第30話『理解できない領域』

  3



 緑色の粒子の力を使って無事に着地した俺は、まずマリナさんをロディに預けることからはじめた。あらかじめ校舎の近くで待機してもらい、異常が起きたときにはすぐに校舎内に突っ走ってくる手筈になっている。



 車の中にはなぜか学校があるはずのリリーもいたが、魔法の未来を決める任務なのだから学校をサボったとのこと。そこまでは望んでいないが、実際今は居てくれて助かる。


 それと、校舎の近くで待機してもらっていたフェルトには悪いことをした。彼女を校内に連れてくるわけにはいかなかったからしょうがなかったんだ。



 フェルトは静かに「問題ありません」とは言ってくれたけど、外で一人で待たせるのは良心が痛んでしょうがない。放課後になったら、何か甘いものでも食べさせてやろうと思ったが、こりゃそれ以上のお詫びをしなくちゃならねぇみたいだな。


 事件が起こったであろう食堂にたどり着くと、そこには――。



『グルルルルルルルルルル――』



 獣の形をした黒い何かが佇んでいた。


 狼のようでもあるし、虎のようでもある。しかし二本足で立つそれは、俺たちの理解を超越した何かがあるような気がしてならない。


 それの周りにあるのは血の池と肉の断片。ヒトだったものが、転がっていた。


 許されざる存在に、俺は剣を握る力が増す。



「リリー、聞こえるか?」



 念話で繋がっているリリーに話しかけると、彼女はすぐに返事を返してくれた。



『えぇ、聞こてますよサカイさん』


「絶対にマリナさんを守りきれ。こっちは――理解できない《領域》にぶちあたってる」


『理解できない領域?』


「きっとこれは、フェルトの力を使わねぇと勝てない。そんなプレッシャーが俺にヒシヒシと伝わってくる」


『とにかく、勝ってくださいサカイさん。それが何でも屋ジェネシスでしょう?』


「あぁ、その通りだ」



 ふぅ……と、思いっきり息を吐き、俺は言う。



「おい化け物! 言葉は通じねぇかもしれないがこれだけは言っておく。俺は何でも屋のナオシ。何でもやるから何でも屋。それはテメェを排除することも含まれてんだよ。さぁ、いくぞ。やっちゃるぜ!」



 まずは俺の周りに粒子で杭を無数に作り出し、弾幕を張るようにして連続発射。こんなことをすれば普通なら蜂の巣になって体中が穴だらけになるだろうが……そうは問屋が卸さないらしい。


 その粒子の杭は、鈍く輝く禍々しい爪によって、その全てを切り落とされる。


 だが、これは接近するための弾幕張りでしかない。コイツの……フェルトの切れ味を食らいやがれよッ!



「グゥ!?」



 痛みが襲ってきたかと思えば、腹に大きな切り傷ができていた。Yシャツが赤く滲んでいく。幸い傷は浅く致命傷ではないが、攻撃が見えなかった事が重大だ。化け物の両腕は杭の処理で塞がっていたはずだってのに、何で攻撃されたってんだ?



『グルルルルルルルルルル!!』



 その疑問に答えてくれるものは誰もいない。化け物はただただ吼え、机や椅子を乱暴に吹き飛ばしながら一直線にこっちに突っ込んでくる。これを避けるのか、それとも受け止めるのか、その判断を十分にする前に、その鋭い爪が目の前に迫る!



「ぐぅ……う?」



 しかし、その爪が俺の腹を裂くことはなかった。


 緑色に輝く粒子が、いつもより濃く、厚く、防壁を作りその爪を受け止めていた。


 どうして、俺は何も――。



『ナオシさん、しっかりしてください。少々興奮気味です。落ち着いてください』



 頭の中にフェルトの声が響き渡る。そうだ、俺一人で考えてどうするんだよ。俺は、フェルトと合わさって初めて力を発揮できる。直接行動に移すのは俺だけど、力を与え、サポートしてくれるのはフェルトなんだ。


 この惨状を見て、自分でも気づかないうちに頭に血が上っていたらしい。



「すまねぇなフェルト。こんなときこそ、気持ちを落ち着かせて冷静な判断だよなぁ!!」



 俺は粒子の防壁を爆発させ、獣の化け物を吹き飛ばす。


 ソイツが怯んだ隙に、フェルトに照準を任せて杭を作り出し、発射。それは吸い込まれるようにして獣の化け物の目をつぶす。これで視界を奪った。あとは簡単だ。


 近づき、斬るだけ。



「はあああああああああああああああ!!」



 叫び、力み、その首を確実に切り落とすべく、剣を振るう。


 ブチィ! と、コードが切れる音が響き渡る。そして、そこからは電気がバチバチと音を立てていた。



「おいおい、これは生き物じゃ、ない……? 機械仕掛けなのか?」



 この驚きが隙を生み出してしまったのだろう。


 黒い化け物は、首を落としただけでは息絶えなかったんだ。



「が……!?」



 わき腹をその爪で引き裂かれる。血がバクバクと垂れ流れ出し、意識が失いそうになる中で、俺はこのまま意識を失うわけにはいかないと、粒子で無数の槍を作り出す。



「俺は、そんな《領域》には負けはしねぇよ……。いけ、射出だァ!!」



 そして、緑色の槍で化け物を串刺しにしてやった。


 顔を切り落としているから叫び声もなにもあげることはない。ただ、その場を動こうともがいている様子は見られた。どうやら、思考はできているようだが、いったいどういう仕組みなんだ?


 何本もの槍がザクザクと刺さっていく音を聞きながら、意識が遠退いていくのを感じる。これで仕留めれなかったら、この俺も、この学園の生徒も、助かることはできない。


 俺は唇をかみ締め、血を流しながら、意識が飛んでしまうのを無理矢理食い止める。



「化け物め、ぶっ壊れろォッ!!」



 のどが枯れるほどに叫びながら、一直線に剣を構えて突っ走った。


 切りかかろうとしたその瞬間――俺は何かを思い出した。


 俺は、この機械仕掛けの獣を知っている。いったいどこで対峙したのかは分からない。ただ、確実に、俺は前にもコレを目の前で見たことがあることだけは分かる。


 俺の、失われた記憶なのか?


 なぜ俺がこの地――ハイレシスにいるのか、それを説明できる存在がこの機械仕掛けの獣だというのか? 分からない。分からないが、ただ今できることは、この壊れかけた漆黒の機械獣を破壊するだけ。



「消えうせろ化け物ォ!!」



 串刺しになり、身動きが取れなくなった黒い獣の化け物へ、剣を突き刺す。


 確かな手ごたえを感じた。


 そして、俺は、完全に意識を手放し、視界が真っ暗になった。

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