第42話『甘いひととき』
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ロディのファルカオに乗り、目的地のスイーツ屋までの道のり。その光景は少々痛々しいものだった。少し遠くに見えるあのフォートレス=ホークと戦った場所。レンガ造りの家や道がズタズタにされ、復興作業が始まっているその風景は悲惨には悲惨だが……おそらくこれは被害を最小限に食い止めた結果だ。
本来なら、この街すべてがダメになっていた可能性がある。
だが、その事実を誰も知らない。こんな知名度がない、しがない何でも屋の小僧がこの街を守ったことなど。まぁ、それを俺は大々的にアピールするつもりはない。客寄せの良い宣伝材料ではあるのだが、その事実はあまりにもリスクが大きすぎる。
その情報は目立ちすぎるんだ。そして、きっとあれは一般市民が知って良い《領域》ではないと思う。ロディやリリーたちは知ってしまったが、今回のことは知人・友人に言いふらさないようにと釘を刺しておいた。
この度の事件――単なる選挙活動の妨害ではないのは確かだろう。戦力が過剰すぎた。そして、当の本人であるブライアン=エンライトに身は常に安全だったという。
なぜ娘のマリナさんだけを狙った? いや、そもそも狙いはマリナさんだったのか?
「どーしたナオシ、難しい顔して」
運転席でハンドルを握るロディが助手席に座る俺を横目で見ながら聞いてきた。
どうやら随分と表情に出して考えていたらしい。だから俺はこう答えた。
「いーや、なんでも。ただ、今回の事件は、本当にコレで終わりなのかな、って思っただけだよ。ちょっち難しく考えすぎたかもな」
「まぁしゃーねーよ今回ばかりは。正体不明の良く分からない化け物が出てきたりして、イレギュラーなことが起こり続けたんだからよ。不安になるんは俺も分かる。だけどな、ちょっとばかり気を休ませてもバチはあたらないんじゃねぇの?」
「そうですよサカイさん! さっきサカイさんが言ったじゃないですか。今は休息が必要だって。だからサカイさんも今は難しいことを考えるのをやめて、思いっきり休むべきですよ」
「あぁ、そうだよな……」
とは口ではそう言うものの、不安しか抱けないこの状況じゃ、気を休ませようと思っても中々できない。休暇の宣言をしたのは俺だってのに、そもそもの俺自身がこんな調子じゃあ、リーダーとして最悪だな。クソッ。
俺の過去、ヘーレジア、二つもの大きな問題を抱えた俺は、どうすればいい?
仲間を頼るべきか。いや、話すには躊躇するくらい危険な領域の話だ。安易に口にするべきじゃない。話すとなれば、それ相応の覚悟と、聞かされる方の状態と、それからどうなるかを良く考えた上でなければならない。
これからスイーツを食いに行こうとする時に話す内容ではないのは確か。
だから今は、この事を内に秘めることにした。話すべきタイミングが訪れたなら、そのときに話そう。それが、人の上に立つ者の責務だと思うから。
「おっし着いたぞー」
「よーし! 今日はサカイさんのおごりだし、目一杯食べるぞー!!」
「そうですねリリアンさん。今日はナオシさんを財布だと思って遠慮なくいきましょう」
「ちょっとフェルトちゃん? 俺のこと財布呼ばわりは酷いんじゃない?」
「よ~し、やっちゃりますよフェルトちゃん!」
俺の言葉なんて聞きもせずにお店の中へ入っていくリリーとフェルト。てか、リリー俺のキメセリフ取らないでくれるかな? おごってもらう時に使う言葉じゃないからね?
まぁ、今日くらいは好きにさせてやろう。
と、思った俺が間違いでした。ごめんなさいでした。
「あのぉー、リリー、フェルトちゃん? あなたたちの胃袋はどうなってるんですか?」
「ほら、言うじゃないですか甘いものは別腹だって!」
「お、おぅ……そうだな」
太るぞお前ら。女の子なら体重の増加は死活問題でしょ?
