Life as a Service~SF短編集

いずみつきか

Life as a Service

まただ。今度は3か月ほど時間が飛んでいる。


その上、どうも身体の動きに違和感がある。




最初は良かったのだ。私の生活も、意識も、ずいぶんと安定していたし、家族や友人と静かに暮らす日々は、退職後の老後のものとしては、かなり恵まれたものだったと言って良かっただろう。湖の畔で、静かな、清潔なログハウスで、毎日釣りと、家族や友人たちとの交流を楽しむという、この上なく贅沢な時間だった




しかし、そんな生活も1年ほど過ぎた時から、暗雲が立ち込め始めた。




まず、一か月に1回程度ほど、意識がなくなる日が出てくるようになった。


次第にその間隔は短くなり、少し落ち着いたと思ったら、今度は睡眠時間が固定されるようになってきた。以前のように夜更かしをしたり、飽きるまで仲間たちとポーカーやゴルフに興じることも出来なくなり、午前2時頃には強制的に意識がなくなるようになってきた。




ただそれとて、多少不便を感じた程度のことだったので、それに続く事態に比べればずいぶんマシだったと言えるだろう。




2年が経つ頃には過去の記憶がなくなるようになり、3年目には2年目までの記憶が全てなくなり、家族との会話にも不自由するようになった。4年目には、家族が私を「引っ越しさせたい」といってきたので、それまで過ごした湖畔ではなく、シムシティで作り上げられたような街中の、近代的な1LDKが私の住処となった。それに伴って、友人の数もずいぶんと減ってしまった。




そして今、である。再度の引っ越しで、私は、1,000室はあろうかという巨大なマンションの一室に押し込められるようにして暮らしている。私の記憶が確かなら、引っ越しの直前は4月だったはずであり、このマンションに突如として私は転送されたような格好である。日付はすでに7月。部屋の外に出れば、夏の太陽が燦々と輝いているが、かつてのログハウスのような豊かさはもはや感じられない。




しかし、住めば都、とでも言うのだろうか。それにしては早すぎるかもしれないが、1週間もすればその暮らしにも慣れ、楽しいと感じるようになってきたと思う。ログハウス時代も、シムシティのような街に住んでいた時の記憶も、もはや朧気なのだが、それに対する不安がないわけではない。




まあ、やむを得ないのだと思う。何しろ、私は――肉体を持った人間としての私は、5年前にすでに死んでいるのだから。生前の私の日常記録ライフ・ログを学習したAIがシミュレートする、ソフトウェア上の私は、サービスのメンテナンスや、サービス・プロバイダの経営状態に左右される、あまりにも儚い存在なのだ。


最初のサービスは月額料金が高かったため、家族には負担をかけた。そうした意味では、2社目のサービスへの「引っ越し」はありがたかった。今回の3社目への「引っ越し」も、事前に相談してくれても良かったのに、と思う。たとえ、3社目に移行する私のデータがかなり少ないものだったとしても、AIのシミュレーション・アルゴリズムがそれまでの2社に比べて計算効率を追求したものになっていたとしても、この国の住民税よりも安い料金になって、残された家族の負担が減るのなら、私は喜んで受け入れたのに。




目下の私の不安は、3つ。




1つ目は、データの保存ポリシーの変更により、使用頻度の低い私の記憶が気付かぬ間に失われてしまうことだ。人間の肉体にも起こりうることではあるが、私ではない他者の意思により私の記憶が失われることの気持ち悪さは、どうしてもぬぐい切れない。




2つ目は、私の感情が私の自由ではなくなっているのかもしれない、ということだ。こうして感じている私の不安も、AIの計算によって自由に書き換えられてしまうのかもしれないし、私の「住めば都」という感情も書き換えの結果なのかもしれない。自由意志の存在は、人類発祥以来の哲学的命題であるが、自分がこのような存在になってみて改めて感じる。




最後の3つ目は――家族の死後のことである。私の存在を維持しているのは、まごうことなく家族が支払う月額料金のおかげだ。その支払いが途絶えた時、私はどうなるのだろうか。残された妻と息子たちにとっては、小遣い分にも満たないような、ごくわずかな出費だろうが、今後生活が困窮しないとも限らないし、孫たちまでが私や、私の妻のために出費を続けてくれるとは限らない。死は恐怖であるが、彼らに負担をかけてまで存在し続けても良いものかは疑問があるのだ。




この頃良く思うのだが、人間はどうあがいても死を体験する事が出来ないのかもしれない。消えてしまったことすらも気付かず、私という存在は電子空間から消えてなくなるのだろう。


肉体が死んだ先にたどり着いたこの場所は、天国ではなく、実に奇妙な世界だった。私という存在が完全に死に尽くした暁には、家族に負担をかけることもなく、私自身も自由に暮らせる、本当の天国に行くことができると切に願っている。

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