第31話『激闘の後、休む暇もなく』

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 次に目を覚ますと目に飛び込んできたのは、リリーの顔だった。



「サカイさん、気分はどうですか?」



 その声は、聞けば安心できるほどやさしい声色だった。


 あぁ、俺は生き残ることができたんだな……じゃあ、学園の生徒たちは!?



「お、おいリリー……ッ!?」



 倒れている身を起こそうとすると、わき腹にとてつもない激痛が走った。傷口は完全に塞がっているようだが、痛みだけはどうしてか残っている。



「サカイさん! 今は絶対安静でお願いします。私の魔法で傷口を塞いで止血しましたけど、完全な治癒には至っていませんから。それから、学園の生徒さんたちはサカイさんが駆け付けてからは被害は出ていないようですよ」


「そうなのか……」



 ということは、あの黒い獣の化け物は倒すことに成功したってこと。


 でも被害をゼロにすることはできなかったんだよな。俺が食堂に駆け付けたときには、すでに血みどろの地獄絵図になっていたから。食堂に行くと言っていたルビーちゃんたちは無事だったんだろうか?


 俺の任務はあくまでマリナ=エンライトの護衛であって、学園の護衛ではない。



 だから、十分に仕事をこなしたと言える。だけど、心のモヤモヤは晴れることはない。ここで封印していたはずの俺の悪い部分が暴れだす。



 誰も傷つけたくないという歪んだ正義感。無理難題をやらねばならないという、自分勝手な義務感があふれ出てくるのを止めることができない。ゆえに、今回、死傷者出してしまったことが許せないのだ。


 この気持ちを誰かにぶつけることはできない。だって、これは俺のワガママでしかないからだ。他人を巻き込むべきものではない。



「くそ……今頃になって何でだ」



 俺はリリーに聞こえないくらいの声で、小さくつぶやく。


 この考え方をしたばっかりに今まで損してきたんだぞ。だから、欲張らないって決めたはずなのに、それなのに、何で今更……。



「サカイさん」


「なんだ?」



 ヤバ、もしかして聞かれちまったか?



「選挙活動開始の日までまだ五日あります。どうしますか? その怪我じゃ護衛なんてとても」


「何言ってんだよ。仕事をほっぽりだすなんてできる訳ないだろう。俺たちジェネシスはまだまだ売り出し中なんだよ。ここで仕事をやりきらねぇでどうすんだ」


「でも……」


「リリーだって、魔法使いとして今回の任務は放っておけない事案だろう?」


「はい……。で、ですけど、サカイさんの体があってこそのジェネシスなんですからね! 無茶はいけません!」


「そうだぞナオシ」



 ここで、聞きなれた野郎の声が聞こえた。こういう場面は女の子だけでいいってのに、よくもまあ、俺も大親友を作っちまったもんだよまったく。



「ロディ」


「よぉよぉ、ずいぶんと無茶したみたいだな。ま、これから五日間は俺たちをうまく使ってくれよな。お前ほど強い力はないけど、俺には車があるし、リリーは魔法がある。戦えないわけじゃないと思うぜ?」


「そっか、そうだよな」



 今まで上手く役割分担できてたと思うんだけど、俺がこうなっちゃ分担を考え直さなきゃいけないなこりゃ。ロディは今まで通り足として頑張ってもらうとして、リリーにはちょっとばかし頑張ってもらわなきゃいけなくなるな。



「リリー」


「はい、サカイさん」


「バイトの身なのは十分に承知してるけどさ、俺があまり動けない分、頑張ってくれるか?」


「何言ってるんですかサカイさん。たとえアルバイトでも、私だってジェネシスの一員なんですから、戦えと言われれば私が持っている力を喜んで使いますよ」



 さすが、最強の見習い魔法使いだ。その自信持ちようは俺に安心感をもたらしてくれる。



「おう、信頼してるよリリー」


「はぇぇ!? な、と、突然なんですかもう! おだてたってパワーアップなんてしないんですからね!」



 あらら、リリーったら顔を真っ赤絵にさせちゃって。俺に信頼されるのがそんなに嬉しいのか? だったら、その気持ちを認めてあげないと。で、今までよりもこき使ってやるから覚悟しとけよ?



「おっけい。じゃ、明日以降のマリナ=エンライトの護衛任務の内容を決めよう。こんなことになった以上、過剰なくらいの方が良いかもな」



 機械仕掛けの獣という理解できない領域の存在が出てきちまったし、もうこれから何が起きるか予想もできない。理解を超えた何かが起きたときにすぐに対応できるようにしておかないと。

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