第38話 葛州が本気出す!
1人眠りに就いていた宵は、突然兵士に叩き起されたので、寝ぼけ眼を擦りながら着替えを済ませると、兵士の案内のもと城内の一室へと通された。部屋からは祖父の形見の竹簡だけを持って来た。
部屋には既に、廖班、
他に宵の知らない将校がいるが、恐らく
龐勝は張雄達より貫禄のある面持ちで、顔に刻まれた皺の感じから李聞と同世代のように見える。反対に成虎はこの中で最も歳下の廖班よりも若く、なんなら宵よりも若そうな青年だ。ただ、そこに若さ故の未熟さはまるで感じられず、意思の強い眼差しを輝かせている。
見渡す限り、皆明け方だというのにしっかりと鎧兜を付けている。その辺は流石に軍人だ。
「よし、軍師も来た事だ。早速情報を共有しよう」
宵が戴進の後ろにそっと並んだのを見て、廖班が軍議の開始を宣言した。
廖班が李聞へと顔を向けると、李聞は一歩前へ出て斥候からの情報を話し始めた。
「先程戻った斥候からの情報によると……と、その前に、宵。お前はそこじゃない。軍師は俺よりも前だ」
李聞に指摘され、ペコペコと他の将校に頭を下げながら宵は李聞の前に立った。
皆の視線が宵に集まる。
特に張雄の視線は親の仇でも見るかのように鋭く宵を突き刺している。その視線の理由に宵は心当たりがあったが、目を合わせないように、優しい李聞の顔を見た。
「すみません、李聞殿。続けてください」
李聞は頷き、また話を始めた。
「目下、
宵は李聞の報告を一言一句逃さないように眉間に皺を寄せて必死に聴き取る。この後、廖班に新たな策を提案しなければならないからだ。それが軍師の仕事。こういう時にメモ帳の1つでもあればいいのだが、この世界にそのような手頃な紙はない。手にはまっさらな竹簡を持っているが、これをメモ帳代わりには使いたくない。
「さらに、奴らは景庸関の西4里 (1.6km)の地点で、5千程の兵に砦を建設させ始めたらしい。
李聞の報告に将校達は一様に動揺している。
戦に耐性のない将校達は、敵がどんな行動をしようが全てが初めての経験故に、どう対処したらいいのか見当もつかないだろう。だが、それは宵とて同じ事。むしろ、戦というもの自体、軍人である彼らよりは明らかにド素人だ。
「皆落ち着け。こちらは決して不利ではない。葛州各郡から軍を出すと、先刻、葛州刺史、
その報告には、先程まで不安でザワついていた将校達も安堵して笑みを零した。
「そして、
「20万と80万。総勢100万の大勢力か! これは頼もしい! これで賊国家など、恐るるに足りん!」
張雄が嬉しそうに言うと、他の将校達も笑みを浮かべ頷いた。
「浮かれるな、諸君。80万の軍勢が到着するのは一月後。それまでは20万の葛州兵のみで戦わねばならん。“1日しか敵を防げなかった”という醜態は二度と晒せぬぞ」
浮かれる将校達に李聞が厳しく諭すと、皆すぐさま襟を正した。
「李聞の言う通りだ。張雄、安恢。同じ過ちは許されん。浮かれるのは敵将の首を持って来てからにしろ」
廖班が珍しくまともな事を言ったので、宵はほんの少しだけ感心した。
「いいか、諸君! 大都督が到着するまでは、総指揮権は葛州刺史である費叡将軍にある! 我々高柴の軍は、各郡の兵と連携して朧軍を叩き潰す事になる! ここに費叡将軍からのご指示がある」
意気揚々と話し始めた廖班は机の上に置いてあった竹簡を取り上げて開いた。
将校達は廖班に注目する。
「『各郡は呂大都督到着前に、その軍を以て一気呵成に朧軍へ攻勢を掛け、敵の砦の完成を阻止し、然る後、景庸関を奪還せよ。先鋒は高柴の廖班に命ずる。
得意気に読み上げると、廖班は宵を見てニヤリと笑った。何故嬉しそうなのか、廖班の考えは宵にはすぐに理解出来た。
