第32話『ジェネシスの事務所にて』

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 昨日の機械仕掛けの黒い獣の襲撃により、聖ヴァリアント学園はしばらくの間休校となってしまった。当然だろう、死人が出てしまったのだから。


 しかし、マリナさんの護衛は続く。ブライアン=エンライトの選挙活動開始の当日まで、その身の安全は保障されないのだ。いつ、あの獣のような未知なる『領域』に存在する何かが再び襲ってくるか分からないからだ。



 そして、マリナさんは今、我らが城『ジェネシス』の事務所にいる。彼女を護衛するにはこうやって近くにいてもらうのが一番だからな。


 だけど、なぜかそこには――。



「ほえ~、ブリッジズくんはブリッジズくんじゃなくてサカイくんだったんだねぇ」



 ルビーちゃんがここに遊びに来ていた。どこからマリナさんがここにいるのを知ったのか分からないが、まぁマリナさんも学友がいた方が安心できるだろうからいいけど。


 今日はツインテールじゃなくてポニーテールにしているが、あいかわらずのほほんとした声は健在。あの悲劇があったにも関わらず、調子が変わらないのは少し不気味……いや、もしかすると彼女は無理をしているのかもしれない。



「ちょっとサカイさん! 無関係の人をここに入れるのはどうかと思います!」


「どうしたんだよリリー、そんなにいきり立っちゃって。別に問題ないだろう、ルビーちゃんはマリナさんの学友なんだからさ」


「マクファーレンさんの言うとおりですよナオシ様! ルビーには悪いですが、これは業務の一環であって、それで、その……」



 言葉に詰まるマリナさん。使命感と感情がごっちゃになって葛藤してるなこれ。心優しいマリナさんだし、親友のルビーちゃんをここから追い出すなんてことはしたくない。けど、無関係の人をここに居座り続けるのもよくない事だって事は分かってるんだ。


 でも、俺からしたら関係ないね。


 ちょっとオロオロし始めてるルビーちゃんに、俺は優しい口調で言ってやる。



「大丈夫だよルビーちゃん。ここにいて、マリナさんを励ましてくれるかな? 危険なことが降りかからないように、俺たちが君を守ってあげるからさ」


「は、はい、サカイ君」



 あ、あれ……? 思っていた反応と違うぞぉ? さっきまでののほほんとした雰囲気はどうしたのかな。恥らう乙女みたいにモジモジされると俺もどうしたらいいか分からないんだけども。



「はぁ……これだから天然スケコマシは」


「す、スケコマシとはなんだよリリー!」


「そのままの意味ですよ。自覚してない分ひどいと思います」


「最低ですね、ナオシさん」


「便乗して罵らないでくれるかなフェルト? いや、これはいつものことだったな」



 仕事のときは自重してくれるけど、日常生活では息を吐くようにして罵ってくるからなフェルトは。でも、そんな中でデレる瞬間がとんでもなく可愛いから問題なし! たとえば、この前のお弁当を渡してくれたときとかね。あれはキュンときました、ハイ。



「おいナオシ」


「なんだよロディ」


「いっぺん死ね」


「直球すぎるわ! もうちょっとオブラートにだね、こう、やさしく包んでくれると、俺も苦い思いをしなくて済むんだが」


「うっせえ。テメェはオブラートなんて必要ないっての。お得意の粒子で何とかして見せろよ」


「あれはフェルトの力であって俺の力じゃないから使えないし、てか、そもそもそういう精神的な攻撃は守れませんのことよ!?」


「あーもう! どうでもいいけどこの子も護衛するってことでいいのね!?」



 この収集つかなくなった場にイライラし始めたリリーは無理矢理話をまとめた。


 つまりはそういうことだ。そもそも、マリナさんの身が危険ということは、彼女の親友なども危険があるということ。特にルビーちゃんはマリナさんと仲が良いみたいだし、不安要素を排除するまでは、こちらで見てた方が安心できるというもの。



「と、いうことで、選挙当日まではルビーちゃんもこの事務所で寝泊りしてもらうことになるけどいいかな? もし不満があるというなら遠慮なく言ってくれてもいいし、家に何か物を取りにいきたいというのなら、ロディが家まで送っていってあげるけど」


「ここに泊まるんですかぁ!?」


「嫌なら、リリーが直接ルビーちゃんの家に行くけど、どうする?」


「こ、ここで、いいと思います……」


「そうか、そう言ってもらえると助かる」



 ただでさえ俺は怪我してて足手まといなんだからな。戦力を分散するのは好ましくないし、何かあったときはすぐさま対応できるからな。ルビーちゃんがここに泊まっても良いと言ってくれたのは助かる。



「まぁ、奥の部屋は男子禁制にしてるし、寝るときはフェルトとリリーがしっかりと守ってくれるから安心してくれてもいいよ」


「は、はい。分かり、ました」



 初めての場所にお泊りすることになって緊張気味なのか、言葉がただたどしいルビーちゃん。それでものほほんとした雰囲気は絶やさす、緊張しきっていたこの場が少しばかり和やかになったのは良い傾向だ。




 そして、その晩。

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