「まぁいいじゃねぇかナオシ。食べることでストレス発散になるんだからさ」
俺の隣でコソコソと小さな声で言うロディ。
確かに、今までキツくてツライ事が多かったからな。これでストレス発散になるなら満足いくまで食えばいい。ただ、体重は気にした方がいいと思うがね……。
さて、彼女らの悲痛な叫び声が聞こえてしまうのかどうなのか……。まぁ、フェルトはきっと大丈夫だろう。問題はリリーだが、どうなるだろうか。
「おいリリー……こんなときに聞くのもなんだが」
「なんふぇふかサカイふぁん」
コラコラ、パンケーキとクリームを口に入れたまま喋るんじゃありません。汚いでしょうが。
「お前、こんなに食べて、その、体重の方は大丈夫なのか?」
「あー大丈夫ですよ。私、食べても太らない体質なので」
食べても太らない体質ねぇ。それって食ってマトモに栄養を吸収する前に出ちまうからで、要するに栄養をあまり取れない体質とも言えるんだよな。
もしくは代謝が良いのか。ま、俺たちくらいの年齢なら代謝機能が良いから太りにくいのは確かだからな。これはもっと年を取って代謝機能が落ちてきてからが大変になるパターンだけど。
「だからって腹八分目にしとけよ。体ぶっ壊しちまうぞ」
「はい。分かりました!」
そういってフォークでパンケーキを刺して口へ運ぶリリー。まったく、凄くおいしそうに食べやがるなまったく。
ホットコーヒーを静かに飲む俺に、フォークに刺さったパンケーキを差し出された。
「ナオシさんも食べてください」
今日もゴスロリを着て、キレイな銀髪を揺らすフェルトが、なんと俺にパンケーキを食べさせようとしてきたのだ。真剣な表情――というよりは無表情ではあるものの、パンケーキが刺さったフォークをグイっと身を乗り出して差し出してくれるその姿は、ものすごく可愛かった。
「お、おう」
「あーん」
ファ!? あ、あーん……だと!? いつ、どこで、その「あーん」を学んだんだ!?
最近フェルトの動向がちょっとおかしい。お弁当作ってくれたり、今回はあーんしてくれたり。なんだこれは、もしかして、もしかするとフェルトの奴は嫉妬しているのか? 最近俺の周りに女の子がいることが多くなったから、嫉妬してくれてんのか!?
もしそうだとしたら可愛すぎるんだけど。なにこれ、天使か何か?
「おいしいですか」
「おう、美味いけど……結構甘いなコレ」
ブラックコーヒーがなけりゃ胸焼けするぞ。よく沢山食べれるなコイツら。
「甘いのはお前らだぞナオシ。こちとら砂糖吐きそうだ」
「なんだよロディ。ここで吐いたらぶっ殺すぞ」
「そーゆー物理的な意味じゃねぇよ!」
「じゃーどーゆー意味だよ!?」
「さ、サカ、サカイさん! 私にあーんしてもらえますか!?」
「何をだよ!? 俺は何をリリーにあーんすれば言い訳?」
俺が注文したのはブラックコーヒーだけなんですけど。コーヒーであーんはさすがに無理だよね?
「う……じゃあ、サカイさんもパンケーキか何か頼みましょうよ、ね?」
「ナオシさん。ナオシさんは私のパンケーキを一緒に食べれば十分です」
「あーもう滅茶苦茶だよ」
ロディ、それは俺のセリフだ。
はぁ、この四人になってからジェネシスは騒がしくなったものだよ。俺とフェルトの二人だけでやってたときが懐かしく感じる。あの時はとても落ち着いていて、あれはあれで良い時間だったけど、今のこの時間もたまらなく良い時間だ。
このメンバーで仕事できるのは最高に幸せなのかもしれない。
絶対に守ってみせる。この楽しくて、幸せな時間を失うわけにはいかない。
だから、これから俺は自分の秘密と、この世界の秘密を知らなければならない。
あんな《領域》を何も知らないまま戦い続けるのは真っ平ごめんだからな。
さぁ、ヘーレジア。俺はそこに里帰りするぞ。お土産持ってくから訪問される準備を進めてくれよ?
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