第103話 再会

「よし。これで良いでしょう」


 兜を被り、しっかりと鎧を着込んだ姜美きょうめいは、完全に武将モードに移行しており、凛とした表情で書き上げた竹簡を丸めた。


鍾桂しょうけい


「ここに!」


 呼ばれた鍾桂は部屋に入るなり跪いて拱手した。

 姜美は座席から立ち上がり、跪いている鍾桂の前まで行くと、丸めた竹簡を差し出した。


光世みつよはここに留まります。この竹簡に事情を書いておきました。貴方はこの竹簡を持ち帰り、李聞りぶん殿に届けてください」


「はっ! ……え? という事は、清華せいかもここに留まるという事ですよね? 私は1人で帰還してしまって良いのでしょうか?」


「無論。何ですか? 女子おなごと一緒ではないと帰りたくないのですか?」


「そ、そういうわけでは……!」


 鍾桂がアタフタしている様子を見て姜美はケラケラと笑った。


「冗談です。申し訳ないですが、1人で帰りなさい」


「はい。では、失礼します」


 初めて目の当たりにした姜美という武将に、鍾桂は違和感を覚えながらもその場を後にした。

 一見男の装いをしていたが、どこか女性的な仕草が所々に見て取れた。色白の首筋や綺麗な細い指先は情欲的ですらあった。


 そんな疑問を抱えつつ、鍾桂が急ぎ足で廊下を歩いていると、近くの部屋から女の声が聞こえてきた。

 その部屋は戸が少しだけ開いており、そこから女の笑い声が漏れているようだ。

 声の種類から中には2人の女がいる様子。

 いつの間にか鍾桂は部屋の前で立ち止まっていた。

 何故なら、その女の声が聞き覚えのある声だったからだ。

 声の主は光世。楽しそうに何か話している。内容までは聴き取れない。

 少しの間だったが、異世界転移の秘密を共有した仲だ。別れる前に声を掛けるべきか……

 そんな事をいつもの鍾桂ならば躊躇う事はなかった。仲間となった者との別れならば声を掛けるのが筋。しかし、今はそうはいかない。


 そう、部屋の中からは宵の声もするからだ。


 この戦が終わるまで宵とは会わないと決めた。戦い抜き、強く、男らしくなった姿を見せたい。自分一人で宵を守れるようになった姿を見せたい。そして宵に返事をもらうのだ。あの話・・・の返事を。



「何してるんですか?」


「うおわっ!!?」


 自分なりの理想を心の中で纏め上げているところに、急に背後から声を掛けられた鍾桂は普段出さないような声を上げて振り向いた。

 そこにいたのは清華せいかだった。汚いものを見るような目で鍾桂を見ている。


「何だよ清華か。脅かすなよ」


「別に脅かしてませんよ。貴方が勝手に驚いただけです。それより、盗み聞きなんてイヤらしいですね。しかも女の子の部屋の前で」


「いや、盗み聞きなんてしてないし。ちょうど今ここに、たまたま来たところだし」


「へぇ〜、まあそういう事にしておいてあげましょう」


「じゃ、じゃあな。俺は帰る。光世によろしく。あと、よ──」


「何言ってるんですか? 私は貴方を探してたんですよ。宵様の命令・・・・・で。ちょうど良かったです」


「え? 宵の……命令?」


 鍾桂がキョトンとした顔で聞き返すと、清華はうむと頷いた。

 と、その時。鍾桂の背後の扉が開いた。

 ギョッとして振り向く。


「あ! 鍾桂君! 待ってたよー! さ、中入って! 清華ちゃんご苦労様ー 」


 にこやかに出迎えたのは茶色い髪を揺らした光世。とても良い香りがする。

 すると清華が後ろからぐっと鍾桂の背中を押し、部屋の中へと押し込む。それと同時に目の前の光世が鍾桂の手を握り強引に引っ張っていく。

 女の子2人に挟まれるのは生まれて初めてである……が。


「何すんだよ! お、俺はもう帰るんだよ……!」


「その前に! 少しなら時間あるでしょ? 姫がお呼びなんだよ」


「ひ、姫って……」


 女2人を力づくで振りほどくわけにもいかず、鍾桂はとうとう部屋の奥まで連れ込まれた。


「……!」


 部屋の奥、そこには目を疑う程の麗しい姿をした女軍師。宵が立っていた。

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