キャリアデザインの方法と就職活動のためのアドバイス

信じられないかもしれないが、ちょっと私の話を聞いてほしい。




40年前、私はある会社に新卒で就職した。当時はそれほど華のある就職先というわけではなかったが、今となっては日本を代表する会社になり、私はその急成長の立役者の一人として評価され、出世街道を突き進んできた。




といっても、実は今の会社は第一志望というわけではなかったし、入社直後から順風満帆というわけにはいかなかった。




私の第一志望は、当時人気の絶頂にあった、大手の銀行や複数の金融機関だった。しかしそれらの面接にすべて落ちたため、滑り止めとして内定をもらっていた今の会社に就職を決めた。せめて配属先は金融に関わる部署にと希望を出したが通らず、食品部門からのスタートとなった。




まったく興味の湧かない部署での仕事は、本当に苦痛だった。自分の人生はなんて暗澹としているのだろう、一方で他の企業に就職できた大学の同期たちの生活はなんてキラキラして楽しそうなのだろう……嫉妬と、やる気のなさと、一変した生活への疲労から、入社から一か月が過ぎるころには、いつ辞表を出したものかと、考えばかりが浮かぶようになっていた。




それでもなぜ、私が辞めなかったか。


20歳ほど年上の、ものすごく仕事のできる先輩がいて、その方が私を支えてくださったのだ。




その先輩は、別の部署にいた新卒の私ですら名前を聞くほど、圧倒的に仕事ができることで有名な人だった。様々な物事に先見の明があり、予知能力者かと思うほどの的確な判断で次々に新規事業を成功させるカリスマぶりと、器の大きさ、優しさ、眉目秀麗としか言いようのない整った顔立ちから、社内の女性たちはもちろん、男性社員からも非常に人気が高かった。結婚指輪以外に、右手の中指にも常に金の指輪をつけておられ、人気にあやかってその指輪を真似する社員がいたほどだ。




そんな先輩は、意気消沈した私の前に突如として現れ、あれこれと私の悩みを聞き、一つ一つに的確にアドバイスをくださった。私の「銀行に就職した同期がうらやましくてしょうがない」という言葉にも、持ち前の判断力で「銀行はこれから間違いなく凋落する。次のブームはすでに見えていて、自分はそれに賭けようと動いている」と言っており、聞いた当時は半信半疑であったが、間もなくある銀行の破綻がニュースを賑わせ、就職ランキングから金融機関が一掃されたのを見て、この先輩の先見の明は本物だと確信した。




さらに、実は先輩もこの会社に入る気はさらさらなく、地元に戻って家督を継ぐ予定だったのを、ある人に説得されて入社を決めたのだと教えてくれた。意外な共通点を見つけ、この人にもそんな過去があったのだと知り、私はますます先輩を好きになり、尊敬するようになった。




どういうわけか私は先輩に非常に可愛がられ、先輩が開拓する新規事業に次々と参加させてもらえるようになった。IT、水資源、エネルギー開発などの流行を次々に乗りこなし、全世界を渡り歩きながら私と先輩はタッグを組んで快進撃を続けていた。




それほどまでに仕事のできる人間を、会社が放っておくわけがない。20年した頃には、先輩は社長に、常に付き従っていた私は副社長になっていた。どんな人間も年を取り、体力も知力も落ちていく。先輩の判断は相変わらず的確であったが、さすがに疲れを見せるようになっていた。




そんなある日、先輩は社長室に私を呼び出した。




「何でしょう?」


「私ももう体力がない。そこで次の社長を君に任せたい」


すでに覚悟が決まっていた私は、「喜んで仰せつかります」と返事をした。


「さっそく手続きに取り掛かりましょう」


「ああ、そうだな。だがその前に、君に話しておかねばならないことがある」


先輩はそこで一呼吸おいて、話を続けた。


「そもそも、今までなぜ私の判断がこれほど的確だったか分かるか? まるで未来が見えているようだとは思わなかったか?」


「ええ。でもそれは、先輩が様々なことを勉強されていたからで」


「それは違う。そんなことをしなくても、実は私には未来が見えているのだ」


そこで先輩は、いつもつけておられた金の指輪を外し、私に見せながらこう続けた。


「正確に言えば、この指輪の力だ。この指輪をつけて、行きたい時間を強く念じて目を閉じると、その時間に移動することができる」


平たく言えばタイムマシンだ、と先輩は言った。


「つまり私は、一度未来を見てから過去に戻り、これまでプロジェクトを成功させてきたというわけだ」


「なるほど。未来と過去を行ったり来たりした、というわけですね」


「実はそこが普通のタイムマシンとは違うところだ。この指輪は、過去にしかいけない。試したことはないが、恐らく江戸時代など、どんな過去にも行くことはできる。しかし、未来に行くことは出来ない。恐らく、未来を一度見たあとに過去に戻って行動を変えれば、未来を変更できてしまうからだろう。だから私は現実時間で先に時間を過ごし、その後1年ほど過去に戻る、ということをやってきた」


他にも先輩は、過去に戻っても記憶はそのままであること、さかのぼった年数ほどではないが身体も若返ること、過去に戻るとその時間にいた自分は居なくなること、などを教えてくれた。


「そして今日君を呼び出したのは外でもない。この指輪を継いでもらいたいからだ」


「なるほど。それを使って社長をやれというわけですね。今まで教えていただいたことと、この指輪があれば百人力です。しかし、こんなものをどこで?」


「それこそが、本当に君に頼みたいことなのだ。この指輪を使って社長をしばらくやって、君が十分に仕事をしたと満足してからで良いのだが、どうしても頼みたいことがあってね――」




そしてその後、先輩の後を継いでしばらく社長として仕事をこなし、指輪の使い方も心得たところで、私は先輩の本当の願いを聞き届けることにした。定年まで仕事に従事し続けたものだから、家族もいない。後進のために、モノも金も使ってしまった。


私の人生は仕事ばかりだったが、仕事は腐っていただけの私に彩りを与えてくれ、充実したものにしてくれた。それもこれも皆先輩が可能性を見せてくださったからで、私は私の人生をくださった先輩に恩返しをしなければならないと思ったのだ。




突然呼び止めてこんな話をしてすまなかったね。そんなわけで、私は60年後の未来から、君に――未来の私の先輩に、この指輪を届けに来た。


君は家督を継ぐつもりだそうだが、君の能力の使い道は他にある。未来が分かっていても、あそこまで積極的に行動に移し、皆の手本となって動ける人間はそうはいないのだ。君は、あの会社で力を振るうべき人間だと私は思う。


信じてもらえないかもしれないが、私は未来の君に本当に感謝している。君がこの指輪を受け取り、あの会社に入れば、君の人生は安泰だし、未来の私も充実した人生を送ることができる。人間二人が幸せになると思って、どうか指輪を受け取ってほしい。




この時代の私は、まだ生まれていない。私にはもう思い残すことはないから、この時代に来たら自ら命を絶つつもりだった。そうすれば、きっと私の故郷で私が生まれ、20年後にあの会社で君と巡り会うことになるだろう。




話を聞いてくれてありがとう。そして――満ち足りた人生を、本当にありがとうございました、先輩。


どうか、指輪を受け取ってほしい。先輩が私に託してくれた願いであり、私の最後の願いだ。あの会社を、そして未来の私を、どうかよろしく頼む。

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