「費叡将軍が俺に先鋒を命じた! これはまたとない好機! 手柄を我がものに出来る絶好の機会だ!」
宵の予想通り、廖班は自身の手柄の事だけを考えていた。せっかく感心したのに……と、宵は廖班にバレないようにこっそりと溜息をついた。
「俺は敵の砦を粉砕し、景庸関を奪還する。さすれば俺の将軍位も上がり、俸禄も増える。そして、正式に高柴の太守に任命されるだろう!」
廖班は笑いを堪えられずに1人で笑っている。それを喜ぶのは、元からいた廖班配下の将校達だけ。ただ、心から廖班と共に喜んでいるのは張雄ただ1人に見えた。
李聞に至っては無表情で廖班の馬鹿笑いをただ静観している。もちろん、宵にも喜びという感情は皆無だ。
「李聞、成虎、龐勝、其方らは共に来い。2万の兵を率いて出撃する! 他に、俺と共に手柄を上げたい者はおるか!?」
「廖班将軍! この張雄が参ります! 先の戦闘での汚名を返上する機会を頂きたい!」
真っ先に廖班の問に応じたのは張雄だった。それに続いて安恢も名乗りを上げる。
「よし、然らば、張雄! お前を連れて行く。今度はしくじるなよ!」
「感謝致します!」
張雄は嬉しそうに拱手して深々と頭を下げた。
「安恢よ。お前は此度は楽衛と共に城を守れ。城の防衛も大事な仕事だ」
「御意!」
安恢は特に反論する事もなく、楽衛と共に拱手して頭を下げた。
「戴進は引き続き兵站を担当せよ!」
「心得ました」
戴進が頭を下げると、廖班は宵の方を見た。
「高柴には宵も残す。まあ、ここが攻められる事はないとは思うが、万が一の時は安恢、楽衛は、宵の助言を良く聞き、3名で力を合わせ城を守れ」
「御意」と頭を下げて答えたが、宵はすぐに廖班の顔を見る。
「あの、廖班将軍。今回、費叡将軍から何か特別な策は授かっているのでしょうか?」
「そんなものはない。我が軍は2万。青稜の軍は1万。敵の建設中の砦には5千程しかおらぬ。兵力では我々が
もはや清々しい程に愚かな考えを口にする廖班に宵はコホンと1つ咳をすると、静かに口を開く。
「兵法にはこうあります『勝兵は
宵が孫子の兵法を
続けて宵は口を開く。
「いくら兵力でこちらが勝っていようとも、策もなしに戦場に出るのは危険です。こちらが必ず勝てる算段を立ててから敵を攻撃するのが定石。勝利する軍は、事前準備をしっかり整え、反対に、負ける軍は出撃した後、敵を前にしてからどう攻めるか考えるのです」
「だが、敵はたったの5千だぞ? 負けると言うなら、負ける根拠を言え!」
兵力にばかり気を取られる強気な廖班は、腰に佩いた剣の柄を握り締め反論する。
「敵が無防備に敵地の真ん中で砦の建築などするでしょうか? 必ず何かしらの小細工をしている筈です。例えば……その砦を建てている辺りの地形は、どうなっていますか?」
「岩山の間を通る
宵と廖班のやり取りを静観していた李聞が答えた。
「隘路と森……なるほど。伏兵を置くには持ってこいですね」
「伏兵だと!?」
予想もしていなかったのか、廖班は“伏兵”という言葉に目を見開いた。
「ええ。例えこちらが2万の兵でも、不意を突かれれば、少数の敵に壊滅させられる事も有り得ます。廖班将軍、どこを通るおつもりでした?」
「巴谷道だ。東に向かうにはそこが近道なのだ……宵!! 然らばどうすれば良い!? 敵と戦う前に壊滅したのでは後世の笑いものだ!!」
焦りを浮かべる廖班。しかし、宵は人差し指で唇を触り冷静に頭の中で兵法を現在の状況と照らし合わせ最適解を導き出す。
「では、僭越ながら申し上げます」
宵は拱手して深々と頭を下げた。
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