第35話『360』

「おいフェルト。そりゃあどういう意味だ?」


『言葉の通りです。ナオシさんも、私も、こことは違う、別の世界からやって来たんです。ヘーレジアの力によって』



 ヘーレジア――それは伝説となっている英知の塊。それを手に入れれば、この世界を支配できるという逸話がある謎の存在。それはどんな形なのか、大きさはどれ位なのか、そもそも生物なのか、無機物なのか分からない。


 名前と曖昧な伝承だけで存在している本の中だけにあるもの。


 それが、なぜフェルトの口から、この話の流れで出てきたんだ?



「理解できないな。ふざけた話をしている場合じゃない。とにかく、フォートレス=なんとかってのを破壊しないとヤバイんだろ?」


『はい。あれは大変危険です。あれそのものもそうですが、注意しなければならないのは、あの中に更なる兵器を積んでいるということです。あれは、輸送兵器ですから。それと、私はふざけてなどいませんよ、ナオシさん』


「おいナオシ! なにフェルトちゃんと話してんだよ!? さっきの鳥みたいなの、アレから逃げたほうがいいんじゃねぇのか!?」



 気持ちの整理がつかないまま、ロディにそんな質問を投げられる。


 マトモに返答できるはずもなく、俺は言葉を荒げる。



「当然だろ!! 俺らはマリナさんと、ルビーちゃんを助けなくちゃらねぇんだ! いいからかっ飛ばせ!」


「なにイラついてんだよ……。それくらいヤバイのか?」


「いいから、逃げろッ!!」



 しかし、速度はあっちの方が上だった。ものすごいスピードで旋回し、こちらに一直線に突撃してくる。逃げられない。なら、受け止めるしかない。



「フェルト!」


『はい、ナオシさん』



 緑の粒子が防壁の姿に固まり、それを五枚作り出す。


 これで受け止めるしかない!


 そのフォートレス=ホークはついに目の前まで迫る。二階建ての一軒家ほどの大きさの鉄の塊が目の前に迫ってくるのは、とてつもない圧迫感だ。


 ガザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッ!!


 という激しい音とともに、車内からは悲鳴が聞こえてくる。そりゃそうだ、自分の乗っている車の上には、鳥の姿をした大きな鉄の塊が俺たちを押しつぶそうとしてんだから。



「おいナオシ! 何とかなんだろうな!?」


「あぁ!! なんとかしてやっから、お前は前見て事故らないように運転しやがれ!」



 とは言っても、もう少しで一枚目の防壁が破られそうだ……!



「くっ……どうしかしねぇと」



 その瞬間――ガラスが砕けるような音とともに一枚目の防壁が破られた。その結果、とてつもない衝撃が俺たちを襲った。たまらず、車はバランスを崩す。右へ左へと振られながらも、しっかりと前に進んでいるのはロディの運転テクニックがなせる業だろう。


 周りの建物を破壊しながら、フォートレス=ホークはその質量で押しつぶそうと前進をやめようとしない。まもなく二枚目の防壁もやられる。



「ロディ、二枚目がやられる。衝撃がくるぞ、気をつけろォ!!」


「マジかよ……ぐぅう!!」



 衝撃。


 二枚目の防壁がやられた。残りは三枚……。だが、フォートレス=ホークの勢いは衰える様子を見せない。


 まさに防戦一方。


 今の俺じゃ、守ることで精一杯だ。だから、俺は仲間を頼るほかない。



「おい、ロディ、リリー。なんとかならねぇのかよ! 俺はコイツを受け止めることで精一杯だッ!」


「この場面で人任せとか戦闘要員の名が聞いて呆れるぜナオシよぉ?」


「ちょっとピットマンさん!? いったい何をする気ですか? ここは私に任せて――」


「リリーは力を温存するべきだ。今日はここから何が起きるか分からないからな」



 その瞬間――三枚目の防壁も破壊された。



「ぐぅぅ!? あっぶねぇ……。危うく事故るところだったぜ」


「もう! ピットマンさんは運転に集中していてくださいよ!」



 車の中からロディとリリーの口論が聞こえてくるが、もう防壁の数は二枚だ。長々と討論している暇はないんだよ。もう四枚目の防壁もヒビが入り始めてるからな。


 だから俺はお前を信じるぜ。



「おいロディ。何か良い案があるってんなら、俺はお前に任せるぜ」


「おうよ。任されたぜナオシ。見てろよ、俺のドライビングテクニックを!!」




  2




 バックミラーで確認する限り、ナオシの野郎が張っている壁はあと二枚。


 次の壁が破壊された後に実行する……!



「ちょっとピットマンさん! 本当に大丈夫なんですか?」


「うっせぇぞ小娘。ちょっとは俺のことを信頼してくれてもいいんじゃねぇの?」



 助手席でピーピー文句たれまくっている見習い魔法使いは言うなれば小姑だね。コイツの夫になる男は尻にしかれそうだ。おー怖い。



「ローにぃ……」


「大丈夫だよエリカ。俺を信じろ」


「うん。わたし、ローにぃをしんじる!」



 隣に座る口うるさい小娘にくらべ、エリカは心のそこから守ってやりたいと思える。


 だったらやってやるしかないだろうが。男なら、大切な女の子を守ってやれなくてどうすんだよ!



「もう少しで四枚目の壁が破壊されそうだ。みんな、対ショック姿勢!」



 そして……すさまじい破壊音とともに襲い掛かるのは衝撃。今まで以上の力がこのファルカオに与えられ、車はとんでもない急加速をした。現在の速度は時速約一八〇キロメートル。ここからの超ハードブレーキングをすりゃあ、どうなるのか。



「みんな、どっかに掴まってろよ。あと、口うるさいリリーは口閉じとけ。舌噛み切っても知らんからな」


「え……?」



 手がとんでもなく汗ばんでる。額にも気持ち悪いくらい脂汗が溢れ出てきてる。両足は震えてるし、本当にできるのか? いや、やるしかない。やらなければ、俺たちに明日どころか、一分後すらないんだ……!



「おいロディ! 最後の防壁も壊されそうだ! 早く何とかしろォ!!」


「く……。いくぞ! みんな、力いっぱいどっかに掴まってろォォォ!!」



 時速一八〇キロメートル越えの状態からのハードブレーキング。


 キィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!


 という激しいスキール音と白煙。荷重が前に行ったこの後に取る行動は――ステアリングを左に切りながら、クラッチを切り、サイドブレーキを思いっきり引くことだ!


 車の前後が逆転する。目の前には鳥の形をした鉄のデカブツ。この車が通れそうな隙間を見つけた俺は、そこ目がけて車を滑り込ませる。


 白煙をモクモクとタイヤから出しながら、滑り続ける車のコントロールをしっかりと行う。再び車の進行方向を戻し、道をズタズタにしながら滑り続ける鉄の塊を眺め続ける。


 車の速度を落とし、俺の車はその場で止まった。


 360度ターン。


 車をその場で一回転させながら、コントロールし続けるテクニックだ。



「へへ……どうだナオシ。この窮地、しっかりと打破してやったぞ」



 唖然とする助手席に座る見習い魔法使いは、ハッとすると、車から飛び出した。

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