第34話『衝撃』

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 ルビーちゃんを助けてからというもの、彼女はよく事務所に訪れるようになった。



「えっへっへぇ、サカイく~ん」



 のほほ~んとした雰囲気を醸し出しているだけあって、彼女はとてもやわらかかった。なぜそんなことが分かるのかといえば、現在進行形でルビーちゃんに抱きつかれているからであって、周りの、特に女性陣からの視線がとても痛かった。



「サカイさん。公私混同はいけないと思いますけど」



 と、冷たい言葉をリリーからぶつけられた。



「…………」



 フェルトは相変わらずの無表情で、無言のプレッシャーを与えてくる。



「なぜこんなことに……まさか、そんな……」



 小さくぶつぶつ呟くマリナさんは、なんか怖い。



「お、おぉ……」



 そしてロディは少し離れた場所からこの状況をドン引きしながら見ていた。


 そりゃそうよね。修羅場ってレベルじゃねぇぞ。どうしてこうなった!


 いや、誰に好かれようが嫌われようが、今この状況で気にしているのは場違いってもんだ。今問題なのは、選挙がついに明日開かれるということ。ルビーちゃんが操られた日から、マリナさんへの襲撃がなくなってしまった。


 ちょっとばかし不気味だ。


 あれだけ執拗に何らかの方法を使ってマリナさんの命を狙ったってのに、この二日間、何事もなく平和な日々を送ることができた。これぞ嵐の前の静けさと言わずなんと言う。


 今日、または明日、絶対に良くないことが起きるに違いない。



「えっと、ルビーちゃん。俺、まだ仕事中だから離れてくれると嬉しいな」


「え~。でもぉ、サカイ君が私を守ってくれるんでしょ?」


「いやいやいや、俺が、じゃなくて、俺たちが、って言ったんだけども」


「それでも……この前はサカイ君が助けてくれたし」


「まぁ、そうだけどもさ。俺はマリナさんの護衛任務もあるわけで、ルビーちゃんだけを見ているわけにもいかないんだよ」


「う~……。それじゃ、マリナちゃんの護衛任務が終わったらぁ――」


「あー! あー! ああー!! あんなところに変なものがぁ!!」



 唐突にリリーが奇声を発した。あまりにも大きな声だったから、さすがに驚いてちょっと飛び跳ねたが、悠長に構えている暇などない。



「どうしたリリー!? いったい何が?」



 俺はルビーちゃんを払いのけてリリーが指差していた空を窓から見上げる。


 しかしそこには何もなく、雲ひとつない晴天が広がるばかり。リリーの冗談だと分かったときには、彼女がナイスフォローをしてくれたのだと気づいた。そうか、このどうしようもない状況を打破するためにそんなことをしてくれたのか。


 乗るしかない。このビッグウェーブに。



「もしかすると、またマリナさんを襲撃するための何かかもしれない。みんな、用心するんだ。何が起こっても不思議じゃないんだから」



 冗談だと分かっていても、俺自身がつい本気にしてしまうほど、緊張しきっていたみたいだ。この冗談が本当になってしまうかもしれないという恐怖が、俺を支配している。きっとロディも、リリーも、フェルトも、誰もが思っていることだろう。


 そのとき――ドクンと、心臓がはねた。



「ナオシさん」



 フェルトが俺の名を呼ぶ。



「ロディ、車を出す準備をしろ」


「へ?」


「早くエンジン温めろって言ってんだよ! リリーも、杖の準備はいいか?」


「サカイさん? まさか、本当に?」


「あぁ、マジだ。ヤベェぞこりゃあ。この街が滅ぶかもしれない……」


「まさか、冗談ですよね? サカイ様?」


「残念だが、これは冗談じゃない。四〇秒以内に仕度しろ。移動するぞ」



 そして、俺たちは事務所を出てロディの赤いセダン車『ファルカオ』に乗り込んだ。


 ロディの熱い希望によりエリカも連れて行きたいということで、彼女を車に乗せた。しかし定員オーバーになってしまったため、俺とフェルトは屋根の上に乗ることになった。粒子の力を借りて張り付けば振り落とされえることはないし、何か起こったときもすぐに対応できることから、これが最善だと判断した。



「ローにぃ、これからどこに行くの?」


「あぁ? あー、ちょっと遠くまでかな?」




 という会話が車内から聞こえてくる。





 そして……その時がやってくる。




 上空から聞いたこともない轟音が鳴り響く。


 鳥のようで、しかしそれは鋼で出来ているかのように鈍色に輝いていた。



「なんだよ、あれは……」


『ナオシさん、あれは私の世界に存在した兵器。個体名はフォートレス=ホークです』


「は?」


『ナオシさん。あれは私の世界にあった兵器のひとつです。ジェネレーターの技術を流用し、作り出された飛行輸送自律兵器です』


「待て。なんだよ私の世界って……。まるで別世界にいたような口ぶりだな」


『はい。私はこの世界で生まれたわけではありません。そして、ナオシさんも、元々はこの世界の住人ではありません』


「…………」



 理解できず、俺は黙り込むしかない。


 その言葉をどうにかして拒絶しようとするけど、なぜかその言葉が段々と染み込んでくるのが分かる。なぜだ。なぜ、俺はその言葉を肯定しようとする?


 どうすりゃいいんだよ、この感情……!

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