
「はい。今は洪州軍の力が閻にとって必要。その為に、再び閻に帰順出来るように董炎が許したとするその免罪符をもとに、洪州軍を寝返らせ、葛州軍と洪州軍で朧軍を挟み撃ちにする。それが宵様の策です」
「なるほど。董炎は許していないが、とにかく目先の脅威である朧軍を倒す為に、洪州軍を寝返らせる。再び寝返った後の事は朧軍を倒してから、という事か」
「はい、その通りです」
「策は分かった。後は任せろ。3日以内に樊忠世へ届ける」
「その免罪符は、たくさんの人が命懸けで動いて手に入れたものです。甘晋殿にしか託せません。何卒」
「ああ」
「あたしはしばらく烏黒に滞在します。何かあれば当初の段取りで連絡を取り合いましょう」
「分かった。死ぬなよ。清華」
「甘晋殿も」
甘晋が頷くと、清華はゆっくりと後退り、闇へと消えた。
辺りにはまた静寂が戻った。
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